89 シンプルかつ切実な理由
「こっちの準備はとっくに済んでる。トアさえよければ、明日にでも討伐に向かいたいんだが、どうだ?」
「いいよ、それで」
一応、ポーションは用意しておきたいところだけど、それはこのあとの時間で準備できる。それ以外には特に必要ないし、私としても早いほうがいい。
「んじゃあ、明日の朝七時に門に集合ってことで」
うっ……早い。
いや、たしかに早いほうがいいとは言ったけど、六時台起きかぁ……スロースコクーンに目覚まし機能がなければ、絶対に無理だったな。
「一応訊くが、おまえさん『メッセージ』の魔法は使えるか?」
「『メッセージ』の魔法? 何それ」
「知らない? まぁ、そこまでメジャーな魔法ってわけでもないしねー。こうやってね、宙に魔力で文字を書いて――」
ミルミトが使えるようで、実演して見せてくれるようだ。
彼の指先が、光のラインで文字を綴っていく。
ややあって『僕はミルミト』と書き上がった。
「書き終わったら、頭の中にその文字を送りたい相手の顔を思い浮かべて、飛ばすんだ」
指先をタクトのように軽く振るう。すると文字が細かな光の粒子と化し、私の目の前へと飛んできて、再び先の文章を作った。
「おー」
こんな魔法もあるんだなぁ。便利だし、いかにもファンタジーだ。
でも、残念ながら、私は使えないし、使えるようにもなれない。なにせ魔力がないので。
「それ、使える人ってけっこういるの?」
「ううん。そんなにはいないと思う。簡単そうに見えるかもだけど、意外と高度な魔法なんだよね。文字数が増えるほど難しくなっていくし。僕は便せん一枚分くらいの長文でもいけるよ」
ふふんと得意げに、平らな胸を張るミルミト。
容姿が容姿なので、たいへん微笑ましい。
「あらためて言うまでもないと思うけど、私は使えないよ」
「ま、近接職で使えるほうが珍しいしなぁ。俺も使えねぇし」
「使えないと何かまずい?」
「いんや。連絡手段を持ってんなら、それでいいと思って確認しただけだ。念のために、こいつをおまえさんに渡しとく」
そう言ってシグマに手渡されたのは、大玉サイズのビー玉みたいな水晶だった。
「これが連絡手段?」
「あぁ。ダンジョン産の〈通信オーブ〉だ。俺の持ってる対のオーブと通信ができる。少し魔力を込めるだけで使えるから、何かあれば連絡してくれ」
……いや、こっちも使えないんだけど。
まぁ、この世界で魔力がないのは異端だし、説明も面倒なので、とりあえず受け取っておく。明日までに連絡するようなことになんて、ならないだろうし。
そうしてシグマたちと別れ、その足でヴィレムたちのほうへ向かう。
場所は把握している。入口側の一番奥、隅の席だ。
「ごめん、遅くなって」
「いや、こっちこそ、忙しいのに無理言って悪かったな」
飲み物はと聞かれたが、シグマに奢ってもらったのが残っていて、それを持参しているから遠慮する。
席に座ると、一斉に頭を下げられた。
「礼が遅くなって、本当にすまないっ」
「えーっと、それは本当に気にしなくていいんだけど……何かあるの?」
こんなにも誠実な彼らが、苦しそうに謝罪しつつも礼をすることが叶わない、何かのっぴきならないような理由が。
「単純に、礼として渡せるもの、支払えるものが、いまはない」
あまりにもシンプルかつ切実な理由に、思わずポカンとしてしまった。
だがそれにもいろいろ事情があるらしく、最初から経緯を話してくれた。
発端は、もう一人のパーティメンバーで、ミリーの双子の姉であるエリーの、原因不明の衰弱だ。
魔法の治癒も解呪も効果はなく、どうにかして彼女を救う方法がないかと奔走する彼らは、とある古い文献で錫杖のことを知った。
そうして、実在するらしい伝説の錫杖〈慈癒の聖錫〉を入手すべく、彼らは記述されていた古代遺跡へと赴いたのだが、最下階まで行っても、件の錫杖は見つからなかった。
けれども、代わりに隠しダンジョンの存在を知り、どうにか挑戦権を獲得。そして攻略し、最奥まで行ったところで、ついに伝説の錫杖を発見したのだ。
しかし……それが偽物だったのか、そもそも情報自体がガセだったのか。錫杖はなんの効果も発揮することはなかった。
と、それが彼らのこれまでの経緯であり、その過程でパーティの共有資産も個人資産もほぼ投入している。借金もあるらしい。
方法を探しているときには、なりふりかまわずで詐欺の被害にもあっているそうだ。そっちは力尽くで取り戻したそうだが。
けれども、彼らはBランクも上位のパーティ。相応の実力がある。その気になれば金の用意はそこまで難しくはない。
いま、エリーはまた別の方法を探している。そしてヴィレムたちが、私への礼をするため必死に魔物を狩ったりして稼いでいるところ、という話だった。




