77 これが上級貴族の財力か
「あらためて、いらっしゃい。トア、リューリ、ヤエ、アルマ、レイニス」
侯爵が部屋を出ていくのを見送って、小さく息を吐いたレーナが、途端に雰囲気を一変させて言う。
先ほどまではまさに貴族令嬢といった雰囲気で、記憶にあるよりも楚々として控えめだったが、いまは記憶にある、闇オークション会場でのレーナだ。
父親の手前、貴族令嬢としてちゃんと振る舞っていたのだろう。
さっきこぼした吐息も、気疲れからきたものだと思われる。
「そしてあらためて、あのときはありがとう」
「私からも。本当にありがとうございました」
レーナに続いて礼を告げたのは、彼女の従者であるシウカだ。
彼女は従者ゆえか、いままでレーナの後ろに控えてはいても、いっさい言葉を発することはなかったけれど、元気そうでなにより。
頭を上げたレーナが、そこでふとジト目になって私を見上げてくる。
「なんで、何も言わずに行っちゃったのよ?」
「私にもいろいろあったんだよ。ごめんね」
あのときはこんなことになるとは思ってなかったし、貴族と関わり合いになりたくなかったからとんずらしたけど、それを正直に言うのもさすがに憚られたので、適当にごまかしておいた。
もちろんそれで納得したわけではないだろうが、レーナは「ふぅん」と短く言うだけで、今度はリューリたちへと矛先を向ける。
「あなたたちは?」
「わたしたち、獣人。それに、トア、強い。安心」
「あぁ……なるほど。その気持ちは、よくわかるわ」
リューリの返答を受け、妙に深い納得を見せるレーナ。
「まぁ、いいわ。またこうして会えたのだし」
短く吐息しつつも、切り替えたようだ。
さくりとその話題を切り上げたレーナが、シウカとともに後ろに控えていた、使用人服を着た少女を紹介してくる。
実のところ、その少女の存在はずっと気になっていたのだ。
ずいぶんと小ぎれいになって、肌や髪の色つやもよくなっているが、とても見覚えのある少女だったから。
「私の親友、シャノンよ。私専属の侍女見習いになったの」
「トア様、あのときは、本当にありがとうございました」
レーナが助けようとしていた、件の友達だ。
身寄りがなく、ずっと貧民街でひとり暮らしていた彼女を、あの一件があってのち、侯爵に頼みこんで自身の侍女見習いにした、ということだった。
いかに友人とはいえ、身分違いの者をそうそう家には入れられない。それも、溺愛している大事な一人娘の侍女にするなんて、そうそう許可などできない。
けれども今回の一件で、被害にあったシャノンに対し、侯爵にも負い目ができてしまった。ゆえに、特別に許されたのだという話だった。
「よかったね」
「はい。それも、すべてトア様のおかげです。あのときトア様がいなければ、いまのわたしはありませんでしたから」
そうしてひととおりあいさつを終えたところで、レーナが一つ手を叩き、みんなの注目を集めてから言った。
「さぁ、行くわよ。ついてきて」
張り切ったように、部屋の外へ向かって歩き出す。
「どこに行くの?」
「すぐにわかるわ」
よくわからないが、彼女のあとについて部屋を出る。
長い廊下を歩いていく。階段を登って、さらに歩く。
「ねぇ、レーナ。いまさらだけど、晩餐の席ってこの恰好でも平気?」
私は寝巻き風だし、リューリたちは原始的な恰好をしている。
もちろん清潔にはしているものの、ありていに言ってみすぼらしく、貴族の屋敷へ赴くには、とてもではないが相応しい恰好ではない。
招待を受けたときにシェイヴィには確認を取っていて、そのままでかまわないということだったからこのまま来たけど、晩餐の席でも本当にこの恰好でいいのだろうかと、ちょっと気になった。
「本当にいまさらね。いいのよ、服装なんてなんだって。あなたは私たちの恩人なのだし、お父さまも気にしてないわ。もちろんリューリたちもね。それに、私は可愛いと思うわよ、その寝巻き」
わかってるね、レーナ嬢。
貴族のご令嬢が、庶民の寝巻きのよさをわかっていいものなのか、と思わないでもないけれど。
「でも」
「でも?」
「――着いたわ。ここよ」
いくつか並ぶ扉の一つの前で立ち止まり、シャノンが扉を開く。
「「「わぁっ」」」
扉の先を覗き込み、獣人三人娘が感嘆の声を上げた。
そこは衣装部屋のようだった。
元の世界の、マイホームたるマンションの一室よりも広いだろう室内に、デザインも色もさまざまなドレスや装飾品の数々が、所狭しと並べられている。
もはや何着あるのか数えるのもバカバカしくなるレベル。まるで服屋にでも来たみたいだ。
これが上級貴族の財力か……。
「着られなくなったドレスも、全部とってあるの。本来なら、財政的に厳しい他家のご令嬢に譲ったり、古着屋なんかに持っていくべきなのだけど……うちのお父さま、思い出をすごく大事にする人だから」
侯爵、だいぶレーナのこと溺愛してるみたいだもんね。
「このあたりなら、あなたたちの体にも合うはずよ。せっかくだし、うんときれいにしてあげるわ」
そうか。でも、の続きはこれだったのか。
私が言うまでもなく、服を用意するつもりだったと。
どんな恰好でも気にはしないけれど、こちらできれいに着飾れるのなら、着飾るに越したことはないと。
初めからそういうつもりで、レーナは私たちをここへ連れて来たのだ。
「さぁ、好きなのを選んでちょうだい。私のお古で申し訳ないけど、二、三回くらいしか着てないし、手入れもちゃんとしてあるわ」
なんてもったいない。こんな上等なドレスの数々を……これが上級貴族か。
リューリたちにも憧れはあったのか、はたまた女の子というのがそういう生き物なのか、上品で煌びやかで可愛らしいドレスの数々を前に、これでもかと目を輝かせている。
あまり表に感情が出にくいヤエでさえ、心が浮き立っているのだとわかる。
「トア、あなたはこっちよ」
……え、私も?




