76 サクッ、フワッ、トロ甘~っ!!
「あ、そうだ。私もお菓子持ってきてるんだ」
お土産、あるいは差し入れとして、グラトニーグルメで作ったシュークリームを持ってきていたのだ。
食後でもいいかなと思ってたけど、いまでもいいだろう。
私が一番好きなタイプの、バニラビーンズが甘く香る、外側がサクッとしたクッキー生地のカスタードシューだ。
貴族だし、屋敷にどのくらいの人数がいるかわからなかったから、適当に百個ほど作ってきたのを、呼び出した使い魔、スゥの『無限異袋』から取り出す。
「これは……また、なんとも。いや、こちらが礼をする側だというのに、気をつかわせてしまって申し訳ないね。でも、ありがたくいただくよ。みんなで一緒に食べよう」
使用人の手でお皿が用意され、シュークリームが乗せられていく。
「初めて見るお菓子だわ」
「シュークリームって言うの」
「どうやって食べるのかしら?」
「こうやって手で持って――かぶりつく」
パウンドケーキとかもナイフやフォークで食べていたから、手で持って食べる習慣はないんだろうけど、シュークリームにナイフを通すと、中のクリームが出てしまって逆に食べにくいので。
あまり貴族向けのスイーツじゃなかったかな、とちょっと後悔したけれど、
「そう。ありがとう、トア。いただくわね」
やっぱりレーナは、そんなことまったく気にせず、私の説明どおりに躊躇いなくシュークリームを両手で持ち上げ、小さな口を開けてかぶりついた。
そして、
「――んんっ! サクッ、フワッ、トロ甘~っ!!」
クリームに負けないくらいに甘くとろけさせた顔で、そうしていないと落ちてしまうとばかりに頬に手を当てて、軽くトリップしていた。
侯爵も同じようにして、目を見開き、直後にイケメンがとろけた。
お貴族様の口にも合ったようで何よりだ。
だいぶ気に入ったようなので、あとでレシピを教える約束をした。
ただ、この世界の設備や料理人に作れるかはわからないけれど、それでもいいということだったので。
◇
それからしばらく、美味しい紅茶とお菓子を食べながら、他愛のない雑談をしたあとで、侯爵らにとっての本題が切り出される。
「我が娘レーナと、その従者のシウカ、そして我が領民の子供たちを救ってくれたことを、僕は心から感謝しているよ。本当に、本当にありがとう。トアさん、君がいなければ、娘だけでなく、従者のシウカも、あの会場にいた被害者たちも、万に一つ助かる可能性はなかった。だから本当に、感謝してもし足りないくらいに、君には感謝している」
わざわざ椅子から立ち上がって、あらためて深々と頭を下げる侯爵。
そしてレーナと、その後ろに控えている従者のシウカがそれに続いた。
身分や立場が上の人に頭を下げられるのは居心地が悪いけれど、その気持ちは私にも察せられるから無下にもできない。
「感謝の気持ちは、受け取ります。私も、レーナたちを死なせずに済んで、本当によかったと思ってるから」
「僕も自衛程度には剣を使えるけれど、元来、武闘派ではないのでね、こうして面と向かっても、君の強さを推し量ることはできない。けれど、その歳で悪魔を倒せるまでの強さを得るには、相当な辛苦があったのだろうことだけはわかるよ」
それはもう、と、声には出さないが、胸中で深くうなずく。
通常の辛苦とは違うかもしれないけど、あの封罪宮『怠惰』攻略の道中は、ボスを倒す力を手に入れるまでの道のりは、私にとっては、いろんな意味で、ものすごく辛かった。
「無理にとは言わないけれど、町にいるあいだは、この屋敷に用意した部屋を使ってほしい。もちろん、部屋以外にも、食事なんかも最大限のもてなしをさせてもらうつもりだよ。でも、それとは別に何かお礼をしたいのだけど、ほしいものはあるかい?」
特に礼を求めるつもりはないが、くれるというならもらうのが私の主義だ。
こういうのは相手の気持ちなのだし、貴族には面子というものもあるだろう。
ただ、何をもらうかなんだけど……シンプルに金銭か。グラトニーグルメは金銭でもポイントになるし。
あとは、村に必要な物資のたぐいかなぁ。服とか日用品とか、リューリたちの訓練にも必須の〈治癒ポーション〉は絶対にほしいところ。
思い浮かぶのはそのくらいだ。
それを正直に伝える。
「わかった。あとで必要なものを書き出しておいてくれるかい? もし自分で町に買いにいくほうがいいというのであれば、レーナを連れていってくれれば、あとで僕に請求がくるようにできるから」
「ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらのほうだよ。あぁ、それと、あの闇オークションの会場があった地域、まぁ隣なんだけれど、そこを治めているオールド伯爵も、君に直接会って謝罪と感謝を伝えたいと言っていたのだけど」
「それは……」
正直、断りたい。お貴族様は、侯爵たちでもうお腹いっぱいだ。これ以上、ほかの貴族になんて会いたくない。面倒くさい。
だが、使者相手ならまだしも、お貴族様から直接、言われたら、さすがの私も否とは言いにくい。
本当に謝罪と感謝がしたいと思ってるなら、もうそっとしておいてほしいんだけどなぁ……。
という内心が顔に出てしまっていたのだろうか、侯爵は小さく苦笑した。
「まぁ、そうは言っても、恩人に強要はできないからね。気が向いたらでかまわないよ。向こうもいまは、事後処理で忙しいだろうし。会ってもいいと思ったら、連絡をくれるかな? 都合を合わせてこっちに来てもらうから」
侯爵も、そしてそのオールド伯爵も、とても寛大な方々のようだ。
けどまぁ、そういうことなら少し考えてみよう。
その後もしばらく雑談をしていたが、侯爵は仕事があると言って、申し訳なさそうに席を立った。
「すまないね。また、晩餐の席で」
「うん。楽しみにしてる」
「レーナ、客人の対応は任せたよ」
「はい、もちろんです、お父様」
そうして、晩餐までの数時間、レーナと過ごすことになった。




