エピソード3 なぜ自分なのか
目を覚ますと見慣れない天井。
体を起こし、横に目をやると不安と安堵が入り混じった父の顔があった。
「起きたのか?」
「んん…」
喋ろうとしたが声がうまく出ない。
「無理して喋らなくていい、今日、学校で血を吐いて倒れたんだ」
「んんうぅ…ごめん」
「明日検査あるからそれまで寝なさい、大丈夫、重い病気じゃないさ、疲れが溜まってたんだ」
自分は、検査という言葉に怖さを感じつつもその日は眠りについた。
次の日、ありとあらゆる検査をした。検査しただけで疲れが溜まるくらい。検査が終わり母と弟が見舞いに来る。
「体調大丈夫なの?」
「まぁまぁ」
「お兄ちゃん治る?」
大きい目で不安気にこちらを見る。
改めて見ると目は自分とよく似ていた。
(兄弟だから当然か…)
「当たり前だろ、すぐ治すからリフティング50回ぐらいは出来るようになってろよな」
そう言って弟の柔らかい髪をポンポンと叩く。
今出来る精一杯の笑顔で。
正直に言えば怖い。
でも、こんな状況でも、弟の前では頼れるお兄ちゃんでありたい。
兄として意地を張った。
夕方、ぼーーとテレビを見ていると父と母が医者に呼ばれた。
(大丈夫、大丈夫…別に焦るほどじゃない)
自分を呼ばないのは少し気掛かりだったが、無理やり励ます。
(大丈夫だって、よりによって自分が、こんなの……あり得ないでしょ)
胸の中にいる自分と会話する。
(本当に?)
嫌な自分が顔を出してきた。
楽しみにしていた流行りの転生系アニメを見ても内容が入ってこない。
虚ろな目で窓の外を見ていた。
夕日が沈むなかで、反射して映る自分を。
窓に映る哀れな自分を…
(俺ってこんなに顔色悪かったけ?)
2時間くらい経っただろうか。
窓の外をずっと見ていたのに今になって暗くなったことに気がつく。
父と母が病室に帰ってきた。
ひどく重い足取り。
母の目には涙の跡があり父は顔を少し背けたまま、一歩、一歩、恐る恐る近づいてくる。
なぜ?
嫌な予感がする。
胸の動悸がバクバク言っている。
何も聞きたくないと心が叫んでうるさい。
アラームみたいで嫌いだ。
病室から逃げ出したくなる。
(こっちに来るな!)
絶望が目の前にあった。
父が自分の前に座った。
顔を背けるのを辞め、自分の目を見て掠れる声で言った。
多分聞く限り最悪。
理解したとは言いづらいし理解したいとも思わない。
なぜ、自分なのか。
別に自分じゃなくてもいいでしょ。
他にもたくさん居るじゃん、なんでよりによって自分がこんな目に…
いるかどうかも分からない神を憎み恨む。
訴えるような目で語る、父は諦めていない。
「治療をしっかりすれば治る可能性はある」
「本当に?」
「あぁ、あぁ…本当だ、一緒に、一緒に治そう」
父が自分の胸に抱きつく。
父の体温と心臓の鼓動を感じ安心する。
母のすすり泣きが聞こえ弟もつられて泣いていた。
「母さん、早く治せるように頑張るよ」
母は口に手を当てて頷く。
母の涙を見ると込み上げてくるものがあった。
しかし…
頑張ると決意した時、嫌な自分がここぞとばかりに顔を出す。
【もう手遅れだろ】
最も会いたくないタイミングで。
流れると思っていた涙はなく父と母に抱きつかれながら窓の外を見ていた。
入院して、一ヶ月。
2日に1回は父か母が来る。
自分の好きなチョコを持って。
もちろんグラビアが載った表紙の漫画は持ってこない。
頼んでもいないし頼む気力もない。
3日に1回は誰かしら見舞いに来てくれる。
親友だったりクラスメイトだったり、昨日は担任の先生が来てくれた。
見舞いに来てくれるのは嬉しい…だが焦りも感じる。
自分だけ世界に取り残され置いていかれる。周り、親友は前に進み、自分は停滞したままだ。
時折、暗闇を走る夢を見る。
光が見えず前がどっちにあるか分からない。
とりあえず頑張って走るが、走っている方向が前なのか、後ろなのか、見当がつかず、最後は立ち止まっている夢だ。
次第に自分自身を嫌いになり憎んだ。
神はまだ自分を苦しめるらしい。
入院して、二ヶ月。
だんだん薬が強くなっているのが分かる。
体が拒否反応を示し自分に厳しく当たる。
嘔吐とめまいを繰り返し、これが薬のせいなのか、病のせいなのか、分からない?
