第87話 ぜんぜん見えませんでした
「す、すぐに街の人たちに伝えなければいけませんわ……っ! 巨大な魔物が、大穴を上ってきていますのっ!」
血相を変えたローザさんが訴えてくる。
「巨大な魔物? と、とにかく、街に戻りましょう! 〈重さ軽減〉! 〈歩行補助〉! ついでに〈気分転換〉!」
「っ……一瞬で疲れが吹き飛びましたの! それに身体が軽いですわ! これならまだいくらでも走れそうですの!」
「やっぱり少年は必要なのだああああああっ!」
「アルテアさん!?」
「今はそんなことしてる場合じゃないでしょ! 急ぐわよ!」
なぜか泣きついてきたアルテアさんをタティさんが叱責し、慌てて街へと戻った。
すぐ近くにある冒険者ギルドの出張所へと駆け込む。
「あら、アナタたち! 無事に戻って来たみたいね! って、どうしたの? そんなに焦って……」
受付嬢のアンナさんが、ただならぬ様子に気づく。
「すぐに全冒険者っ……いえ、街中の人に伝えてほしいですの! 全長二十メートルを超す巨大な魔物が竪穴を上ってきていますわ。しかもその進路上にこのギアの街がありますの」
「ぜ、全長二十メートル越えの魔物!? そ、そんな魔物がこの魔境にいるなんて、聞いたこともないわよ!?」
「あたくしもこの目で見ていなければ俄かには信じられませんわ。恐らく深部の奥の奥……もしかしたら穴底に棲息するような魔物かもしれませんの」
「穴底の魔物っ……」
二人のやり取りを聞いていて、ピンとくるものがあった。
「ローザさん、その巨大な魔物って、もしかしてカエルみたいなやつじゃなかったですか?」
「っ……そうですわ! まさかライルくん、知っていますの!?」
「実はまさに穴底で遭遇したんです。〈帰宅〉を使ってどうにか逃げましたけど……」
「ちょっと待って!? 穴底で遭遇した!? 何を言ってるの!?」
アンナさんが訊き捨てならないといった感じで割り込んでくるも、ローザさんが叫んだ。
「詳しいことは後ですわ! とにかく一刻も早く街中に知らせる必要がありますの!」
「わ、分かったわ! みんなで手分けするわよ!」
出張所のスタッフ、それにたまたまいた冒険者パーティも協力してくれることになった。
もちろん僕も街中を駆け回った。
利用させてもらった宿、夢追い亭・別邸にも飛び込む。
「大変です! 巨大な魔物が深部から上ってきていて、もしかしたらこの街が襲われるかもしれません!」
「巨大な魔物だと?」
深部探索のことを色々と指南してくれた元冒険者の店主が、怪訝な顔で応じた。
「はい! 多分、穴底にいた魔物だと思います!」
「穴底の魔物!? そ、それは本当か!?」
と、そのときだった。
念のため使用しておいた〈注意報〉からの猛烈な警告。
「っ! は、早くこの建物から離れてください……っ! 落ちてきます……っ!」
「何だと!?」
さすがは元冒険者、店主の反応は早かった。
訴えの真偽など二の次とばかりに、僕を追い抜きそうな速さで宿から飛び出す。
そして宿の外に出た、まさにその瞬間だった。
ドオオオオオオオオオオオンッ!!
頭上から降ってきた巨大なそれが、宿を一瞬でぺしゃんこに圧し潰してしまう。
「俺の宿がああああああああっ!? って、何だ、この化け物はあああああああっ!?」
店主が二段階で絶叫する。
「っ……やっぱり、こいつだっ……」
一方、僕は目の前に現れたそいつが、穴底で遭遇したあの巨大カエルだと確信した。
「まさか、この馬鹿デカいのが穴底にいた魔物ってやつか!? た、確かに、深部の魔物と比べても、遥かに上回る威圧感っ……こんなのが真っ暗闇の奥に潜んでやがるなんて怖すぎるだろ!?」
「でも、何でこんなところまでっ……? まさか、逃げた僕たちを追いかけて……?」
そのとき巨大カエルの目がぎょろりと動き、僕の方を向く。
「というより……狙いは僕……? 見ての通り貧相だし、そんなに美味しそうじゃないと思うけど……」
思わず呟いたそのとき、やはり脳裏に響くけたたましい警告。
咄嗟にその場から横に跳んだとほぼ同時に、巨大カエルの舌が僕のいた場所を貫く。
一瞬で舌は口の中に戻っていった。
「……ゲコ」
外してしまったことが不思議だったのか、巨大カエルが小さく首を傾げたように見えた。
「おい、今のを躱すなんてすげぇな! 俺には予備動作すらまったく見えなかったぞ!?」
「いえ、僕にもぜんぜん見えませんでした!」
「じゃあどうやって避けたんだ!?」
今のは上手く回避できたけれど、何度も続けられるようなものじゃない。
「それなら……〈視力向上〉!」
暗視能力も高めてくれるこの生活魔法だけれど、実は動体視力の向上という効果もあった。
再び頭に響く警告音。
と同時に巨大カエルの口が僅かに動いたのが見て取れ、僕はまた横に跳ぶ。
「また躱したぜ!?」
「うーん、でもやっぱりギリギリですっ!」
体感的に明らかに十回やって十回成功できるようなものじゃない。
そして一度でもあの舌に捕まってしまったら最後、あのアルマジロみたいに体内に放り込まれ、一瞬で肉を溶かされて骨になってしまうだろう。
「どうにかして舌の速度を落とさないと……って、そんな上手い方法あるわけ……いや、あるかも?」
脳裏にあるアイデアが浮かぶ。
悩んでいる暇はない。
一か八か、僕はその生活魔法を使ってみることにした。
「〈冷房〉!」
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