エピソード22 番外編 ハルト・マーチ視点
はぁ~ソワソワする。
ハルトは家の中をウロウロしていた。
こんなにも時間が長く感じるのはライナに告白した以来だ。
あの時ライナは酒場で働いていた。一目惚れだった。
酒は得意じゃなかったが仕事の帰り毎週通っていた。
もしかしたら毎日だったかも知れない。
とにかく彼女の姿を見たくて酒を飲みながら目で追いかけていた。
それから段々顔覚えて貰える様になってとうとうライナから話掛けてくれた。
今思うと情けない話である。
「好きな食べ物は何ですか?」という子供でもあまり聞かないようなベタな質問に対しても笑い、そこから話を広げてくれた。
あの笑顔は一生忘れる事はないだろう。それから私は対して面白い話を出来た訳ではないがあの手、この手を使って何とかデートまで漕ぎ着けた。
最初のデートはもちろん失敗した。
学生時代は剣術と勉強、大人になってからは仕事ばかりの人生だったので女性の経験がなかった。
デートも無計画で優柔不断、ライナの優しさと気遣いである程度形にはなったが自分自身は酷かった。
次は無いなと思ったが、ライナが「次、いつ会えますか?」と聞かれた時はびっくりした。
人生で最高の瞬間だった。
そこからはデートを順調に重ねて結婚した。
親には反対されたが正直そんなものはどうでもよかった。
ヒカイト人だろうと何だろうとライナが良かったしライナでなければ結婚する意味がなかった。
それぐらい愛していたし私にとって大切な存在になっていた。
そして今日、私の子供が生まれる予定だ。
昼になるとライナが急激に痛みを訴えてククルさんに見せると陣痛が始まったと言われた。
焦る、焦る
私が焦って何か変わる訳ではない。
しかし焦る。
もし仮に子供が流産したら?
私も悲しむがライナはもっと悲しむだろう。
もし仮に子供は無事生まれてもライナが死んだら?
そんなのもう駄目だ、何も考えることは出来ない。
根拠は無いが嫌な未来が見える。
とにかく無事に居て欲しい。
居ても立ってもいられずライナの周りをうろつく。待合室で待つ子供の様に忙しない。
私がライナのベッドの周りをぐるぐる回っているとあの温厚なククルさんがキレた。
(旦那様、邪魔するなら出ていって下さい)と。
部屋から追い出され廊下に立つ。
自分が頼り無くて情けない。
ククルさんやライナからしたら忙しくて目障りだったのだろう。
出来れば出産に立ち会いたかったがライナとククルさんが言うならしょうがない、我慢せねば。
あ〜でも気になる、とにかく無事に生まれて欲しい、頑張ってる妻の側にいたい、手を握って励ましたい。
いやもう無理だ、ククルさんに言って一緒に居させてもらおう。
そもそも出産の時は旦那が居るべきだ!
それが良い、絶対それが良いに決まってる!
そう思いハルトは部屋のドアノブを掴んだ。
アレ、可笑しいな、全然開かない、何故?もしや鍵か!鍵を掛けられたのか!嘘だろ、そんなに目障りで鬱陶しいのか!