もう全てが分からない。
苦しい、辛い、助けて。
自分は弱音を噛み殺し今日も生きる。
机にはクラスから貰った千羽鶴が立て掛けてある。
頼んでもないのに…
貰った時、母は感激していたが自分はそうはなれない。
嬉しいと思う反面、今の現状に絶望する。
春になったら高校2年生だ。
入院当初は卒業出来るかどうかを考えていたが今は指でいつまで生きていられるかを考えるようになった。
春になり世間的には高校2年生になった。
ギリギリ出席日数が足り進級することが出来たが、回復の兆しは見えない。
先の見えないトンネルを走っているようで気持ちが萎える。
父母との会話も減ってしまった。
なんて声をかければいいか分からないのだろう。
自分でさえも分からない。
弟が兄を気遣って話を振る。
「お兄ちゃん治りそう?」
「多分ね」
前ほどの自信と余裕はない、弟の前なのに笑えない。
「そういえばこの前リフティング50回出来たんだ、偉いでしょ」
大きい目を更に見開いて話す。
頬を引きつらせながら…
無理して笑っているのがわかって自分の情けなさに嫌気が差す。
「じゃ今度は100回を目指そうね、そしたらお兄ちゃんの病気が治るかも…ね」
(あ…)
弟が真剣な顔で頷く。
自分の言葉が逆にプレシャーになってしまったと思い少し後悔した。
来月は手術がある。
手術で病気が良くなれば良いし、良くならなければ死ぬのだろう。
目の前に控えた死という恐怖を忘れるために母が買ってきてくれた本を読んで紛らわす。
本の世界に入ろうとした時、呼ばれた気がしたので窓の外を見た。
桜が満開になって咲いていた。
今までで一番綺麗だった。
夏になった。
病院の外は暑そうに見え、桜の木は緑一色になっている。
手術をした所がズキズキ痛い。最近は立ってトイレすら出来ずに病は悪化するばかりだ。
なぜ、自分なのか。
よりによってなぜ自分が。
黒い感情が自分を包み離そうとしない。
見舞いに来なくなったクラスメイトと親友の姿を思い出しては言いようのない感情が自分を襲う。
叫び発狂し、カーテンを破っては点滴を外して山積みとなった本を投げる、そこまでの情景が映画の様に浮かんだが現実は体を起こすだけで精一杯だった。
「お兄ちゃん、病気はどんな感じ?もうそろそろ治る?」
いつの間にか母と弟が来ていた。
弟の声が頭の中でこだまする。
一瞬、凄く一瞬だが悠久のような時間と共にある考えが頭に浮かんだ。
「死ぬ前に、弟の試合見に行きたいな…」
まだ一度も弟の試合を観た事が無かった。
(どうせ死ぬなら弟がサッカーボールを蹴っている姿を目に焼き付けておきたい)
どんな映画やアニメよりも観てみたかった。
行けば絶対に続きが気になる、続編を期待して胸を躍らせる。
「プロのサッカー選手になりたいです」
自分の口癖だった。
小学校の頃は、親戚や先生に将来の夢を聞かれ元気良く答えていた筈だった。
いつの間にか夢を語ることは辞め、理想の厳しさと現実を知り勝手に諦めていた。
でも今なら弟に夢を託せるじゃないか!
自分の今ある素直な感情だった、だが。
「バカを言わないで!今試合に行ったら今までの努力が無駄になる、絶対、絶対治るから病気が良くなったらその時試合に行きなさい」
母の優しく厳しい真剣な顔で言う。
母の目は赤く染まった。
母は諦めてなかった、いや、諦めきれないのだろう。多分この感じ父も諦めきれずにいる。
その後何を話をしたか覚えてない。
ただ今ある人生を最後まで諦めず生きようと思う。
父と母が自分を愛する限り。




