エピソード24 私は君と一緒だ
王都に帰った翌日、王様に呼ばれた。エリオットは王様の前で膝をつく。
「エリオットよ、何故ライトフォクス討伐に向かわなかったのだ?」
今年で還暦を迎えたが長く白い髭を蓄えた王はまだ健在である。
「2番隊はハイセンに任せ、私と副隊長は別の任務があり、そちらに向かいました」
「わしはエリオットに直接行って欲しかったのだが、それは分かるか?」
王様は穏やかな声で言った。
「はい、十分承知してます」
「ではお主はわしの命令に背いた事になるが良いんだな?」
声色がさっきとは変わり、低いく唸るように話す。
「はい、私は私の判断で王の命令に背きました」
ザワザワザワ…
周りはエリオットの言葉にざわめき、驚く。前代未聞の発言である。
「貴様、今自分で何を口走っているのか、分かっておるか!!」
大臣の1人が叫んだ。一人が咎めると二人、三人と非難の声が続く。
「この判断は最善です!」
エリオットが自信を持って言うと更に周りの大臣は騒ぎ立てた。火に油を注いだ形となる。
「まぁ、まぁ、二番隊隊長に任命したのは私の責任だ、責めるならワシを責めよ」
王様が周りを宥めると大臣は黙った、この国に王様を責めれる人はいない。
「して、エリオットよ、ワシの命令に背いて行った依頼は何だ?」
エリオットは待ってましたとばかりに自信満々に語った。
「今回行った任務は鬼探しです」
「鬼探しか?」
王様はまさかの答えで拍子抜けする。
数秒経って(あぁ、そんな依頼もあったなぁ)と頭の中で思い出す。
「はい、南西に位置する小さな町で見つけました、鬼は町で悪さをするので私が懲らしめて今連れて帰ってきたところです」
「これ以上王の前でふざけるな!」
一人の大臣がまた騒ぎ立てるが、
「黙らんか、今ワシはエリオットに話をしておる!」
王様が逆に怒鳴り返して大臣を黙らす。
「今回の任務は、鬼自体がお主の本題なのだろう、話してみよ」
エリオットは話の分かる王を心から信頼していた。理由は実力主義だからである。
普通の考え方ならヒカイト人を隊長に任命などしない。しかし王様はエリオットの実力と実績を鑑みて二番隊隊長に任命した。
この判断がこの国の運命を変え、世界の理を変えていく事をまだ誰も知らない。
「はい、鬼と言ってもそれは人間が作った空想上の生き物で実際は鬼ではありませんでした、実際は人の子供です」
「子供なのか?」
「はい、多分リヒト人の子供でしょう、奴隷として売られそうな所を自分の力で切り抜け、生きる為に行商人を襲った、これらがこの依頼の顛末です」
「ほう、だがそれだけではこの話の本質が見えんな」
「ここからは私の願いです…王様どうか私に今回保護した子供を預けさせて下さい!」
エリオットは地面に額を押し付け土下座をした。
大臣がまた騒ぎ立てようとするが王がちらっと大臣に顔を向ける。(喋るな、黙れ)と目で威嚇している。
「ムググッ…」
大臣は苦味噛み潰す思いで黙った。
大臣からしたら新進気鋭で突如として現れた若造が何故か王様に気に入られているのが歯痒い。既に王様の右腕の様な働きをしている。
本来なら大臣がそのポジションに就くはずだった。
「はぁ~、ワシにはクライフ学校で学科首席トップだったエリオットの考えが全く分からん」
「はい」
エリオットは土下座を続ける。
「しかし、エリオットが示してきた今までの働き、忠誠心は認めよう、今回の件は許す、後始末は頼んだぞ!」
力強い言葉をエリオットに託した。エリオットは、その言葉を聞き王様が居なくなった後もずっと土下座し続けた。
「お、やっと戻ってきたか、遅かったな」
二番隊事務室に帰ってきたエリオットにマテオが声を掛ける。
