79 町、行く!!
「トアねえ、すごい、きれい!」
「ドレス、トア姉、にあう。お姫さま、みたい」
「うん、トアおねえちゃん、とっても、すてき、なの!」
「本当に。よく似合ってますよ、トアさん」
こっちは純粋な賛辞にむずがゆくなる。
もうすでに着替えたくて仕方がない。
着替えてスロースコクーンのベッドに沈みたい。
「このまま夜会に出たら、きっと独身の令息たちが群がってくるわよ」
「ぞっとしないんだけど。やめてくれる?」
と、それはともかく。
「あなたたちも、すごく見違えたね。みんな、すごく可愛いよ」
肌も髪もきれいに整えられ、それぞれにあったデザインと色のドレスを身にまとったリューリたちは、すっかりあか抜けていた。
原始的な雰囲気など、先まであったことさえ嘘のように、いまはどこからどう見ても良家のお嬢様にしか見えない。
「当然よ、素材がいいもの。みんな、そんなに可愛いのに、おめかししないなんてもったいないわ。気に入ったなら、そのドレスはあなたたちにあげる」
「いいの? 大事、言ってた」
たしかに。
侯爵が思い出を大切にする人だから、着られなくなった衣装でも、売ることも譲ることもせずに全部とってあるのだと、先ほどレーナは言っていた。
「いいのよ。友達へのプレゼントだもの、お父さまもいいと言うわ」
「なら、ほしい。ありがと、レーナ」
嬉しそうに笑い、リューリたちは口々に礼を言った。
そんなこんなで――しっかりと着飾って参加した、晩餐の席。
そこでも、侯爵にドレスアップをたいそう褒められ、子供たちはちょっと恥ずかしそうに、私はだいぶ居心地が悪くなりつつも、出された料理をいただく。
さすがは上級貴族のもてなしだけあって、腕のいい料理人がいい食材を使って作っているらしく、どの料理も大変、美味だった。
グラトニーグルメで作る、向こうの現代食とはまた違った美味しさだった。
◇
屋敷に用意された上等な客室にて一夜を過ごし――翌日。
瞼の裏に柔らかな光を感じ、意識が夢の世界から引き戻される。
(……そういえば、この世界に来てから、スロースコクーンの中以外で朝を迎えるのは、初めてだなぁ……)
寝起きのぼんやりとした頭で、そんなことを思う。
けれど、スロースコクーンほどではなくとも、客室のベッドもさすがにふかふかで寝心地がよく、目は覚めたものの、どうにも離れがたい。
(……いま、何時)
『八時前ダナ』
邪神はどうやってか、時間を正確に把握しているらしい。
(八時前、か……まぁ、起きる時間ではあるんだけど……)
最近は、だいたい八時前後に、自然と目が覚めるようになっている。夜も、わりと同じ時間に寝てるし。
真っ当な社会人であれば、八時の起床は遅いのだろうが、私に関して言えば、この世界に来てからの生活は真人間のそれだ。
もちろん、望んでのことではない。
ぐーたらを至上とする私が、そんな規則正しい生活を送っているのは、リューリたちの指導をしなければならないからである。
本当はもっと怠惰に、自堕落的に過ごしたいのだけど、ままならないなぁ。
朝に寝たり、半日寝てたりするなんて、向こうでは当たり前だったのになぁ。
そんな生活が、私にとっては、これ以上にない幸せだったのだけどなぁ。
などと、布団の中でもぞもぞしつつ心中で嘆いていると――突然、バァーンッと勢いよく扉が開かれた。
「おはよう、トア! 朝食の用意ができてるわよ!」
レーナだった。……声のボリュームが、寝起きにはキツイ。
布団を手繰り寄せてそれをシャットアウトしつつ、まだ寝てますよアピールをするが、レーナはおかまいなしに室内へと踏み込んでくる。
ベッドに近づいてくる。
「ほら、起きて! 朝食よ!」
「……いいよ、私は。もうちょっと、こうしてる」
ぎゅっと抱き込んだ布団は、無情にも簡単に剝がされてしまった。
寝起きのせいで、まだ上手く力が入らない。
「駄目よ、一緒に食べるの。リューリたちは、とっくに起きて席についてるわよ」
だろうね。獣人たちの朝は早いんだ。
「……ベッドが、私を離したくないって」
「私には早く離れなさいって聞こえるわ」
往生際わるくベッドにしがみつく私を、レーナは容赦なく引き剥がし、そのまま引きずっていった。……押しが強い。
◇
グラトニーグルメを手に入れてからこっち、食事もだいぶ健康的になったなぁとしみじみ思いつつ、あっさりとした軽めの朝食をいただく。
獣人三人娘の皿に盛られたベーコンが、分厚いステーキみたいだったのは見なかったことにする。見るだけで胸やけがしそうだ。
たぶん、早く起きてリクエストしたのだろう。
あぁ、優しい味のスープが胃に染みる……。
そうして朝食を終え、食休みの優雅なティータイムを堪能していると、
「レーナ、トア! 町、行く!!」
ずっとうずうずしていたリューリが、痺れを切らしたように席を立ち、こちらへと身を乗り出しながら言った。
屋敷へ向かう馬車の中でも、かなり我慢させちゃったからなぁ。もう限界だったようだ。
「えぇ、そうね。もちろん、私はいいのだけど……」
けれどもそれに、レーナはやや難色を示す。というよりも、案じるような面持ちでリューリたちを見ていた。
その態度の理由は、すぐに察せられた。
この世界の獣人は、差別の対象だ。ここは人間の町で、彼女たちが人の町に来るのは初めてのことだから。
「あなたたちは、きっと嫌な思いをすることになるわ。あなたたちも知っているとおり、人間の亜人種に対する差別は根深い。全員が全員というわけではないし、この町は比較的マシなほうだとは思う。それでも、忌避の視線や、あるいは好奇の目を向けてくる人はいる。それでも、行く?」
レーナの確認に、リューリたちは互いに顔を見合わせ、うなずき合う。
「捕まった、とき、そういう、目、あった。知ってる」
「でも、平気、なの」
「レーナ、トアねえ、いる、だいじょーぶ!」
ヤエのあとをアルマが継ぎ、最後にリューリが元気よく言って、いっさい臆することなく笑った。
「私たち、いずれ、冒険する。気にして、られない」
「そう。出会ったときから思っていたけど、あなたたちってすごいわね」
うん、私も同意見。
伊達に、ほかの獣人たちが恐れる外の世界に憧れてないってことか。
「じゃあ、さっそく準備して出かけましょう」




