エピソード26 目覚め
それは最悪の目覚めで大事な目覚めだった。
ラインは鉛の様な重い体を起こす。隣にはダイナが居た。
「痛い所ない、大丈夫?」
心配そうに覗き込むダイナを他所に疑問が浮かぶ。まだ記憶がはっきりしない…
「ここは、どこ?」
ラインは木造の家に寝ていた、マーチ家と違いボロくて古い。部屋は襖で囲われ床は畳で出来ている。前世のおじちゃんの家に似ていた。
「ここはグラオザーム王国郊外、まったく、やっと起きたのか」
声がしたので、その方向を見ると、40代中盤くらいの男が剣を研いでいた。
「男…」
ラインが呟く。
【男…殺した…殺された?父?母?ローザ!!アイツらがローザを殺した!殺せ、絶対殺せ、かたきを討て!報復しろ!絶対に逃がすな!!】
ラインは男の姿を見ると、どす黒い感情が湧きたち底無し沼に引きずり込む。反射的に体が動き、殴りかかろうとした。
「ライン!!だめぇーーー」
ダイナの声は今のラインには聞こえない。しかしそれを見越したかの様に、殴りかかろうとするラインの頭を男は鷲掴みにして家の襖に投げつけた。
ラインは襖と一緒に外に投げ飛ばされる。この家は襖一枚だけの薄い壁で出来ていた。
「遅いし、弱い、何も優れたモノが無いな、お前」
男の言葉が耳に入らないラインはすぐ立ち上がり、イノシシの様に猪突猛進で男を殴ろうとする。
「お前はまだ何も見えないのか?」
ラインは男に向かって走るがそれより速く距離を詰められ、逆に殴られた。顔面にとてつもない威力のパンチが入る。
「遅い、弱い、見えない、だからお前は負け、親を殺された、いい加減理解しろ」
ラインはふらつく頭の中で、あの日の惨劇がフラッシュバックした。
父が血だらけで床に倒れ、母が剣で喉から貫かれる映像が頭に流れる。死を覚悟した時にローザが目の前の敵を斬り伏せる姿、声、言葉が鮮明に思い出した時、悪魔が囁いた。
【目の前の奴は誰だ、誰でも良い、目の前に敵は居る、殺せ、殺せ、ころせ、コロセ、コロセ】
「コロスコロスコロスコロス」
ラインが呪文のようにを唱え、男と向き合う。
ラインはどす黒い感情を抑えきれず、目の前の相手を襲う獣になってしまった。
その時、ダイナが両手を広げて男とラインの間に割って入った。
「ライン、目の覚まして!!この人は助けてくれたの!!殴るなら…私を…私を殴ってよ!!」
ラインはダイナの悲痛な姿が目に入り動きが止まる。
「ライン、ごめん…ごめんなさい、私が助けを求めたから、私なんかがダークエルフとして生まれてきちゃたから、ごめんなさい…」
ダイナは震える声で泣きながら謝罪した。
「来ないのか、もう一発殴ろうと思ったんだがな」
男は反撃の構えをしていたがそれを解く。ラインが正気に戻り膝から崩れ落ちた。すかさず悪魔がやって来ては囁く。
【助けなかったらどうなってた?】
(助けたから死んだ…のか?助けたから父は死んで母も死んでローザも死んだ、もし助けなかったら家族は助かり全て元通り…)
悪魔が畳み掛ける。
【お前はヒーローを気取ったから死んだ。弱いのに見栄を張った。ヒカイト人なのに調子に乗った。見捨てれば良いものを助けた。だから死んだ。お前のせいで皆死んだ。ダイナを助けたりしなければこんな事にはならなかった】
「助けたのが間違い?弱いのが間違い?あの時見て見ぬ振りしていれば今頃…」
ラインは悪魔との自問自答で悔やむ。しかし、それを聞いた男は
「いーや、それは違うな、絶対に違う」
男は項垂れるラインの髪を掴み、顔上げさせ問い掛ける。
「何故助けたのかを考えろ、何故見知らぬ女の子を助けた、何故だ?」
理由?分からない、なんで?
