第85話 あんなことやこんなことや
兄上はダサい捨て台詞を残して逃げてしまった。
辺り一帯は配下の男が使った魔法で水浸しだ。
実家にいる頃に面識はなかったけど、エグゼール家に仕えている魔法使いだけあって、なかなか強力な青魔法だったね。
「〈乾燥〉」
生活魔法で乾かしておく。
「ライル君、大丈夫ですか!?」
「リーゼさんたちこそ、怪我はないですか? ……すいません。巻き込むような形になっちゃって……」
「そんなことは気にしないでください。それにしても、まさかライル君がエグゼール家の出身だったなんて……」
「出身というか、家を追い出された形ですけど」
ユズリハさんが憤慨しながら割り込んできた。
「追い出すどころか、命まで狙うとか、そのエグなんとか家は酷いでござるな!」
「……いや、それは恐らくライルの兄の独断だろう。配下の男は、連れ戻しにきたと言っていたからな」
ピンファさんが訂正する。
「そういえばそんなこと言ってましたね? 当主の実子が生活魔法使いなんて、エグゼール家にとっては早急に消し去りたい汚点のはずですし、何で今さら……?」
父上の性格的に、もう僕のことなんて眼中にもないだろう。
わざわざ捜しだして存在すら消そうとするなら、もっと早くにやっているはずだし……。
「っ……もしかしたらライルを連れ帰って、言葉では言い表せないような凄惨な目に遭わせるつもりかもしれぬでござる……っ! 例えばあんなことやこんなことや……な、なんという極悪非道な連中でござるかっ!」
「ユズリハ、酷いのはあなたですよっ! 勝手な妄想でライル君を辱めないでください……っ! ライル君のお尻を、そんな……」
「……お尻? 拙者はそんなこと一言も言ってないでござるが?」
「お前たち……そろいもそろって……」
まぁ兄上は逃げちゃったし、考えても分からないね。
リーゼさんたちが何やら言い合っている間に、僕はぐちゃぐちゃにされた庭や、家屋の壊された部分を〈修繕〉で直していった。
「〈防犯〉」
さらに改めて〈防犯〉を使っておく。
あの様子だとまた兄上が襲撃してくる可能性は高そうだし。
「念のため、しばらくはこの家を使うのはやめておいた方がいいかもしれないです」
「いえ、あの男が来たら今度こそ捕まえてみせます」
「二度とライルをどうかしようと思わないよう、しっかりコテンパンにしておくでござるよ!」
「……む、無茶はしないでくださいね?」
なぜかリーゼさんもユズリハさんもやる気満々だ。
「じゃあ、そろそろ僕は魔境に戻ります。実は深部までは辿り着けたんですけど、ローザさんたちと逸れて、大穴の底に落ちちゃったんですよ」
「「「穴底に落ちた!?」」」
「はい。でも、〈帰宅〉を使って先に魔境にある街に戻れて。ローザさんたちが帰ってくるのを待ってるところだったんです」
「な、なんだか、想像を上回る冒険をしているみたいですね……」
「がははははっ! さすがだの! むしろそれこそ少年らしい!」
そうしてリーゼさんたちと別れて、僕は〈帰宅〉でギアの家に戻ったのだった。
「うーん、おかしいですね? ローザさんたち、なかなか戻ってこないですけど……もしかして何かあったんじゃ……それとも、僕たちを探して穴底に……?」
僕とカーミラさんがギアの街に帰還してから、すでに一日半が経っていた。
逸れてしまった地下六千メートルまで、往路は一日で到達できたことを考えると、さすがにちょっと時間がかかり過ぎている気がする。
「……何もおかしくない……あれだけ早く進めたのは、ライルのお陰……ライル抜きの三人だと……当然もっとかかる……あと単純に……登りの方が大変で、時間かかる……」
呆れたようにぼそぼそと呟くカーミラさん。
「なるほど、確かに登りの方が大変かもですね」
納得しつつも、やはりローザさんたちのことが心配だ。
Bランク冒険者を僕なんかが心配するというのも変な話だけど。
「こっちからも迎えに行ければいいんですが……」
〈道案内〉を使えば合流は簡単なはずだ。
問題は僕とカーミラさん二人だけでは、戦力として心もとない点である。
「僕はあくまでサポート役の後衛で、カーミラさんも後衛ですし」
「……たぶん火力役の後衛……の間違い……」
と、そんなやり取りをしているときだった。
「あれ? もしかしてあの三人組は……」
斜面から迫り出している街の端っこで、竪穴の奥の方を覗き込んでいたのだけれど、暗闇の中にこちらへ上ってくる三つの人影が見えたのだ。
しかもそのうちの一つが子供のように小さくて、アルテアさん以外にあり得ない。
「〈重さ軽減〉!」
僕は転落防止の柵を乗り越え、斜面へと飛び降りた。
「ローザさん! アルテアさん! タティさん! 無事だったんですね! 見ての通り僕と、それからカーミラさんも無事です! ちょっと穴の底に落ちちゃいましたけど、〈帰宅〉で戻って――」
「「「ぜぇはぁぜぇはぁっ……」」」
「……あれ?」
三人とも肩で息をしていて必死の形相だ。
よく見るとかなりのハイペースで上ってきていて、やけに急いでいるようだった。
もうすぐそこが街なのに……と思っていると、ローザさんが喘ぐように叫んだ。
「た、大変ですわ……っ! 怖ろしく巨大で凶悪な魔物がっ……この街に向かって、上ってきていますの……っ!」
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