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異世界ぐーたら無双  作者: 空木るが
6章 血捧げの呪印
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81 絶望からの再起

 

 ――時は少しばかり遡る。


 恩人への礼はおろか、あいさつもそこそこに、慌ただしく獣人の集落をあとにしたヴィレムたち冒険者パーティは、強行軍にて町を目指していた。


 とはいえ、遺跡探索に隠しダンジョン攻略にと短期間で蓄積された疲労は無視できず、また、あの巨大スライムの出現で一度は散った魔物たちも戻ってきていて、それを倒しつつ休息を取りながらでは、やはり足も鈍る。


 そうして彼らが森を抜けたのは、三日後のことだった。


「……だいぶ時間、食っちまったな」

「えぇ。……急ぎましょう」


 足がないことももどかしく思いつつ、彼らはひたすら町へ向かって走る。疲労した体に鞭打って、気力体力を絞り尽くす勢いで駆け続けた。


 ようやく門をくぐったヴィレムたちだが、彼らの足は止まらない。そのまま通りを走り抜け、脇道へと入り、迷うことなく足を進めていく。


 彼らが足を止めたのは、一つの建物の前だった。

 看板には『ビスケータ治療院』と書かれている。


 勝手知ったるとばかりに、建物の中へ入っていくヴィレムたち。入院棟へと踏み入り、目的の部屋の前に立った。


 ノックをしてから扉を開ける。

 ちょうど看護師がいた。


「エイシー。エリーの様子は」


 看護師エイシーは、手を止めて彼らと向き合うと、病室に設えられたベッドの上に横になっている少女、エリーを憂いの眼差しで見やりながら言った。


「変わりないわ。良くも、悪くもね」

「そうか……」


 ヴィレムたちのもう一人の仲間である、ミリーの双子の姉エリーは、しばらく前からずっと寝たきりだ。


 医者にもわからず、調べたかぎりでは該当する呪いのたぐいもない、そんな原因不明の衰弱が続いていて、立ち上がることすらままならない状態であった。


 そんな彼女の、病気だか呪いだかもわからない状態を治すために、ヴィレムたちは今回の遺跡探索、そして隠しダンジョンの攻略に臨み、どんな病気も毒も呪いも癒すという伝説の錫杖〈慈癒の聖錫〉を手に入れるにいたったのだ。


