第3話 確かめられる
駅から離れるにつれて、集団は集団ではなくなっていく。国道沿いを1㎞ほど歩いた。巌佐先輩と思われる女性は、僕より100mほど前を歩いている。つけているわけじゃない。僕は駅から歩いて帰るとき、いつもここを通っている。
大きな交差点をさらに進むと、左手に「犬田山公園」が見えてくる。犬田山は標高50mにも満たないけれど、一応山なのだろう。「北更津市郷土博物館 金のかね」や「旧安東家住宅」など、文化財っぽいものもあって、小学校の頃に遠足で来たことがある。
黒いキャップを被った女性は、左に曲がった。犬田山の入口だ。僕の家はもう少しまっすぐ進んで右に曲がった先にある。さて、あと50m進むまでに決断しよう。
声をかけてみる、これが一番シンプルだ。もし違っていたら、人違いでしたと一言言えばいい。しかし街中で見かけたからと言って、わざわざ声をかけるほどの間柄ではないから、巌佐先輩だったときが困る。僕はそういうことをするキャラじゃない。
確かめたいことは一つ、この女性は巌佐先輩なのか。今まで十五年間、『生限時間』にイレギュラーなどなかった。それなのに今日、突然二人も異変に出会うか?見た目に関して、この二人は別人と言えるだろう。でも僕にだけは、この二人は同一人物に見える。それが正しいのか、知りたい。
確かめる方法は、あとをつけて行って、どこかで前から顔を見るか、声を聴くか。行き先が犬田山なのはラッキーだ。この先の山頂には夜景の有名な「きたさらずタワー」がある。今は滅多に行く人なんていないけれど、気づかれたときの言い訳には十分だし、もし巌佐先輩だったとしたら、先輩の視力で僕と判別することは難しいはず。
つまり、水城詞があとをつけてきたなんてことは、すべてなかったことにできる。
……それに、住宅街に進んでいたら後をつけるなんてしない。そんなことをしたら、本当にストーカーだ。
確かめたい理由は、そうだな、これはいま確かめられる謎だから、だ。
僕は「北更津市郷土博物館 金のかね 入口(300m先)」と書かれた看板を左に曲がった。
車用に舗装された道を上っていく。
小さな駐車場に着くと、女性は山頂広場への階段を上がっていった。この先は視界が開けている。足音が聞こえなくなるまで待った。
僕は足音を立てないように、ゆっくりと広場への階段を上がる。登りきる前に、広場の地面と目線を揃えて、様子をうかがってみた。
――誰もいない。
山頂広場に人の気配はなかった。あの女性はどこに向かったのだろうか。ここからだと、「博物館」か「きたさらずタワー」か、向こう側の下山ルートか。
僕は山頂広場に上がった。博物館はこの時間は締まっている。360度見渡して、『生限時間』は見えない。つまり、広場に人はいない。
――残るは「きたさらずタワー」か。
きたさらずタワーは全長28mで、高さ10mあたりに船の形を模した展望所がある。そこにいるのだろうか。展望所へ続く階段の目の前まで来たが、ここから見上げても展望所の様子を見ることはできない。
せっかくここまで来たし、夜景を見てみようか。女性がいたら、気づかないふりして顔を見ればいいし、いなかったら夜景を見て帰ろう。
視線を地面に戻した瞬間、展望所の方から足音がした。次に、知っている声。
「私に、何か用かな?」
展望所のライトに照らされた女性の影が、僕を飲み込んだ。
「詞くん」
――僕の心臓が動いていたなら、教えてほしい。