78 いま〝にやっ〟てしなかった?
「トアは、お母さまと体格がそっくりだから、お母さまのドレスならぴったりだと思うわ」
「いや、いいよ、私は。それに、お母さんのってことは、形見でしょ? 着れないよ、さすがに」
形見じゃなくても、ドレスなんて柄じゃないものは着たくない。
「いいのよ。服は人に着られてなんぼでしょ? お母さまもドレスも、あなたに着てもらえたほうが喜ぶと思うの」
「そ、それはたしかにそうかもしれないけど、ほら、私ってドレスとか着たことないし、そんな柄でもないし、きっと似合わないと思うから……」
「あなたのその顔とスタイルでドレスが似合わなかったら、世の女性は誰もドレスを着れなくなるわよ」
呆れたようなジト目で言われた。
「でもほら、私の服って、こう見えて戦闘衣で、それなりの防御力があるんだ。何かあったとき、これじゃないと不安だから……」
「屋敷の警備は厳重よ。あなたに防具が必要になることなんて、そうそうないから安心していいわ」
「……絶対ではないでしょ」
「大丈夫よ」
なんだろう。レーナの笑顔から、言い知れぬ圧を感じる。
いやまぁ、別に逃げ出してしまえばいい話ではあるんだけど……リューリたちもいる手前、それも難しい。
貴族と積極的に揉めたいわけでもないし。
「でもレーナ、さっき、このままでいいって言った」
「えぇ、言ったわね。ここにきてそれを翻すつもりはないし、実際、あなたがどんな恰好をしていても、とやかく言う者は、私やお父さまを含めて誰もいないわ」
「なら」
「私はただ、あなたが心配なだけなのよ、トア。ほら、あの子たちはおめかしする気満々でしょう? そうなると、必然的にあなたひとりが浮いてしまうことになるのよ。そしたら、あなたが気まずい思いをするんじゃないかな、ってね」
「うっ……」
痛いところを突かれた。こんな寝巻きにしか見えない恰好で外を普通に歩いている私でも、羞恥心は死んでいない。
私だけだったなら、そこまで気にしなかった。
でも、野生児な恰好のリューリたちまで着飾ったのなら、さすがに居たたまれなくなる。
そんな中にひとり寝巻き姿で参加して平然と食事ができるほど、私の神経は図太くない。
けど……そこはかとなく策略のにおいがするのだが、気のせいだろうか。さすがに邪推がすぎるだろうか。
「……わかったよ。ただし、晩餐会のときだけだからね」
――にやっ。
「そのへんはトアの自由だから、任せるわ」
「ちょっと待ってレーナ。いま〝にやっ〟てしなかった? そこはかとなく黒い感じに〝にやっ〟て」
「ちょっとなに言ってるかわからないわね。それより私、侍女たちにいろいろ指示しなきゃいけないから、少し外すわね。そのあいだにドレスを選んでおいて」
こちらに口を挟む間も与えずそう言って、レーナはさささーっと部屋を出ていったのだった。
……あの子も、ちゃんと貴族だわ。
◇
『ふム、なかなか似合うじゃナイカ』
眼前の全身鏡に、ホルターネックのドレスで着飾った私の姿が写っている。
それを私の視界を通して見ているらしい邪神が、そんな感想をもらした。
(……うるさい。黙って)
『酷いナァ。心の底カラ褒めテいるとイウのに』
(声がからかってるんだよ)
『それハ実に心外ダナァ』
心外もくそもあるか。事実だろうに。
「むぅ……」
いつもはゆったりしたものを着ているせいか、この体にフィットした感じが窮屈だし、かと思えばスカートのひらひらした感じはすーすーして落ち着かない。
という感想が、女装した男子みたいになってる自覚はあるけど、私は生まれてこのかたドレスなんて着たことないし、それどころか、制服とかスーツとかちゃんとした服も着たことがないのだ。
というか、そもそも寝巻きしか着たことがないのだった。
私はもう二十八だが、就職したことはなく、学校にも通ったことがない。
学校に関しては、別にイジメがあって行けなくなったとかではなく、たんに昔からぐーたらなタチだっただけで、親も無理に行けと言わなったから。
といっても、勉強自体はVRの教材でちゃんとやってたし、それが学校に行かなくていい条件だった。
……あぁ、でも、ゲームでフレちゃんに一度、着せ替え人形にされたときに、あるっちゃあるのか。
着てすぐ脱いだから、あまり記憶に残っていない。
「とってもお似合いですよ! 素敵です!」
「……どうも」
着替えを手伝ってくれた――というかほとんどされるがままだったけど、私を着付けてくれたレーナの侍女たちがこぞって褒めそやしてくるのもまた、本当に居たたまれない。
うぅん……靴のヒール、比較的低いものにしてもらったけど、やっぱり履き慣れてないから歩きにくいな。
まぁ、存在位階の高さゆえか、この体は体幹も安定しているので転んだりすることはないけど。
慣れないヒールの感覚で微妙にぎこちない歩き方になってしまいつつ、フィッティングルームを出る。すると、
「「「「「わぁーっっ!」」」」」
すでに着替えを終え、私が出てくるのを待っていた五人の反応が、見事にシンクロした。
「トア、すっごくきれいよ! やっぱり私の目に狂いはなかった!」
興奮したように頬を上気させて、ぐっと力強く拳を握るレーナを、私はじっとりと睨む。
……やっぱり、最初からこのつもりだったな。
そのためのリューリたちだったんだな。




