エピソード29 温泉
王都に戻ると昼になっていた。
寄り道せずに冒険者ギルドに行く。
受付嬢は変わらず昨日と同じだった。悪魔が耳打ちをする。
【バレないから見ろ、めちゃ凄いぞ】と言って騒ぎ立てる。
ラインは誘惑に負けずに受付嬢の顔だけを見て話をする。
はい、偉い!全世界の女性の方々拍手して下さい、パチパチパチッ!!
(な、何ですかその目!ダイナさんのその冷たい表情は何?自分またまずい事しました?何がそんなに気に食わないの?今回は受付嬢の胸見てないよ!)
お金を貰った後
「そんなに顔見る必要ある?」
(いや確かに顔は見てたけど!じゃぁどこを逆に見ればいいんだよ、目のやり場がなくない?だったら自分は目を瞑って話せばいいの?)
「いやあまり見ないようにしたんだけどね…誤解したならごめんね、次気をつけるからさ…」
逆に聞きたくなったが我慢した。
(確かに自分は女の人を見ないと言った。けどさ、それは比喩表現で言っただけでそんな厳密に監視されたら生きていけないよ!!)
「女の人にデレデレするラインもイヤ、しないで」
(めめ、めんどくッ、おっとこれ以上はまずいな、女の子にはそんな言葉は使いたくない、でもダイナって最近束縛激しくない?これが普通なの?分からないけど普通は付き合ったり、結婚してから注文つける気がするだけどな)
ラインは付き合った事がないので分からない。
分からないので何も言えない。
「もうデレデレしないようにするから機嫌直して」
「・・・」
ダイナは黙ったままだが変わりに手を繋いでくれた、機嫌が治ったらしい。
今回の報酬は1万オン貰った。約1万円になる。
それに加えてフェルドキャトの爪は1万オンで合計2万オン。
今の自分達には大金である。
しかも今回の依頼でGランクからFランクに上がった。
本来なら2回くらい依頼を受けないと上がらないが倒した数が多かったので評価が上がった。
普通なら今の半分ぐらいしか群れで出ないらしい。
街を意味もなくフラフラする。
その時ラインはこの世で一番重要な事を思い出した。
「そうだ、温泉!!温泉入らなきゃ」
「もう疲れたから家に帰りたいんだけど」
「いや絶対今だから、家の風呂より温泉の方が気持ちいから!」
「分かった、ラインがそんなに言うなら入ろっか」
(キターーーすっかり忘れてたけど思い出した!本当に頑張った甲斐があるわ、まじで…あ、ヤバイ、ちょっと今それ必要ないから!周り青くならなくていいから!それだとよく見えないから辞めて!今人生で一番大事な瞬間なの!!)
ラインは血走る眼を抑え、魔力を抑え、気持ちの昂りを抑える。
ラインは青の世界に入らないように、とてつもない集中力で温泉に向かった。目はガンギマリ状態である。
「子供二人で1600オンね」
(ダイナちゃん本当に良いの?自分は、もう色んなダイナを見るよ、遠慮しないからね、もういつもの冷静で優しいラインじゃなくなるからね!)
ラインは震える手でお金を渡す。
緊張と興奮が噴火していた。
(ダイナはまだ成長途中だから自分の性癖にジャストミートではない、しかし裏返せば今のダイナは今しか見れない!!まじで集中しろ、あわよくば他の人も全部見て絶対帰る!!)
「はい、丁度、まぁ分かると思うけど右側が女湯で左側が男湯ね」
「へぇ??」
「ライン、楽しんできてね!」
ダイナはとびきりの笑顔で女湯に入っていった。なんだかんだ楽しみにしていたのだろう。
「へぇ?自分は…」
「君は男の子でしょ、左側に進んで」
受付に促され男湯に入った、当然である。
(はぁ~、自分が悪いよ、普通に考えて混浴な訳ないじゃん、異世界だから変に期待したけどそうだよね、自分の人生そんなに上手くいかないよね…でも一緒入りたかったなぁー)
ラインは暑苦しい大浴場で、ガタイに恵まれた男達に囲まれ首までお湯に浸かった。
賢者タイムである。
もちろん握った訳ではないし擦った訳でもない。
この世界に来てからは自己発電を一回もしてない。
最近になってやっと大人の体に近づき、息子に少しだけ髭が生えてきた程度なのでしようとも思わなかった。
いや出来なかったに近い、多少思う時はあってもこの世界にはスマホも無ければエロ本すらない。
イメージだけではまだ限界がある…
しかし今回擬似的に賢者タイムになった!