ハハハハハ、分かったよライナ、大人しく待つとするさ。
ライナから初めて拒絶された気がした。
付き合ってからは何をするにしてもずっと一緒だった気がする。
結構悲しい…
黙っていると嫌な事ばかり考えるので気を紛らわすために剣を振る。
剣術は学校で習った。
強くも無いし弱くもない。普通だった。
頭は良かったので冒険者ギルドで働き出世して今の現状がある。
剣を振る時だけは余計な事を考えずに済んだ。
何秒、何分、何時間、振ったのだろう。
額が汗でいっぱいになり、腕に力が入らなくなってきた。息は切れ、足腰は張っていて言う事をきかない。それでも剣を振り続ける。剣を振るのを辞めれば不安が代わりに襲ってくる。それなら剣を振り続けるほうが100倍マシだ。
ククルさんが走って向かってくるのが見えた。
剣を振り我を忘れていたが一気に不安がやって来る。緊張の一瞬だった。
「旦那様、無事に生まれました!男の子です」
「本当か!」
「本当ですよ、というか、なんで汗でビショビショ何ですか?早く服を着替えて来てください」
私の人生最高の瞬間が更新された。
汗で染み込んだ服を脱ぎ捨て着替えながらライナの元へ向かった。
部屋に入るとそこには天使がいた。
ライナに抱かれている天使は小さくも生命の強さを感じる。息を吸って息を吐く。それだけで神秘的で美しく心を奪われた。
ライナに言われ天使を抱く。
抱いて見ると手に伝わる温もりが心地良くて愛おしかった。今日私は天使に出会った。
天使にラインハルトという名前を付けた。
赤子にしてはびっくりするほど大人しくお利口。
余りにも泣かないので心配したが、ラインは私の心配を他所にすくすく育った。
結婚し子供も生まれた事でより一層身が引き締まる。稼がなければ。ギルドマスターとして働き、大金を稼いでルーラ教会に税金を納める。
妻には黄色のバッチを付けて欲しくない。
黄色のバッチを付けてしまえば店などで順番を後回しにされたり値段を不当に上げる店もある。
そしてなにより食堂に行けば黄色のバッチをつけた人とそうでない人で区分けされる。
それだけは絶対に避けなければ!私と結婚した意味がなくなる。
私がマハト人として生まれた意味も、大金を稼ぐ意味も、全てはライナのため。
ライナをヒカイト人ではなく、一般市民として生きてもらうのが私が夫として出来る最大限の事。
私がライナと出会ったのはヒカイト人という人種から救い出す為だ!
そう思い私は仕事に明け暮れた。
仕事ばかりしていると弊害が生まれた。
それはラインとの絡みが少ない事である。普通に会話はするし一緒にご飯を食べるし、偶には家族で街に出掛ける。しかし二人で何かする事はない。必ずライナが間にいる。
別に、ライナが居るのが悪い訳ではないがたまには二人で何かしたい。寂しい、お父さん寂しいよ!
普通だったら遊んであげるのが一番なんだろうがラインは既にそのフェーズが終わった。いや無かったに近い。
ラインは異常なまでに成長が早く、考え方が大人びている。もう少し子供でも良いんだけどな。
なんかもう遠くに行った気がしてならない…もう少し近くに居て欲しい。
最近では魔法に興味を持ち始めライナと二人で練習している。
魔法の扱いもセンスがあった。何でも器用にこなす。
そしてククルおばさんによると頭も凄く良いらしい。本人の前では言わないが天才だと言っていた。
嬉しい反面、複雑だ。
もちろん嬉しいし、喜ばしい事でもっと頑張って欲しいが、魔法も勉強も何一つ関われていない。
食卓でもほぼ魔法と勉強の話をしている。
私は全然話について行けてない。
私だけいつも一人だ、この家に居場所はあるのか?
同僚に相談したら娼婦に行けと言われた。
バカを言わないで欲しい。
もし行ってライナにバレたらそれこそ家族崩壊の危機だ、絶対に行く事はない。
だが少し想像する。ラインが大人になって私がおじさんになった時、一緒に夜の街に出掛けることを…
それは悪くないのかも知れない、うん、逆に良いな。私はこれを目標にして生きよう!
私の不純な夢が出来た。
嫉妬する。
今までにない感情だった。
しょうがないと思うがライナとククルさんに、ラインを独り占めされているみたいで嫉妬する!
私の可愛い天使が奪われた気がしてならない!
もっとお父さんを頼って欲しい!
醜い感情が沼のように心の底に沈む。
そこで私は勝負に出る事にした。一世一代の大勝負である。
私が教えられる事と言ったら剣術だけ!
強くは無いが最初の基礎は教えられる。そこの最初の基礎だけでも私が教えたい!後は他の人に任せても良いが最初の基礎だけは譲れない。
ラインが成長した時の思い出が欲しい、一生記憶に残る思い出が!酒飲み交わす時の思い出が!
今死んでも悔いが残らないほどの大切な思い出が!
そのために剣術に見せびらかすように剣を振る。
興味を持って欲しい。何ヶ月経っても何年経っても良い。興味を持ってもらえるなら何度でも振るさ!