思考の中で又しても悪魔が邪魔する。
【理由なんか無いだろう、何となくだ、それか可愛いかったからだ】
理由は無い?何となく?可愛い?違うそんな理由じゃない…何故?そうあれは・・・
「可哀想だと思った…自分と同じだと思ったから…頼られたのが嬉しかった」
ヒカイト人として世界に、国、人に拒絶され生きている事自体が罰とされた。ダイナの姿を見た時可哀想だと思った。自分と同じだと思った。
世界から拒絶され、嫌われ、生きるだけで奴隷として罰を償う。
可哀想…自分もダイナも
「そう思うならお前はなんて声を掛ければ良い?何を見て頑張れば良い?何を誇って生きていけば良い?」
男がラインに諭すように言った。
ラインが顔上げた時、泣いて謝るダイナが居た。誇れるモノが目の前にあった。目の前いるダイナだけがラインの全てだった。
「ダぃ…ダイナを助けられて良かった、生きてくれて本当に良かった…」
ラインから涙と本心が零れ落ちる。
失うだけではない、胸を張って誇れる存在があった。失ったと同時に掛け替えのない何かを手に入れた。ラインの言葉を聞いたダイナは全てを救われた様な顔をする。
「ライン、助けてくれてありがとう、私を救ってくれて本当にありがとうね」
そう言ってダイナが強くラインを抱き締める。
初めて抱きつかれたあの時とまた違う。
自分自身全てを肯定してくれて、自分に存在価値をつけてくれた。自分は必要な人間だという証明。自分は生きていて良いんだという証明。
抱きつかれた時の感触と互いの頬に当たる涙が更に自分の心臓を震えさせた。ありがとうの言葉が自分の悪魔を殺した。
失うだけではなく助ける事が出来た事実が自分の全てを肯定する。
ずっと泣いた。枯れるまでずっと泣いた。別れの後に大切な出会いがあった。
それを見ていた男が口を開く。
「俺はベルナル、巷では死神と揶揄されている、どうだ俺は怖いか?」
それを聞いたラインはある考えが浮かんだ。
目の前には世界を震撼させた死神がいる。なのに不思議と嫌悪感はない。死神は奴隷商殺しと言われた。奴隷商を殺し、奴隷を解放する。
果たしてその行動は悪なのか?本当に死神は悪でルーラ教会は正義なのか?
否
(違う、人をモノとして扱う奴隷制度は悪でルーラ教会はもっと悪だ!!母も父もローザもルーラ教会が殺した!自分がダイナを助けたからではない!間違ってる!こんな世界が間違ってる、自分はルーラ教会に!)
思考がはっきりして道は開けた。ラインはある思想と考えが目覚めの時を迎える。
ラインは優しくダイナを離し、ベルナルの前に立つ。
「自分の名前はラインハルト・マーチ、自分はルーラ教会に復讐したいです、人を守れる程強くなりたいです、強くして下さい、お願いします」
ラインはベルナルの前で土下座をした。黒い眼が蒼く光った。
「悪くない眼だ、お前もそこのダークエルフもこの俺が強くしてやる」
ベルナルとの修行が始まった。
この家に来て1週間が経った。
地面に転がるラインをベルナルがペチペチと音を立てて顔を叩く。
「おい、死んだのか?起きろ!またやり過ぎたのか…それならヘタレ野郎は後回しにして、次はダイナの番だ」
ラインはベルナルの声が聞こえていない。
瞬殺だった。もちろん死んだ訳ではない、でも瞬殺だった。ラインが、目を開いて閉じる、その動作だけで時間が飛び、意識を失う。文字通り瞬殺で決まった。
ベルナルはラインを気絶させると次に狙いを定める。ダイナは目の前の化け物に慄いて心の準備が出来ていない。
「ちょっと、いや、待っ!!」
ベルナルはダイナの要望を聞くはずもなく激しい攻撃を浴びせる。ダイナの反撃は虚しく空振り、時空を飛ばされた。
「二人して全然だな、全く話にならん」
ベルナルの修行が始まり一ヶ月経った。ラインはベルナルの回復魔法を見つめる。
「死神なのに回復魔法使えるんですね…」
ラインは少し呆れ顔で言った。
サントルクラフトでは回復魔法は治癒師が居る程の専門職になる。覚えてる人は一握りだ、しかし。
「当たり前だ」
ベルナルは簡単そうに使っている。
ベルナルはこの一ヶ月で、気絶するギリギリまで痛めつけるのが上手くなった。そんな事、上手くならなくて良いけどね!!