「はぁ〜身体怠いけどなんか気持ち良いなぁ」
前世では1回家族旅行で入浴した程度でほぼ今回が初見。たかがお湯、たかが風呂、たかが温泉。正直舐めていた。
(別に家で入るのも外で入るのも変わんないでしょ…ダイナは居ないし)と言うふうに思っていたが実際温泉に浸かると自分は愚かだった事に気付いた。
温泉に首元まで浸かると身体が芯から温まり、頭の思考がクリアになる。
1時間の入浴で溜まりに溜まった煩悩の数々が綺麗消えた。肌はツルツルである。
「また温泉に来ようね!」
ダイナもかなり気に入っている様子なので定期的に温泉に通うだろう。
温泉に入った後、特に行く場所もないので街中を適当に見て周る。
ラインは賢者タイムなので頭は稼働しておらず、どんどん王都の中心から道を外れていった。
今のラインは、何をしたくて、どこに向かっているかも考えずにひたすら歩み続ける。
気付いた時には、少し寂れた建物が並ぶ路地裏に迷い込んでしまった。
「この道で本当に合ってる?ご飯食べに行くんじゃないの?」
ラインが不思議な行動を取るのでダイナが声を掛ける。止めてなければ王都をぐるっと一周していただろう。
「ホントだ!変な所まで来てる!」
建物は、クリスパレスのスラム街に似ている。
子供が居ていい雰囲気ではない。
ここは、ライブプレスト王国の貧困層が住む地域だと分かる。
クリスパレスのスラム街とライブプレスト王国のスラム街の違いは道の綺麗さである。
クリスパレスの方が道端にゴミや糞尿が垂れ流しにされていたがライブプレスト王国のスラム街は道が整備されており比較的に綺麗である。
路上生活する様な物乞いも居なく、殆どの人達が家で暮らしているのも特徴だ。その代わりに一つの家に沢山の人が身を寄せ合って生きていた。
道は綺麗なのに周りは暗い。人通りは少なく街の活気もない。
ラインは、ダイナの手を繋いで歩いて来た道を戻ろうとした。
「今度の依頼はどいつだ?金はたんまり用意してるんだろうな」
ドスの効いた低い声で呼ばれた。
ラインは、恐る恐る振り返ると男二人が路地裏で話し合っている。
ラインに対して呼びかけた訳では無いらしい。男に気づかれない様に、すぐさまダイナの手を引いて物陰に隠れた。
ツーーーーン
腐った卵の匂いが背中側からやってきた。
(よりによってゴミ箱の裏に隠れちゃった、せっかく温泉入ったのに〜!)
黒くデカいゴミ箱の裏に隠れた。
スラム街に住む人達のゴミ捨て場なのだろう。夕日が沈み、影から闇に変わろうとする。
「絶対顔を出しちゃ駄目だ」
ラインはそう指示するとダイナは無言で頷き目を瞑った。ダイナの手の握りが段々強くなる。
「今回は、かなりの大物なのでルーラ教会としても色をつけてあげますよ」
「ほう、いくらだ?」
「これほどで如何です?」
「…本気か?こんなに貰えるなら相当やべぇ相手なんだな、ターゲットは?」
「レイナ王女ですよ、殺し屋No.2と呼ばれるメビウス様なら問題無いと思いますが」
「レイナ・ライブか…無理だな、城に忍び込むのはリスキー過ぎる、今回俺様は遠慮させてもらうぜ」
「もし仮にレイナ王女がクライフ学校に入学したとしたら?メビウス様は以前にクライフ学校に入学した貴族の子供を誘拐しましたよね」
「その時は警備が甘かっただけだ、次はない」
「それなら今の額より3倍出しますよ、もし生け捕りだった場合は5倍で?どうです?悪い話ではないでしょう」
「10倍だ!レイナ王女を殺したら10倍で考えてやる、ここまで大物だと俺様も仲間を掻き集めなきゃならねぇ」
「なるほど分かりました、それで頼みますよ」
男二人は、固い握手を交わした。
男達は、話を終えライン側から反対の道に出ようとする。その時、急にメビウスが振り返った。
「そこに居るのは誰だ!居るならとっとと表に出てこい・・・今なら許してやる」
!?
