第78話 ここはまさしく天国
〈失せ物探し〉の導きに従い、カーミラさんを捜して魔境の穴底を進んでいく。
「……そろそろ近い気がする」
もちろん〈明かり〉で照らしている自分の周囲以外は真っ暗なので、かなり近づかないとカーミラさんの姿を視認することは不可能だ。
僕は恐る恐る呼びかけてみた。
「カーミラさん、いますか?」
返事はない。
ただ、微かに笑い声のようなものが聞こえてきた。
「ひひひ……ひひひ……ひひひ……」
……うん、どう考えてもカーミラさんだ。
「そこにいるんですね? 大丈夫ですか? 怪我はないですか?」
「ひひひ……いひっ……いひひひひひ……」
「えっと……もしかして、頭を強く打ったりとかしてます……?」
そこでようやく視界にその姿をとらえることができたかと思うと、そこにいたのは穴底に散乱する骨に頬ずりするカーミラさんだった。
「ひひひっ……見渡す限りの骨骨骨骨骨骨骨っ……しかもどれもこれも鮮度抜群っ……死霊術師にとって、ここはまさしく天国っ……いひひひひひひひっ!」
目を爛々と輝かせ、涎を垂らしながらひたすら骨を愛でているその死霊術師に、僕は思わず後退った。
こ、怖い……。
「あの……カーミラさん? この穴底、危険なので早く街に戻ろうと思ってるんですけど……」
「この骨とこの骨を組み合わせてっ……いえ、こっちの骨とあの骨の方がいいかもっ……ああでも、その骨とこの骨の組み合わせも捨てがたいっ……」
この穴底の骨を利用し、新たなキメラアンデッドを作ろうとしているらしい。
だけど先ほどからずっと遠くから不気味な重低音が聞こえてきているし、他にもこの穴底には凶悪な魔物が棲息しているかもしれないのだ。
「カーミラさん! 帰りますよ!」
「っ!?」
耳元で思い切り呼びかけて、ようやく気づいてくれた。
「……み、耳が……頭も、ぐわんぐわんする……」
「死霊術師にとってこの大量の骨がお宝なのは分かりますけど、ここは魔境の穴底です。まずは自分の身の安全を最優先しないと、骨の一つになってしまいますよ?」
「お、怒られが……発生してる……」
「他人事みたいに言わないでください! そもそもこの骨自体、もしかしたら何かの魔物の仕業かもしれませんし……」
考えてみたらこの穴底に魔物が落ちて死んだとして、この極寒の気温だ。
そう簡単には肉が腐らないはずだった。
なのに見渡す限り肉が残っている骨はない。
どれもこれも奇麗に骨だけになっているのは奇妙である。
と、そのときだった。
ずっと響き渡っていた重低音が急に止まったのは。
同時に〈注意報〉から猛烈な警告。
僕は慌てて叫んだ。
「や、ヤバいです、カーミラさん……っ! 穴底の魔物が目を覚ましたかもしれませんっ! 早く戻りますよ!」
「……わ、分かった……でも、これだけは持って帰る……あっ、こっちも……やっぱりそっちの骨も……っ!」
「そんなことしてる場合じゃないですって!? ええい、じゃあっ……〈小物収納〉!」
こんな状況なのに骨を持ち帰ろうとしているカーミラさん。
見かねた僕は、周囲の骨という骨を、まとめて〈小物収納〉で亜空間の中に放り込んだ。
「なんて便利な魔法……」
「感心してないで戻りますよ! ……っ!? マズいっ……」
咄嗟にカーミラさんの腕を引っ張り、僕は全力で走った。
その直後、上から巨大な影が降ってくる。
ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッ!!
轟音、そして凄まじい振動と共に、先ほどまで僕がいた場所に何かが着地する。
「な、な、な……」
それは物凄く大きかった。
明かりが乏しくて全体像が掴めないものの、見えている範囲だけで全高は軽く十メートルを超えているようだった。
横幅はさらに大きい。
ぶよぶよの身体の表面はてらてらとぬめり、大きな目をぎょろぎょろさせながら一帯を睥睨している。
でっぷりと太った巨大なカエルの魔物だ。
「大きなカエルの魔物といったら、ギガトードが有名だけど……それでも大きさはせいぜい四、五メートルくらいのはず……」
次の瞬間、僕たちの頭上を何かが猛スピードで通過したかと思うと、いつの間にかカエルの口に見覚えのあるものが咥えられていた。
「スパイクロール!?」
僕たちをこの穴底に突き落とした元凶の、巨大アルマジロだった。
……と言っても、カエルと比べたらかなり小さく見えるけど。
どうやら僕らと一緒にこの穴底まで落ちていたらしい。
それを発見した巨大カエルが、舌を伸ばして一瞬で捕まえてしまったのだ。
「~~~~~~ッ!?」
必死に暴れるも、そのまま巨大カエルに丸呑みされてしまうスパイクロール。
しばし沈黙した巨大カエルは、ぺいっ、とそれを吐き出した。
スパイクロールの骨だ。
一瞬で肉を溶かしてしまったらしい。
骨だけ吐き出したということは、骨は溶かせないのか、あるいは好みではないのか。
いずれにしてもこれで分かった。
穴底を埋め尽くすこの無数の骨はどれも、この巨大カエルの餌食になった結果によるものだろう。
ぎょろり。
スパイクロールを食べた巨大カエルの目が、今度は僕たちの方を向いた。
「あばばばばば……」
腰が抜けたように尻もちをつき、意味不明な言葉を発するカーミラさん。
僕も恐怖で完全に全身が固まっていたけれど、それでも辛うじてこの生活魔法を発動することができたのだった。
「〈即帰宅〉」
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