ベルナルが痛めつけてベルナルが治しまた修行として痛めつける。ラインは今、生き地獄を体験している。この地獄から早く解放して欲しい…
「自分にも出来ますか?」
ラインは自分の腹の傷が治るのを見ながら言った。
「お前は何も分かってないな、センスがあれば出来る、ヒカイト人のお前もな」
「え、ホント?」
まさかの言葉に驚く。
「マハト人と、リヒト人は全身に魔力を纏うのに対してヒカイト人は目に魔力を纏う、これは分かるよな?」
「まぁ、何となく…」
ベルナルの言いたい事は分かる。あの時、世界が青く見えた時は目に魔力が集まる感覚があった。あの現象を言っているのだろう。
「全身で纏うのと目だけを纏うのでは魔力量の消費が違うし、出力も違う。その点ヒカイト人は比較的に魔力を使う事に長けている、ただヒカイト人は練習しないだけ、いや練習しても無駄だと思っている、だから出来ない」
ラインはベルナルの話を聞いて一つ引っかかる事があった。
「え、ベルナルってヒカイト人なの?」
「俺はお前と同じヒカイト人だ、だから連れて来た」
「え、嘘だ、そんな事あり得ない!」
ベルナルの速さは常軌を逸しているし、力も強い、いや力の伝え方が異常に上手い。
(ベルナルがヒカイト人なら全ての定説がひっくり返るぞ、もし本当ならこの世界の常識が間違っている事になる、そんな事本当にあり得るのか?)
ラインが考え事をしていると頭に衝撃が走り意識は飛んだ。
「よそ見しすぎだ、集中しろ・・・しまったな又やり過ぎたか?」
ラインが目を覚ますとダイナがいた。
(またか…)
10回以上気絶するとある意味慣れた。寿命が着実に縮まっている気がする。このままだと長生きは出来ないだろう。
「ライン、あんまり無理しないで…」
決して無理したつもりはない、無理しないと殺されそうになるだけである、トホホ。
そう言うダイナもボロボロだった。ベルナルは容赦なくダイナも修行という形で気絶まで追い込む。
「お前は何も見えないし、ダイナはエルフなのに魔法を使えない、何も才能を生かしてない、このままだと死ぬぞ、お前ら」
ベルナルの辛辣な言葉が狭い部屋に響く。
ラインはあれから青の世界を見えていない。あともう一歩の所で掴みきれない。壁が目の前にあり、突き破らなければ進めない、強くなれない、あともう一歩なのは分かるがそれが遠い。
「俺は少し外に出る、後は好きにしろ、暇ならお前はダイナに魔法を教えておけ」
そう言って苛立ちを隠さぬまま暗闇に消えた。
「ベルナルおじさんが言っていただけど私ってエルフでしょ、純血じゃなくてダークだけど…それで、その魔法が本当は上手いらしいんだ、だからその…」
「分かった、大丈夫だよ、教えてあげる」
そう言うとダイナはとびきりの笑顔で抱き着いてきた!!
(急に来るのはやめて!!心の準備が出来てない!今ヤバイから、本当にヤバイから、無理だから、あ!)
現世で初めてラインの息子が元気になった。
ある意味これも成長である。ラインはギリギリの理性で引き剥がし冷静さを保つ。
「明日やろっか…」
「うん!」
ラインとダイナは二人で寝に入る。
ラインは自分で息子を更に元気にしようとしたが横にダイナが居るので思い留まる。
(バレてダイナに嫌われなくない!!)
欲望と理性がせめぎ合い、もがき苦しみながら理性が最後打ち勝った。