何ヶ月間か経って気づいた。
普通に声掛ければ良いと。
そもそもラインはずっと魔法に夢中で、多分剣術には全く興味がないと思う。
だったら半ば無理やりでも興味を持ってもらうしかない。
ライン、すまないがお父さんとしての尊厳の為、私の思い出の為に少し犠牲なってもらうぞ!
作戦としてはラインが魔法に躓いてるタイミングで声を掛けることである。
上手くいっている時に話し掛けてもラインは聞いてくれない、上手い具合に無視する、そんなのは駄目だ、絶対に剣術の方が魅力的に見せなければ!
失敗は許されない。
もし失敗する事があったらお父さんは生きていけないよ、頼むよライン、興味持って下さい。
作戦は成功した。
澄ました顔をしているが内心は死ぬほど嬉しい。
ジャンプして庭を駆け回りたいくらいだがラインが見ているので抑える。1人なら危なかったな。
私が剣術の型を見せると心なしか、目が輝いて見える。
どうだ?凄い?カッコいい?カッコいいだろう!
これでお父さんとしての尊厳はうなぎ上りだ!
ラインに見られると私のキレが違った。
次はラインの剣術を見る。
ラインが剣を握るだけで愛おしいくて可愛い、まるで天使である。剣を持つ天使は見たことないけど…正直剣を握ってくれるだけで100点である。文句の付けようがない。
しかしそれだとラインの為にならないので眉間に皺を寄せて指摘、アドバイスをする。嫌いにならない程度に。
それから一ヶ月ラインの事を見て偉いと思った。それは出来が良いからではない。練習熱心な所である。
最初は上手くいかなくても毎日のように練習を重ねて修正する。これは簡単のようで一番難しい。剣術にハマり熱中して努力する。
コレだけでも偉いのにラインは修正がとても上手だ。自分の体を一番理解しており、自分の体がどう動いているか俯瞰して見えているのだろう。
結局私が教える事はあまりなかった。
でもそれでいいさ。ラインと一緒に剣を振り、汗を流し、ラインの成長を横で感じる。
この1年間はとても幸せだった。ありがとう、ライン。
私は最初の基礎を教えたので本格的な事はローザに任せようと思う。
ローザはよく冒険者ギルドに来る冒険者で高いお金で雇うことにした。
見た感じ快活でラインに良い影響を与えそうである。元の稼ぎの約3倍にする事でローザには家庭教師兼家の兵士として働いてもらう事になった。
なによりクリスタル学校の剣士育成科上がりなので家庭教師として優秀になるのだろう。魔法も剣術も頑張って欲しい。
後はラインがヒカイト人でなければ万々歳だ…
ラインの、成長に陰りが見える。
明らかに力が弱い。力自体の成長が遅い。まぁ魔法の扱いが上手い時点でマハト人ではない事は薄々予想ついていた。マハト人は他の人種に比べて魔法が得意ではないからである。
しかし私が認めたくないため、目を逸らしてきた事実が目の前に迫る。ローザの話だとほぼヒカイト人でほぼ確定らしい。
ライナはそれを聞いた時、ものすごく泣いて私に詫びた。しまいには側室を取って欲しいと言れた。ヒカイト人ではない人と子供をつくって欲しいと…
ありえない、それだけは絶対あり得ない!確かに身分の高い人は側室を取る事が多い。しかし他所は他所、うちはうちである。私はライナだけで充分だし、ラインの事も考えると側室を取るという選択肢はない。
もし取る事があったら私の天使が落ち込むのが容易に想像できる。私はライナの提案を断り優しく抱き寄せた。ライナは少し安心した顔する。
ライナにはこれで良い、だが。
迷う、ラインにはどうやってこの非情な現実を伝えればいいのだろう。ラインは受け止めてくれるだろうか?
