94 言葉で言って聞くようなら苦労はない
存在位階は、それだけで強さの上下を決めるものではない。
だが、それでも一定の指標にはなるし、差が20も30もあれば、大抵の場合は高いほうが勝つというものである。
「まぁいい。食糧が自ら我の前にやってきたのだからな。しかし、我は程度の低いヴァンパイアどもとは違い、上質な血液しか口にせん。我の舌に適う者がいればの話だが……」
少しだけ邪神に聞いたところによれば、生命の源である血液には、その者の魂の力がわずかにだが溶け込んでいて、ヴァンパイアや吸血鬼はそれを取り込むことで存在位階を上げることもできるそうだ。
といっても、生物を殺すことに比べれば微々たるもので、一つ位階を上げるのに相当量の摂取が必要なのだが、塵も積もれば山となる。
そしてやはり、魂の力が強い者――存在位階の高い者の、すなわち上質な血液ほど効率は上がる。呪印も無制限に付与できるわけではないらしく、ゆえに対象を厳選するのだ。
まぁ、この吸血鬼は、真に味をこそ決め手にしているようだが。
「ふむ、いるではないか」
血色の双眸がシグマへと向いた。
「貴様は一度、我が城へ来たな。あのときは仕方なく見送ったが、ちょうどよかった。今度こそ我が糧となってもらうぞ」
見送った理由はわからないが、シグマパーティではギンが一番、存在位階が高いため、真っ先に狙われたのだ。
そしてヴィレムパーティでは、エリーの位階がもっとも高い。
「へぇ。俺のこと覚えてたのか、そりゃあ嬉しいねぇ」
皮肉げに言うシグマから視線を外すと、今度は私のほうを見る。
「下等な人間にしては、珍しく上質な匂いがするな。貴様の血は一等美味そうだ」
種族としての能力かは知らないが、少なくともこの吸血鬼は、血の匂いで存在位階を測れるらしい。というより、微妙な香りの違いも嗅ぎ分けられる、といったほうがいいのか。
だから、パーティ内で、存在位階にさしたる差のないギンとエリーを的確に狙い撃ちすることができたのだ。
「一度に飲み切ってしまうのは惜しいな。貴様は、呪印を施したあとで我が飼ってやろう。光栄に思うがいい」
「呪印ってことは、あんたが、ここに来た冒険者たちに『血捧げ』の呪いをつけた吸血鬼なんだね」
「あぁ、そうだが?」
それが何か? と言いたげに首をかしげる吸血鬼。
直後、背後から猛烈な怒気が膨れ上がるのを感じた。
「っ、おまえがぁっ、お姉ちゃんをぉっ……!! いますぐお姉ちゃんにつけた呪印を消しなさいよ、化け物っ!!」
ミリーだ。ダンッと足を鳴らし前に出て、憤怒もあらわに吼える。
だがそれに、吸血鬼は白けたような面持ちになると、緩慢に腕を組んで、いかにも大儀そうに口を開いた。
「なぜ、消さねばならない? なぜ、そのように怒る? 貴様らも家畜を食らうだろう? 我にとっては貴様らこそが家畜だ。下等な猿どもは、みな等しく我の食料以外の何ものでもない。何が違う?」
「おまえら魔物とあたしたちを一緒にするなっ!!」
「やめろ、ミリーっ」
逆上しいまにも突っ込んでいきそうなミリーの肩を、ヴィレムが掴んで止めた。
「言っても無駄だ。奴の言うことにも耳を貸すな。そもそもの価値観が違いすぎるんだ、言葉なんて意味ねぇよ。心を乱せば、それこそエリーを救えなくなるぞ」
「っ…………ごめん」
ぎゅっと唇を噛み、ミリーは怒りを鎮める。けれども、止めたヴィレムの表情も険しい。
彼も気持ちは同じなのだ。だが、彼自身が言ったとおり。言葉で言って聞くようなら苦労はない。
知性はあれど魔物。性質は同じでも、竜のシカたちとは違う。彼女たちは契約のうえで人と共存もできる理性があるが、この吸血鬼にはそれがない。戦って倒すしかないのだ。
存在位階にはかなりの開きがあるものの、こちらは七人。
魔眼を持たない私には正確なところはわからないが、感覚から言って、吸血鬼の強さはスロウス・アーマファオルよりは下だ。
そこまで差があるわけではないが、だとしても、そんなに位階差のある相手に、しかも権能こみでよく勝てたなと、いまさらながら思う。
まぁ、あの戦いは大概ひどかったしな。
死んでいてもおかしくなかったし。
それに、存在位階が高ければ高いほど有利で、20も30も差があれば高いほうが大抵は勝つとは言ったし、それも間違いではないものの、位階の高さが強さのすべてでもない。
技量や経験、戦術なんかもそうだし、反射や洞察力、直感力、あとは保有する能力に魔力闘気の出力、武装やアイテムなどなど……あぁ、それと相性か。それらをすべて加味しての戦闘力だから、位階だけでは測れない。
私の場合、能力的にはスロウス・アーマファオルに完全に負けていた。
それでも勝てたのは、異世界人たる私だからこそできる魔素での知覚と、膨大な戦闘経験に基づく観察予測のたまものだ。
吸血鬼が実際にどれほど強いのか、そしてみんなが実際にどれほど戦えるのかはわからないけど、私には虎の子の権能もあるし、いまの時点で勝機がまったくないとは断言できない。
というか、絶対に勝たなければいけない。
「ふん、ぎゃあぎゃあと喚いて煩わしい雑魚どもだ。貴様らの血など飲む気にもならん。目障りだ――消えろ」
直後、吸血鬼の足元の影が広がり、十個の盛り上がりができる。
それらは狼らしき姿をかたどると、一斉に襲いかかってきた。
ただし、私とシグマは素通りだ。吸血鬼のお眼鏡にかなったらしい私たちは、どうやら本人が直接、相手にするらしい。
猛然と襲いくる十体の影狼を、ヴィレムらは、ミルミトを加えた即席のパーティにて迎え撃つ。




