88 難儀な奴ダ
「とまぁそれはいいとして。シグマにはね、相手の強さが〝視える〟んだ。それも正確に」
「俺ぁ魔人との混血でなぁ。この眼は『能視』の魔眼なんだよ」
シグマの赤い瞳に、淡い光を帯びた紋様が浮かび上がる。
おぉ、なんか格好いい。
にしても、魔人か。
また新しいファンタジー種族が出てきたな。
『へェ、魔人とハ。珍しいナ』
と訳知り顔な邪神いわく、魔人は人類種における上位の種族らしい。
あらゆるスペックが高いうえに、もう一つの魔力タンクであり固有能力を宿した角と、相手の強さを視ることのできる魔眼を持つという。
なんだそのチート種族。上位種族っていうか、もうちょっとした存在兵器じゃない?
しかし、もとより強力な種族ゆえか、繫殖能力が低いために増えにくく、数は少ないのだという話だった。
ハーフのシグマは、魔人の特性のうち魔眼だけを持って生まれたようだ。
相手の強さを視る――すなわち、相手の存在位階を視ることができる。
「あー、そういうことか」
いろいろと納得した。ギルマスが意味深な感じで言ってたのは、シグマと彼の持つ魔眼のことだったのだ。
ちなみに、存在位階だけでなく、各能力も数値化されて視えるらしい。
つまりは、いわゆるステータス鑑定のようなものだ。
「いやぁ、最初に視たときは、俺も眼を疑っちまったよ」
そう言ったシグマが、ふいに真面目な雰囲気になる。
「おまえさん、これまで相当、無茶な修羅場くぐってきただろ」
鋭くも静かな眼差しが、まっすぐに私を見据えていた。
その感心するような、呆れたような、されど咎めるような、なんとも言えない感情を宿した瞳を見返して、私は軽く肩をすくめる。
「まぁ、それなりには」
「それなり、なんてレベルじゃあねぇと思うがなぁ」
存在位階というのは、人であれば、主に魔物を倒さなければ上がらない。
そして位階が高くなるほど、同格の相手ではおそろしく数が必要になってくる。
つまりは、より強い者を倒してこそ、位階は上がっていくものなのだ。
私の存在位階が視えるなら、彼はすべてを察したのだろう。
「とりあえず、私を戦力に選んだ理由はよくわかったよ」
「協力、してくれるか? もちろん相応の報酬は支払う」
悠然としているシグマだが、こちらをまっすぐと見る瞳の奥には、必死さと切実さが見て取れる。
心から仲間を案じ、絶対に、それこそ死んでも助けるという強い意志が、燃える炎のように宿っていた。
そんな彼の眼差しを受けながら、私は胸中でそっと息を吐く。
どうしてこうも、次から次へとトラブルが舞い込んでくるのだろうか。もはや何かの呪いなんじゃないかとすら思うレベルだ。
いや、まぁ。今回のことに関しては、断れば済む話ではある。
けれど……事が人命にかかわると知ってしまったら、こんな目を見せられてしまったら、やっぱり私は、それでもノーとは言えないのだ。
『ノーと言ウくらい、簡単ダロウに。オマエが至上とスルのは、怠惰で自堕落な暮らシなのダロウ?』
(そりゃ、そういう人間だったらよかったのにって思うよ。罪悪感を持つこともなく断ることができる性格だったらって。でも、そうじゃないから。本当に残念なことにね。私の愛する至上のぐーたら生活には、罪悪感や後悔なんて不純物は混ぜたら駄目なんだよ)
『難儀な奴ダ』
ほっとけ。仕方ないんだ。こういうのは、変えようと思って変えられるものでもない。生来のものだから、どうしようもないんだ。
「いいよ。事情が事情だし、協力する。ただ、私がいて絶対に勝てるって保証はできないし、仮に駄目だったとしても報酬はきっちりもらう。それでもいいなら」
「あぁ、もちろんだ。ありがとうな」
「ありがとね、トア。君が一緒なら百人力だ」
吸血鬼が、スロウス・アーマファオルや悪魔より強くないことを願うよ。
◇
その吸血鬼は、ロウデンの町から少し行ったところにある古城にいる――だろうとのことだ。
その古城には、いまは誰も住んではいない。だが、それをいいことに周囲の魔物たちが入り込み、住み着いた。そして現在では、その魔物たちを狙う、中堅冒険者たちのいい狩場となっているそうだ。
「ダンジョンになってるわけじゃあねぇんだが、外から入ってくる魔物以外にも、中でよく湧出が起こってるようでなぁ。狩り尽くしても、またすぐに魔物だらけになんだ」
「魔物の強さも、だいたい同じくらいだしね。そのランク帯の冒険者にはいい稼ぎになるんだよ。けど――」
そこへ、ランク帯を大きく外れた、かなり格上の魔物が居着いてしまった。
そのせいで、これまで古城を狩場としていた冒険者たちが入れなくなり、伴ってその分の素材売却がなくなり、結果としてギルド側の利益も減ってしまった。
「そこで稼いでた冒険者たちもギルドも、それが居着いたままじゃ困るっつうわけで、ギルマスから依頼されて、俺らがその魔物の討伐に向かったんだ。まぁまぁ強敵だったな。ちと物足りなかったが」
「そう思ってるのは君だけだよ。ほんとバトルジャンキーはこれだから」
処置なしとばかりに首を振るミルミト。
そうか、シグマはバトルジャンキーなのか。
まぁ、なんとなくそんな気はしていたけど。
ともかく、彼らはその魔物をなんなく討伐し、依頼は完遂した。
しかし、町へ戻ったその翌日から、ギンの衰弱が始まったのだ。
「呪印を刻むには、対象との接触が必要不可欠だ。となれば、その古城でつけられたと考えるのが自然だろう」
「そのときに古城の中はひととおり探索してて、吸血鬼の姿は見なかった。けど、絶対にそこにいる」
吸血鬼は、向こうの伝承と同じく日光に弱い。ヴァンパイアと違って苦手な程度ではあるが、拠点は必ず持っているはず。それが件の古城であり、城内のどこかに隠れ潜んでいるのだろうと。




