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生限時間  作者: 緒環円
第1章 フライデイノベルス
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第1話 保健室の天使

 あなたは、幽霊ゆうれいの存在を信じますか?

僕は信じていません。見えないからです。

では、幽霊が見えるという人を信じることはどうでしょう。

――こっちは、難しい。

幽霊ではありませんが、僕にも「見える」モノがあるからです。

幽霊と何か共通点があるとすれば、そうですね、見えない方が幸せかもしれません。





 きっかけは覚えていない。多分、そんなものはなくて、生まれたときから見えていたんだと思う。僕は、『他人の寿命』を見ることができる。正確には、『死までの残り時間』というべきだろうか、ひたいの少し上あたりに、カウンターのようなものが浮かんでいるのが見える。


 『それ』は時間とともに減っていき、《《0のようなもの》》を示した後、消える。死体は『それ』を持たないらしい。僕はこれまでに二度、その瞬間を目にしている。祖母が亡くなる時と、……思い出したくないが、駅のホームで。


 『それ』は僕の知っている数字ではなく、文字でもない。確かに何かの記号の列ではあるのだが、例えるなら、砂時計の砂を見ている感覚に近い。『それ』は絶え間なく変化し、何故か僕はその変化を量として、減っている、と認識できるのだ。どこかの言語かもしれないが、これに関しては分からないままでもいいと思っている。


 中学一年の春、つまり今から三年前、『それ』に名前を付けた。自分だけに宿やどる秘密のチカラ、という存在に対する、中学生男子としてもっともらしい行動とも言える。今となっては少し、その、恥ずかしいが、僕は『それ』を『生限時間(ライフリミット)』と呼ぶことにした。これに関してはまあ、そういう時期だったのだと思いたい。




 弓那川ゆながわ沿いに植えられた桜は、今年も役目を終えた。川沿いの道は車通りも多く、飛ばされた花びらたちが側溝そっこうおおっている。北更津きたさらづ高校では、新年度のあわただしさも一段落し、六月の文化祭準備が始まるまでの、おだやかな日々を迎えていた。


 金曜日、北更津高校では放課後の部活動が禁止されている。代わりに、委員会活動などは金曜日に集中しており、僕、水城詞みずき つかさは、所属する保健委員会のとある作業に追われていた。


「12R(ルーム)終わりました」


「うい~ないす~」


 養護教諭ようごきょうゆ長谷川はせがわ先生は全く気のこもっていない相槌あいづちを打つと、もうめ始めたコーヒーを飲みほした。この人は長生きする。


 二週間後に控える歯科検診に先立ち、今朝、歯科アンケートが行われた。現在はその集計中だ。先生と僕と、もう一人の三人で集計するはずだったのだが、そのバカが仕事を忘れて帰ったせいで、二年生の巌佐いわさあやめ先輩が手伝ってくれている。この人は……、


「22R終わりましたー」


「あやめないす~」


「すみません、先輩、手伝ってもらっちゃって」


「ううん、いいよ。暇だったしね」


 先輩は、国の指定難病のひとつ、『眼皮膚白皮症がんひふはくひしょう』をわずらっている。より有名な言い方をすれば、『アルビノ』だ。先天性せんてんせいの遺伝子病で、生まれつきメラニン色素が少なく、青みがかった灰色の瞳に加え、髪や眉毛、まつげまで真っ白だ。


 また、弱視じゃくしともなうことが多く、先輩もルーペを用いながら集計をしている。日光を直接浴びることは危険で、常に日焼け止めと日傘は欠かせないらしい。放課後はこうやって、日が暮れ始めるまで保健室で過ごしているそうだ。そんなことから、先輩は「保健室の天使」として、校内で最も有名な生徒だ。


――先輩と出会い、僕の脳内を駆け巡ったものが三つあった。


 一つ目、あやめ先輩は可愛かった。まあ、言ってもよかったのかもしれないが、アルビノである先輩の容姿に言及するのは、褒めているかどうかに関わらず、傷つけることになりかねないと脳内にとどめておいた。


 二つ目、先輩の『生限時間ライフリミット』は、残り一年ほどだった。十代では確かに珍しいが、街を歩けば、『生限時間ライフリミット』が一年未満の人なんて、それなりに目に入る。問題なのは次だ。


 三つ目、先輩の『生限時間ライフリミット』は、《《見たことのない向きだった》》。読みにくいが、先輩の頭上には、他の人とは違う向きで記号の列が浮かんでいる。鏡文字かがみもじだろうか、強烈な違和感がある。そう見える理由は、見当もつかない。


 僕の中で、『生限時間ライフリミット』は「分からない部分は分からないまま」でいい、もう終わった謎だった。経験則けいけんそくで言えば、『生限時間ライフリミット』に関しては、考えてどうにかなった試しがない。答えが向こうからやってくるまで、謎は解明しない。気にならないと言えば嘘になるけれど、あきらめるという言葉を使うほど、熱心に追いかけてもいない。


 僕にできることは、ただ生きることだろう。そう、もう四クラス目も数え終わる。


「14R終わりました。あやめ先輩、24R僕がやりますよ」


「ふふ、ありがとう、《《詞くん》》」


 先輩は、少し意味ありげに僕の名前を強調した。すぐに気が付いた。


――ああ、僕は今日会ったばかりの女子の先輩を、下の名前で呼んだのか。


 顔が熱をびる。僕らしくないミスだ。先生が、あやめあやめ言うから、僕もすっかり釣られてしまった――。

初作品、初投稿です。第1章(全6話)まとめて今日中に投稿します。

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