「なんとか処刑されずに済んだよ、ハハハハ」
「王様の命令に背いた罪で処刑されるじゃないかって、皆心配してたんですよ」
「それはすまない事したね、新人君」
「いや新人じゃなくてもう3年目です、そしていい加減名前覚えて下さい、ハイセンですよ、ハイセン・レイド!全然覚えないですね、もう…」
「私からしたらまだ新人だね」
それを聞いたハイセンはため息をついて拗ねた。
「バーバラは来てる?」
「ずる休みだろ、多分酒でも飲んでるよ」
マテオが答える。
「ふーんまぁ、それは後でいいか、それで鬼の子は起きた?」
「起きてねぇな、そこで寝てるぞ」
小さい鬼の子はベッドで寝ていた。まだ目を覚ます気配はない。
「へぇー意外と美形じゃん、肌がバーバラより綺麗だ」
エリオットは鬼の子の前髪を掻き分けて顔を確認する。
(それバーバラの前で言うなよ)と皆が思った、本人以外。
「洗うの大変だったんだぜ、俺とハイセン二人だけでな!」
「さっき洗い終わったばっかりですよ、全身血だらけだし、土臭いし、何か腐ってる匂いするし、最悪ですよ」
「ハハハハ、ありがとうね…」
アデルは笑って誤魔化した。長めに土下座して良かったと心の底から思う。
「とりあえずこの子を家に持ち帰るよ」
「え、ええぇー!」
「俺は止めたんぜ、辞めとけって…」
「とりあえずそういう事だからこの子を家まで運ぶの手伝って、その後帰っていいから」
それから、ハイセン、マテオ、エリオットの三人で家まで運んだ。
鬼の子が目を覚ます。
「やっと起きたね」
エリオットは起きた鬼の子に手を差し伸ばした。鬼の子は飛び上がりベッドの足元にあった剣を持ってエリオットに向ける。
しかし最初会った時よりも怯え、怖がり、動揺していた。鬼の子は今の状況を飲み込めずにいる。
着たこともない綺麗な服で、入ったこともない綺麗な家で、座った事すらないベッドで熟睡していた。全部が初めてで、恐ろしく未知の世界だった。
「斬りたいなら斬ってくれ、君の気が済むまで…」
そう言ってエリオットは鬼の子に近づいて両手を広げる。当然、武器は持っていない。無防備だ。
「斬れよ、斬れないのか?」
「離れろ!」
鬼の子は叫ぶ。声からしてまだ幼い。瞳が怯えから困惑に変わる。
「私が怖い?私も君の事が怖い、互いに同じだね…」
エリオットはさらに近づき、鬼の子が向けている剣を素手で握った。
「離せ、キ、斬るぞ!」
「君に斬られるなら本望だね、でも出来れば受け入れて欲しい、どう、駄目?」
鬼の子を見ると昔を思い出し、背中の古傷がビリビリして痛む。
エリオットは今が勝負所だと思い剣を右手で握り抑えたまま、左手を腰に回して抱き着く。そして頬と頬を重ね合わせた。
「私は奴隷商に売ったりしない、私は君を傷つけたりしない、私は君を裏切ったりしない、私は君と一緒だ…」
エリオットは耳元で優しく呟くように話す。しかし鬼の子は警戒心が増して、剣を振ろうした。
ポタッ、ポタッ、ポタッ
剣は1ミリも動かなかった、動けなかった…エリオットが鬼の子より更に強い力で剣の刃を握りしめたから。
右手からは大量の血が流れるがエリオットは気にしない。そして鬼の子に微笑んだ。その姿を見た鬼の子は言いようのない感情が渦巻き、剣を落とした。
初めて自分の意思で剣を握るのを辞めた。
人を襲う時もクーを襲う時も、食料を奪い食べる時も、闇の中一人で寝る時も、初めて手に取った時から片時も離さず持っていた剣を落とす。
剣だけが信用できるモノだった。自分だけが裏切らない存在だった。
エリオットは血のついてない手で頭を撫で、次は両手でもう一度抱き締めて耳元で囁く。
「名前は?」
「アレス…」
