第6話 二人の関係
「コンコンコーン、失礼しまーす、俺でーす。うお、コーヒーの匂いすげえ!」
ふざけすぎだろこいつ。秀也に続いて僕も保健室に入る。
「おー今日は赤崎もいるな」
「来ちゃいましたねえ。いやー今週は忘れるのを忘れちまいました」
アホか、と呟いて長谷川先生は新しいコーヒーの準備を始めた。いま秀也が言ったように、保健室はまだ、コーヒーの香りを残しているというのに。
今日は金曜日。先週に引き続き、保健委員として歯科アンケートの集計作業だ。このあとは、秀也たちとご飯に行って、そのあとは――
「あ、巌佐さん!」
ベッドに腰かけていたあやめ先輩に、秀也は声をかけた。シーツよりも真っ白な、ショートカットの髪が揺れる。
「先週は大変申し訳ありませんでした!てっきり親友の水城くんが全部やってくれるかと思ってたんです!!」
「ううん、いいよ。暇だったからね」
学校にいるときのあやめ先輩だ。僕も軽く会釈をする。何度か連絡は取り合っているものの、会うのは一週間ぶりだ。あの夜とは雰囲気が全く異なるけれど、眼は同じだ。
「罰」の内容は、結構フワッとしていた。先輩の提示したものは、二つ。
一つ、私の命令は絶対。返事ははい。
二つ、私の生きる理由を探すこと。がんばりたまえ。
これに加えて、毎週金曜日の夜は「きたさらずタワー」に来るようにも言われた。雨天中止だそうで。
見つける、ではなく探す、と言ったのは先輩の優しさかな。それとも、諦めか。まあ要するに、自殺を止めろということだ。
ある意味頼られているわけだし、断るつもりもなかったが、従うしか道はなかったとも言える。僕が得た先輩の秘密は、金曜の夜に変装して街を歩くことと、一年後に自殺を計画していること。先輩が持っている秘密は、僕の尾行行為。うん、バレて困るのは、僕の方だ。
長谷川先生が新しいコーヒーを淹れ終えたところで、集計作業が始まった。先輩はベッドで……、眠っているのかな。カーテンは開いているが、布団を頭まで被っていている。
この一週間、僕なりに考えた。先輩の死にたい理由は、察するに病気に由来するこの世界の生きづらさだろう。これを全てなくすのは、難しい。僕には不可能だ。そうなるとやはり、生きる理由を見つけなければ。しかしこれも、普通に考えれば難しい。
――なら、作ればいい。
そう、僕自身が、先輩の生きる理由になればいい。僕は先輩に、一年間自分のために生きろと言われた。だが違う、逆転の発想さ!先輩には僕のために生きてもらう。
理屈付けは完了した。本当は分かっている。こんな言い訳をこねなくても、困っている人に助けを求められたから、と、それだけでいいことを。でも僕という生き物は、こうやってしか生きられない。
「よっしゃあ!26R終わりー!」
「うい~ないす~」
長谷川先生は猫舌みたいだ。マグカップに口を付けては、飲まずに机に戻す。先生は地味にとんでもないスピードで集計をしている。毎年やってるだろうから、流石に慣れているのか。
机の上に置いておいた僕の携帯に、メッセージが届いた。音もバイブレーションも切っているから、画面が点いたことで気づく。授業中に隠れて使うこともあるから、いつもこの設定だ。
――さっき香奈ちゃんにカステラもらった!今日の夜たべよ!
あやめ先輩からだ。ベッドの方を見るが、布団を被ったまま。この香奈ちゃんとは長谷川先生のことだ。一瞬混乱するからやめてほしい。すぐに二件続く。
――私ミルクティーね あったらホット
――(クマのスタンプ)
ご注文承りました。今日はロビンでのデザートはやめておこう。この季節にまだホットの飲み物売ってるところなんてあるかな。手早く返信する。
――了解です。
僕はそういう経験がないから分からないけれど、これは主従関係の類というより
……付き合ってるみたいじゃないか?
まあいずれにせよ、僕に拒否権はない。返事ははいだ。
第1章 フライデイノベルス 完 です。
第2章 Octopus's Garden は今月末の投稿を目標にしています。