第2話 見えるから
――モリアンいるわ!
――おけ
この時間帯、駅前の「モリアンクレープ」には北高生だけでなく、電車通学をしている高校生大学生たちが小さな列を作っている。その列から少し外れた、たった一つのテラス席を三人組が占領している。一人は僕に気づくと、両手を合わせて頭の上にあげた。
「よお、サボり」
「悪い!完全に忘れてた!!」
我がクラスのもう一人の保健委員、赤崎秀也は、何度聞いたか分からない決まり文句を言い放つと、カバンを置いていた椅子を空けて、指で僕に示した。こいつは信じられないくらい長生きする。
「おい詞、ちなみにこいつわざとだぜ」
草野来斗がそう言うと、金子泰樹は大笑いを始めた。二人もクラスメイトだ。来斗はそこそこ、泰樹は来斗よりは長生きする。
「知ってるさ、しかも気づいても戻ってこなかっただろ」
「そらそうよ!お前逆だったら戻んのかよ」
「戻るわけないだろう」
秀也はほらな、といった表情で来斗に目を向けた。来斗はそれを無視して続けた。
「秀也が逃げたっつーことは、巌佐あやめと二人っきりだったん?」
「いや、長谷川先生もいたし、元々先生の手伝いだったから」
「あー、『天使』ね!『天使』!」
「お前の分は巌佐先輩がやってくれたんだよ。来週残り半分の集計あるから、そん時謝っとけよ」
「うおーマジ天使じゃん!まかせろ!」
笑い続けていた泰樹も、笑いながら聞いてきた。
「でもなんかちょっとくらい喋ったっしょ、なんかないの?」
なんかってなんだよ、と返しつつも、彼らの期待してる内容は、想像がついている。
「まあ、可愛かったよ。すごく。あと、不思議ないい匂いした」
「「「へ~~」」」
男子高校生の関心ごとなんて、そんなもんだ。それに、内面の方はこいつらに話せるほど知らない。少し、いたずらっぽく笑うんだとは思ったかな。教えないけどね。
「じゃあそろそろロビン行くか!」
モリアンクレープから三十秒ほど歩くだけで、「珈琲ロビン」という喫茶店に着く。二〇時半まで営業していて、放課後に部活のない金曜日はここで夜ご飯を食べる、というようにしたいらしい。今回は二回目だ。
「俺さ、昔腎臓病でちょこちょこ入院しててさ。ほら、まだアホだったから、もうすぐ死ぬんじゃないかって思ってたわけよ。ガチでな」
始まったか。これは秀也の鉄板トークの一つで、僕には、少し恥ずかしい話でもある。
「学校では俺、死ぬかもみたいなこと言いまくっててさ。そんとき詞と同じクラスだったんだけど、こいつさ、やけにはっきりと『死なない』って言ってくれて、なんか救われたんだよ。他のみんなも大丈夫とか言ってくれてたんだけど、詞のはすげー記憶に残ってる」
「じゃあ詞はこのアホを救っちまった大アホってことか」
来斗の一言に泰樹と秀也は大笑いを始めた。僕はデザートのプリンに夢中なふりをしている。来斗が続けた。
「こんな元気なやつが入院経験あるなんて信じらんねえな。今はもう完治してんのか?」
この話を聞いたやつは、みんな同じことを言う。幸いにも――
「おう、完全復活どころか、もうお前らより体強えかんな」
飯食いながら立つんじゃねえ、と来斗にツッコまれた秀也は、今度は煽るようにポーズをとり始めた。
「舐めんなよ?お前ら全員の葬式に出てやっかんな、覚悟しとけ!」
「そう言って一番最初に死んだりして」
そう言った泰樹を秀也は鼻で笑い、僕に目を向けた。
「詞、俺死ぬと思うか?」
クリームに乗ったサクランボに視線を落としたまま、何度と繰り返したセリフを口にする。
「死なないよ」
秀也はほらな、といった表情で泰樹に目を向けた。泰樹には大ウケだったようだ。
僕は財布を出さなかった。秀也から次に出る言葉を知っているからだ。
「ま、今日はワタクシが出しておきますよ、委員会ブッチはこれでチャラな!」
ナポリタンとプリンで、1500円ほど奢ってもらった。巌佐先輩とも話せたし、今日の労働は5000円分くらい得したかな。
来斗と泰樹は電車、秀也は自転車通学のため、ここで解散となった。すでに二〇時を回っているが、金曜夜の駅前は、人でにぎわっている。昔は人込みが苦手だった。
『生限時間』は、視界に入るだけで、勝手に理解してしまう。たくさんの人がいると、それだけで脳が疲れてしまうような感覚があった。昔は、ということは、今は違うということ。体とともに脳も成熟したのか、環境に順応するように進化したのかもしれない。簡単に言えば、慣れたということだ。
――だからこそ、違いに気づく。
巌佐先輩?
信号待ちの集団の中に、違和感を見つけた。『生限時間』の向きが他とは違う、鏡文字の、それも残り時間が一年ほどの人間がいる。前の方にいるようで姿は見えないが、巌佐先輩に違いない。
進みだした集団の先頭は一人の女性だった。黒いキャップを被り、オーバーサイズ系の黒い長袖と、黒い短パン、じゃなくて、ショートパンツ?と言った方がいいんだっけ?そういうやつと、黒いスニーカー。それと……、
長く、黒い髪――。