最近、ラインは冒険者に興味を持っている。でもラインには無理だ、命を落とす可能性が高い。ラインが私より早く死ぬなどありえない、絶対に!どうにかして止めなくては。
そうだ!9歳になったら少年期剣士大会に出そう、少年期剣士大会に出ればラインは他の子供達との差を感じ、冒険者を諦めてくれるだろう。
大丈夫、ラインは物分りがいい子だ、分かってくれるはずさ、多分…
本当か?逆に傷つかないか?もう1人の私が問いかける。分からない。
でも結局私にはこの方法しか思いつかなかった。
完全に失敗した。
嫌いと言われたのは別にいい、言われて当然だ。
それだけの事をしたと思っている。
しかしラインに対して辛い現実を一番最悪な形で伝えてしまった。
私としては1回戦辺りでやんわり負ける予定だった。
しかしラインが練習を頑張ったおかげで才能よりも努力が勝った。とても凄いと思った。誇らしかった。でも何処か複雑で…
そしてそれが裏目に出た。
勝てば勝つほどより悔しさが増して現実を伝えた時の落差がラインをより苦しませた。
ラインが歯を食いしばって練習して来た努力がより絶望へ導いてしまった。
私の完全な判断ミスだ。
まだ10歳の子供にこの気づかせ方は非情すぎた。
もしかしたらもっと早い段階で伝えるべきだった。そうすれば傷が浅い内に…剣士大会にも出さずに諦めさせれたかも知れない。
ラインには申し訳ない事をしてしまった。
ラインは本当に賢く優しい子だと思う。
最初の1週間は辛そうにしていたが今は立ち直った様に見える。いや見せているに近い。
特に母の前では、無理して笑っている様に感じる。心の優しい出来た息子で頭が上がらない。
本当に駄目なお父さんでごめんな、そしてありがとう、ラインを男として誇りに思う、本当に強い子だ。
入学式は思わず泣いてしまった。
感慨深いものがある。もちろんラインの前では泣いていない。
目頭が熱くなったので急いでトイレに行き顔を洗った。トイレから戻ってきたらライナに笑われたので気づかれただろう、最悪ラインにさえバレなければそれでいい。
父としての威厳がある…もうないかも知れないが涙は見せたくない。
父としてのちっぽけなプライドがある。
学校でしっかり学びゆくゆくは私の仕事を引き継いで欲しい。
この国では金がモノをいう。
ヒカイト人である以上を差別は避けられない。しかししっかりとした仕事、収入さえ稼ぐ事が出来ればその差別も小さくなるだろう。まずは6年間、辛い事もあるだろうが頑張ってくれる事を心から願う。
学校に通い始めて1年、明らかにラインの様子が可笑しい。気丈に振る舞っているが食欲もなく、ぼーっと考え事をしてる事が多い。学校の事を聞いても曖昧な答えが並ぶ。
大丈夫と言っているが顔は、大丈夫そうには見えない。絶対に無理してるな、コレ。
私は気づいた。ラインは嘘をつく時口を触る癖がある。学校の事を聞くと毎回口の周りを触り始める。私にもライナにも言えない事があるのだろう。
ラインのその姿を見ると胸が痛い。またしても私は判断を間違えていた。予想だがお金の事を気にして無理に学校に行っていたのだろう。
私の取る行動は二つ。
学校を辞めさせるか、転校させるか。
正直学校には将来の事も考えて行って欲しい。
行かせるならヒカイト人が多く住むグラオザームの学校がベストだろう。
通うなら寮生活なので当然、家から離れる事になる。正直、ラインには行ってほしくない。
ずっと家に居て欲しい。でも心を鬼にしてラインを突き放す。ラインが大人になった時学校に行っていたという実績が財産になる。
その前にまずは相談するか!
ラインと直接話をしたいし、その上でライナとも相談してローザの意見も仰いで家族皆で決めよう! そう思い、家に帰る。
「なんだ?ラインはまだ帰ってきてないのか?」
玄関にはローザとライナが居た。
「そうなのよ、もう辺りは暗いのに探しに行ったほうがいいかしら?」
「どうだろうな…よし分かった、私が探してこよう、ローザとライナは待っててくれ」
「分かりました、家は任して下さい、多分ラインの奴、友達と遊んでますよ」
ローザは楽観的なので非常時はライナの側に居て欲しい。
「頼んだ」
コンコン
「すみませーん、ルーラ教会の者何ですけど、すみませーん」
ドアの向こうで人影が見えた。
ルーラ教会?何で今?ラインと何か関係が?
一瞬違和感があったがドアを開ける。
グサッ
開けた瞬間、腹に激痛が走った、熱い。
「ルーラ教会の者なんですけど、ライン君って居ますか?」
ニタニタと気味が悪い顔が目の前に迫っていた。私の人生最後の戦いが始まった。