ダイナの手は震え、ラインの頭はパニックになる。
(え!え?なんで気づかれた?どうする!出るべき!それとも逃げるべき!?)
ラインは、1秒で思考をまとめて覚悟を決めた。
「ダイナ、何でもいいから魔法を構えて、自分が最初仕掛けるからその後頼む」
ラインは小声でダイナに指示する。
逃げても追いつかれる気がしたので、戦闘を選んだ。
最悪勝てなくても逃げる隙が生まれれば良いと思った。
コツ、コツ、コツ
二人の男が静かに足音を立てて近づく。
距離を急に詰めてこない事を考えるとメビウス側も状況を完全に把握していない。ラインは足音からメビウスとの距離を予想する。
そして遂に・・・
「悪い、俺だ、面白い話をしてると思ってつい盗み聞きしちまった」
「死神!こんな所で何してる!」
ラインの目にベルナルが映る。
両手を頭の上に挙げ、小さく万歳した状態でメビウスの前に現れる。
ラインの眼とベルナルの眼が一瞬かち合った。
「ここで敵対するつもりはねぇ、ただ俺もレイナ王女を狙ってただけだ」
「それは俺様の獲物だぞ!死神こそ最近何してる?殺しを辞めた奴に今回の依頼は死んでもやらねぇからな」
「美味しい獲物だよな、政治的価値がかなり高い、そうだろルーラ教会さん」
「そうですね、利害が一致するのであれば今だけ敵対関係を辞めて依頼しても悪くないですねぇ」
「ふざけるな!レイナ王女は俺が殺る、金も名声も全て俺様のモノだ!」
「あぁ、勿論ここは俺が手を引く、絶対に邪魔しないさ」
「情報だけ抜き取られて見逃す程ルーラ教会は甘くないですよ」
カチャッ
ルーラ教会の男が渋い顔をする。剣を取り出して戦闘も辞さない構え。
レイナ王女を狙わず情報だけバレるのは避けたいようだ。
「なら俺と戦うか、ルーラ教会1人とメビウス1人で?勝てると思うか?」
「それは戦わないと分からないでしょう、ルーラ教会としてもクリスパレスの事件は根に持っているんですよ」
「辞めとけ、俺様とお前で戦っても片方は確実に死ぬ、死神は、死神言われるだけの理由があるってもんだ」
「だそうだ、俺もここでの話は忘れる、お前も俺の事なんざ忘れろ、ルーラ教会さんは、まだ王都での仕事残ってるだろ、忘れてなかったら殺しにいくからな、命は大事にしろよ」
「なるほど…分かりましたよ、今は暇じゃないのでまた後日と言うことで」
「チッ、死神が語る命は重いね、てめぇがいなければ俺様がNo.1だと言われてたんだがな」
二人の男は、後ろを執拗に警戒しながら路地裏を出ていった。
少し経った後、ラインと死神は顔を見合わせる。
「見覚えのある背中を追って来て正解だったな」
「ベルナルゥーーー!」
ラインとダイナはベルナルに抱きついた。
いつもは修行が厳しいだけの悪魔に見えたが今はベテラン俳優に見えた。
今日だけ顔付きがダンディに見える。
「お前ら、おい、離れろ気持ち悪い!」
「ここ怖いからもう帰る!ベルナルも一緒に帰ろう!」
ラインは提案をしたが
「予定が変わった、お前らだけ先に帰れ」
えぇぇ〜と言ってラインとダイナは不満を示したが何も変わらず二人だけで家に戻った。
事態は少しずつ進んでいる。