「いい名前だね、これからよろしく」
アレスは初めて人の体温を感じ取った。
心臓の鼓動は未知の音を奏でた。温もりから眺める景色で瞳が滲んだ。新たな感情が鬼の子から人へと移り変わった。
アレスが住み始めて、1週間経った。少しずつ会話出来ているがまだ慣れていない。
「どう、美味しいだろ」
アレスがパンを食べている。最初、出来立てのパンを食べた時は、ボロボロ泣いて大変だった。アレスは美味しいという意思表示で大きく頷く。
「剣、握りたいか?」
最初以来、剣を隠していた。この家には二人で住んでいるので、寝てる時に襲われたら死が確定するからである。
「うん」
「分かった、なら今日は一緒に着いてきて」
二番隊事務室。
「皆、おはよう」
毎朝、一応挨拶するが皆返したり返さなかったりする。彼の人望が厚いのか、薄いのか分からない。しかし今日は違った。
「おい、まさか連れてきたのか?」
「いつまでも家で一人は可哀想だからさ、名前はアレス、覚えてあげて」
「アレス君、よろしくね〜」
ハイセンが早速話し掛けた。誰にでもすぐにコミュニケーションを取ろうとするのは、彼の長所である。
アレスは朝にエリオットから習ったお辞儀をする。
「おおぉぉぉ」
見違えるような変わりようでマテオから感嘆の声があがる。
「もう手懐けやがって、やるなぁー」
「手懐けた訳じゃない、仲間さ」
「はーんなるほどね…ん、仲間だぁ??」
「そう、今日から二番隊に配属させるからよろしく」
「おいおい待て待て、まさかそれが狙いかよ」
マテオは呆れた。まだ10歳になったばかりの子供を隊に入れるのは史上初である。
「新人君良かったね、新しい後輩が出来たよ」
「えーっと…それよりいきなり入隊させて大丈夫なんですか?」
ハイセンは、驚きすぎていつものツッコミがない。
「まぁ、新人君より強いかもね」
「嘘ですよね、この子まだ子供ですよ」
「ハイセンだと怪しいかもなぁ〜負けない様に頑張れ」
マテオが加えて話す。
「そ、そんなぁ…」
ハイセンはわかりやすく肩を落とした。ハイセンはある程度何でも出来るが特別何かある訳ではない、器用貧乏である。
今日は、バーバラに用があった。バーバラは基本的に事務室か、訓練場に居ることが多い。
訓練場に行くと背の高い女性が剣を振っていた。彼女の生き方は酒を飲むか、剣を振るか、その2択に絞られる。
「そいつが例の鬼かい」
「鬼じゃない、アレスさ、君に似て美形だろ、ほら鼻の形とか君にそっくりだ」
エリオットはアレスの鼻を指でさし示す。
「分かりやすいお世辞どうも、でも帰りは後ろを気おつけな、誰かに襲われるかも知れないからね」
バーバラは男勝りなので美形とは言えない、皮肉なのがすぐバレた。バーバラがエリオットを睨んでいるとアレスが丁寧にお辞儀をする。
「バーバラ、アレスと1回手合わせ出来るか?」
「エリオット、また冗談かい?怪我させちまうよ」
「同じリヒト人だろ、力を推し量るには適してる」
「本気で言ってるのかい?この子まだ子供だろ?」
バーバラは笑い話にしようとしていたが、エリオットは真剣な顔していた。こうゆう時の顔は怖い。
「はい、はい、分かったよ、やればいいんだね、アタイが怪我させても知らないよ、手加減は出来ないからね」
それを聞いたエリオットはアレスに剣を渡した。
「いいの?」
いきなり剣を渡され動揺するが同時に嬉しそうな顔する。アレスはこれから剣の道で生きていく事が確定している。今、それを実証する。
「アレス、あのおばさん倒せるかい?」
「おい、さっきのお世辞はどこいった!」
エリオットの言葉にバーバラは反応し、アレスは黙って頷いた。剣の立ち会いは言葉より多くを物語る。