「というか、あなたたち、大丈夫? かなりの疲労が見えるわ」

「エイシー聞いて! ついに手に入れたの! これでお姉ちゃんを治せるわ!」


 興奮ぎみに前のめりになってミリーが言う。


 目をぱちくりさせるエイシーは、一拍遅れてその言葉の意味を飲み込むや、ぱっと満面の笑みを咲かせた。


「そう! よかったわね!」

「うん!」


 錫杖を抱きしめ、ミリーはベッドに横たわる姉の枕元に立つ。


 衰弱して動けないとはいえ、食事はそれなりに摂れているので、その姿に目立った変化はない。

 しかし、よく見れば前よりはいくぶん痩せたし、髪や肌の色艶だって悪くなっている。目の下にはうっすらとくまが浮かんでいた。


 いまは深く眠っているようで、寝息は規則正しいものだ。

 それに安堵しつつも、やつれてしまった姉の姿に心が痛む。


「すぐによくなるからね、お姉ちゃん」


 両手でぎゅっと握った錫杖を構える。


 こういった魔法的効果をもたらすアイテムは、使用者の魔力をこめれば起動するものだ。

 ミリーも魔法の矢を使う魔弓士。魔力の扱いには長けている。


 ミリーは己の魔力を丁寧に、慎重に錫杖へと流し込んでいく。


「――あれ?」


 だが、いくら流しても、錫杖はうんともすんとも言わない。効果の発動は確認できない。


 セルカを見やるも、首を横に振るばかり。ミリーは再び、さらに多くの魔力を錫杖へと流し込むが、やはりいっさいの反応がない。


「わたしも、やってみるのですよ」


 交代したセルカが、同じく錫杖へと魔力を流すが……駄目だった。


「そんな……」


 膝を折り、ミリーがその場にへたりこむ。


「魔力を流すだけじゃ使えないのか、それとも偽物だったのか……」

「ふむ……錫杖の情報がガセだった、ということもありうるな」


 ヴィレムはやり場のない感情を持て余すように頭をかきむしり、ギデオンが床に視線を落としながら拳を握りしめた。


「神様は、残酷なのですよ……」


 これ以上ない希望をもたせておいて。


 初めから信憑性の薄い話だったとはいえ、実際に錫杖はあった。錫杖を見つけた時点で、もはや希望ではなく確実なものとなっていたのだ。

 これでエリーが救えると、救った気になっていた。


 ゆえにこそ彼らの絶望は大きく、誰もが言葉を発することができない。

 しゃれにもならない葬式のような重たい空気の中で、ただただ悄然と項垂れ、絶望に打ちひしがれる。


「っ……」


 エイシーもまた、彼らにかける言葉が見つからず、悲壮な面持ちでその場に立ち尽くしていた。


 ◇


 それからどれだけ経ったのか、最初に動いたのは、意外にもミリーだった。


 ミリーはエリーの実妹だ。半身だ。とある事情から、二人が一緒にいられた時間も短い。再会して、ようやくこれからというときに、エリーは倒れた。


 そのことに一番ショックを受け、精神的に堪えているのはミリーであるはずなのに……否。だからこそ、なのだろう。


 ごしごしと袖で乱雑に目元を拭い、ミリーは立ち上がる。


「ミリー?」

「……もう一度、一から調べ直すわ」


 赤くなりつつも決然とした瞳が、仲間たちへと向けられる。


「あたしは、絶対にお姉ちゃんを助ける。治してみせる。絶対に、諦めない」


 その強い意志を宿した言葉と眼差しに、ヴィレムらの目にも力が戻った。


「そうだな。エリーは俺たちの大事な仲間だ。必ず助けよう。だが……」


 ヴィレムがわずかに眉を寄せる。


「俺らには、返さなきゃならない恩がある」

「あっ……」


 姉のことでいっぱいになっていた頭の中に、一人の少女の姿が浮かぶ。


「もちろん、エリーも助ける。だが、トアに礼をしにいかなきゃならねぇ」


 自分たちはあのとき、命を救われたのだ。彼女がいなければ、自分たちはいまここにはいない。エリーを救うどころか、その前に自分たちが死んでいた。


 仲間を助けること以上に大事なことはなくも、恩人への礼もまた大事だ。それをおろそかにしたら、自分たちは恩知らずの恥知らずになる。


 ただの義務感ではなく、自分たちが礼をしたいからするのだ。

 それに、義理や人情を重んじるエリーだって許さないだろう。


「だが現状、俺らに支払えるものはない」


 パーティの共用資産だけでなく、各々が個人の資産もすべてエリーを助けるために投じている。生活は最低限まで切り詰め、そのうえ借金まで抱えている始末。


「だから早急に稼ぐ必要がある。常識として、人として、そっちが先だろう」

「そう、ね……」


 ミリーがぎゅっと唇を噛む。


 わかっている。けれど、エリーの件も時間があるとはかぎらない。


 いまはまだ命に別条があるほどではなく、今後もそうだと確実に言えるなら、エリーに話して少し待ってもらうこともできようが、その保証はない。


 いつ容態が急変し、命にかかわるとも知れないのだ。だから……


「――だから」


 ミリーが口を開くよりも先にヴィレムが言って、ギデオンとセルカを見やる。

 それだけで二人はその視線の意味を察して、笑顔でうなずいた。それを確認し、ヴィレムもまた顎を引く。


「俺らは三人で金を稼ぐ。調べるのは、おまえに任せる」

「っ!! ……いいの、かしら」

「遅くなっちまう分は、もう事情を話して誠心誠意、謝るしかねぇさ。俺らにとっちゃ、仲間も恩人への礼も、どっちも大事なんだ。開き直るみたいでアレだが、たぶんあの嬢ちゃんは、トアは、そんなに心の狭い人間じゃねぇと思うしな」


 ふっと口元を緩めたミリーが、決然とした表情を浮かべて拳を握る。


「あたし、頑張るわ。頑張って、方法を探すから」

「おう、頼んだぜ」

「そっちも、あたしの分までよろしくね。ありがとう、ヴィレム、ギデオン、セルカ」


 笑みを交換し、拳をぶつけ合って、一分一秒も惜しいとばかりに彼らは動き出すのだった。



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