第88話 頑張ってるんだから
「〈冷房〉!」
極寒の空気が巨大カエル目がけて吹き荒れた。
「さ、寒っ!? 何だ、この寒さはっ!? お前さんの仕業か!?」
その余波でこちらが凍ってしまいそうなほどだ。
太陽光が届かないこの穴の奥は元から非常に寒いのだけれど、それに慣れているはずの店主ですらガタガタと震えている。
「はい、僕の生活魔法です」
「生活魔法!? どう考えても上級の青魔法だろう! だがこれならこのデカブツも丸ごと凍りつくんじゃねぇか!?」
「いえ、さすがにそこまでは期待できないかと」
この街よりさらに気温の低い、穴底に棲息しているような魔物だ。
寒さには耐性があるに違いない。
それでも寒くなればなるほど、舌の動きが鈍くなるはずだった。
カエルは変温動物だし……魔物に当てはまるかは分からないけど。
「せめて、あの舌の速さだけでも落ちてくれたらっ……」
そう願望を口にした直後、巨大カエルが再び舌を射出してきた。
僕は慌てて横転する。
「っ……や、やっぱり速い……っ!?」
「だが明らかにさっきよりは遅くなったぞ! 俺にも辛うじて見えたぜ!」
店主には〈視力向上〉を使ってないのに、舌の動きが見えたらしい。
引退しているとはいえ、さすがはこの魔境探索の経験豊富な元冒険者だ。
「な、何だ、このヤバそうな魔物はよぉっ!?」
「深部でも見たことねぇぞ!?」
「宿が壊されてるんだが! これからどこに泊ればいいんだよ!?」
「ライルくんっ! 無事ですかっ!?」
と、そこへ街にいた他の冒険者たちが集まってきた。
その中にはローザさんたちの姿もある。
「舌での攻撃に気をつけてください! 捕まったら食べられてしまいます! って、言った傍から来ます!」
懲りずにまた吐き出された舌を、僕はやはりギリギリで回避した。
「よ、避けたのだ!? あの速さの舌を躱すなんて、少年すごいのだ!」
「〈冷房〉を使って少し鈍くすることができました!」
「言われてみたら一度遭遇したときと比べて、ちょっと遅かった気がするのだ!」
「それでもあれを避けるなんて、敏捷さを売りにしてる冒険者でも難しいはずよっ?」
「〈注意報〉と〈視力向上〉も使ってるので! 事前にある程度、来ることを予測しているお陰です!」
タティさんの疑問に答えつつ、僕は叫ぶ。
「このカエル、たぶん僕を狙っているみたいです! 僕が引きつけておくので、皆さんで攻撃してください!」
先ほどからの攻撃で確信した。
近くには店主もいるというのに、舌はすべて僕の方に飛んできているわけで、これで狙いが僕じゃないなんてあり得ない。
「分かりましたわっ!」
ローザさんが鞭を振るい、カエルの巨躯を打つ。
もちろん雷が付与された強力な一撃だ。
「了解なのだ!」
アルテアさんも大剣を叩きつけ、さらに他の冒険者たちも続いた。
「このデカブツめっ! よくも俺の宿を破壊してくれやがったな!? どりゃあああああっ!」
店主もいつの間にか槍を手にし、巨大カエルに刺突をお見舞いしている。
魔境に挑戦中の上級冒険者たちの猛攻に、さすがの巨大カエルも一溜りもないはず……と思いきや、
「ほとんど効いてないわっ!」
「ぶよぶよの身体に、攻撃が跳ね返されている感じなのだ……っ!」
「それだけじゃねぇっ! 体表がぬめぬめしてるせいで、攻撃が滑っちまう……っ!」
巨大カエルは平然としていた。
ただでさえ耐久力が高そうなのに、どうやら攻撃そのものがなかなか通らないらしい。
一方で彼らの存在を鬱陶しく思ったのか、巨大カエルの狙いが僕から離れてしまう。
「っ! アルテアさん、危ない!」
「ぬああああっ!? しょ、少年っ、話が違うのだ!?」
「すいません!」
アルテアさんは何とか避けてくれたけれど、このままでは僕の囮役がお払い箱になってしまう。
「へいへいへい! なかなか当たらないねぇ!」
狙いを僕に集中させるべく、そんなふうに挑発してみた。
「……変な、挑発……」
「やめなさい、カーミラ。たぶん今までそういうことしたことないのに頑張ってるんだから」
酷い言われようだ。
「そ、そんなんじゃ、お前が食べられる方になるよ! 〈食材切り〉!」
ヤケクソ気味に〈食材切り〉も放つ。
あくまで挑発目的で、さすがに効かないだろうけど。
「あれ、ちょっと効いてる?」
「……ゲロ」
みんなが必死に攻撃しても傷一つ付かなかった身体に、薄っすらとだけど線が入っていた。
痛みもあったのか、巨大カエルが少し苛立ったように喉を鳴らす。
「もしかしてカエルは割と食用にされるから?」
ビジュアル的にはぜんぜん食べたくないけど……。
「すごいぞ、あの少年……あれほどの至近距離で高速の攻撃を躱しながら、ダメージを与えるなんて……」
「一体何者だ? 名の知れた魔法使いか?」
「しかもかなり若い……これが天才というやつか……」
……なんかたまたま上手くいっただけなのに、他の冒険者たちからめちゃくちゃ驚かれてる。
「ええ、そうですわ。本人に自覚はないようですけど、ライルくんは天才ですの。ただ……あたくしたちも負けていられませんわ! はああああああっ!」
バチイイイイイイイイイイイイイイイイイインッ!!
裂帛の気合と共にローザさんが繰り出した鞭は、これまで見た中で最も強烈なものだった。
並みの攻撃では通じないと判断し、力を溜めて放った一撃なのだろう。
「……グエッ!?」
これには巨大カエルもそんな声を漏らす。
鞭を喰らった部分は焼けて抉られていた。
「ゲロロロロロロロッ!」
「怒ったぞ……っ!」
「効いてる証拠だ!」
「俺たちも続くぞっ!」
「「「おおおおおおおおおっ!」」」
と、そのとき巨大カエルが僅かに身体を沈めた。
同時に凄まじい警告音が脳内に流れ込んでくる。
「ぷ、プレス攻撃が来ますうううううううううううううっ!!」
慌てて叫んだ直後、巨大カエルが跳んだ。
少しでも面白いと思っていただけたら、↓の☆で評価してもらえると嬉しいです。





