69 魔性だろ、これは
「はぁぁぁ……こいつぁ、やべぇなぁ……」
赤髪のグラマラスな美女が、思わずといった様子でこぼしながら、恍惚とした表情を浮かべている。妖艶な色香すら漂っていた。
「やべぇよ、口ん中が幸せいっぱいだ……こいつぁ、悪魔の食いもんだ……」
そんな彼女の目の前に並んでいるのは、テーブルを埋め尽くすほどの、大量のスイーツだ。
向こうの世界では定番の、ショートケーキやチョコレートケーキ、シュークリームにプリン、アップルパイ、エクレア、クッキー、アイスなどなど――大好きな人にとっては夢のような、そうでもない人にとっては見ただけで胸やけのする、スイーツ天国であった。
「気に入ってもらえたみたいだね」
「……あぁ。こんなに美味い甘味を食ったのは、初めてだ。あの料理を初めて食べたとき以上の感覚だ。……魔性だろ、これは。中毒になるレベルだ」
「よかったよ、口に合って」
もとの世界のスイーツに、シカはすっかり虜になってしまったようだ。
竜の頭首シカと、新たに契約を交わしてから二日後。
想定していたより早かったが、約束どおり、彼女は再び村へとやって来た。
大食堂のテーブルには、シカが連れてきた十人の竜が、人化した状態で同じくスイーツに舌鼓を打っている。
男女が半々だが、男も女も等しくスイーツの魅力にやられているようだった。
よしよし。
「またひととおり、こいつに詰めてくれ。量は入るだけでいい」
そう言ってシカが取り出したのは、三つの魔法箱。
そういえば、料理のときに三つ余ったのだったか。それだろう。
けどこれ、一つでもめちゃくちゃな量が入るんだよなぁ。
そうなると……
「了解。でも、その量だとちょっとポイントが足りないから、さっそく魔物狩りしてもらいたいな」
こちらも宣言どおりに、何体か魔物の死体を手土産に持ってきてくれたのだが、それがあっても足りなさそうなので。
「ん、そうか。――おい、おまえら。さっそく仕事だ。ちょっと行って、そこらの魔物を適当に狩ってこい」
シカが命令すれば、部下たちは即座に動く……と思いきや。
彼らは誰ひとりとして席を立つことなく、どころかこれ見よがしに眉をひそめるのだ。
「いや、姐さん。これ食ってからでもいいですよね?」
とアップルパイを片手に首をかたむけるのは、淡青色の髪をうしろで一つに結わえ、アイスブルーの瞳を持つ男性、ビャクヤ。
彼は今回、派遣された竜たちのまとめ役とのことだ。
「そんなこと言って、ご自分だけで全部、食べちまおうってぇはらじゃあねぇんですかぃ、姐さん? そうは問屋が卸しやせんぜぃ?」
同じく男性で、アッシュパープルの緩いウェーブがかった髪を持ち、グレーの瞳をじとりとさせるのは、オボロだ。
江戸っ子みたいな、独特なしゃべり方をする。
「そうだよアネゴー。こんなおいしいもの独り占めするなんてだめだよ。いくらアネゴでも、それは許されないんだよー?」
こちらは女性の、ユズリハ。
リーフグリーンの、一部が蔓みたいに長くなったボブヘアーで、青緑色の瞳はくりりと大きくつぶらだ。
背は私より少し高いのだが、全体的に小動物的な愛らしさがある。
しゃべりながらも、次から次へとスイーツを口に入れていた。
「うんうん、そのとおりっす。でも大丈夫っすよ姐さん、これ食べたらちゃんとやるっすから。魔物でもなんでもいくらでも狩りにいくっすから。これ食べたら」
それに同調するのは、金髪金眼のボーイッシュな女性、ライ。
ハムスターの頬袋みたいにほっぺをぱんぱんにしながら、よくそんな明朗な声でしゃべれるなと思う。
「それはあまりに横暴ってもんですギャ、姐御」
独特な語尾を持つ、黒の短髪に鈍色の瞳をしたその男性は、ハガネ。
いかつい巨漢でわりと強面なのだが、もんもんとシュークリームにかぶりついている姿は妙に可愛らしい。
「はぁん、ふわっふわが口の中でとろっとろのあまあまでありんすぅ……脳までとろっとろになりそうでありんすぅ……」
真っ白な髪に銀の瞳という色彩は儚げだが、どこか妖艶な雰囲気をも併せ持った女性、シエンは、すっかりスイーツ天国へとトリップしていて、シカの言葉など耳に入っていないようだった。
「頭首、すぐに食べ終わりますゆえ、しばしお待ちを」
凛とした目元、すっと伸びた背に緋色の長髪を流す女性、ホムラ。
立ち居振る舞いも所作も美しく、楚々としているのだが、スイーツを食べる速度はもっとも速い。
手元が高速で動いていて、常人の目には次々と皿の上のスイーツが消えていっているように見えるだろう。
「もぐもぐ、むぐむぐ(コクコク)」
無言で口を動かしながらも、ほかの竜たちと同意見とばかりに何度もうなずいているのは、褐色肌に黒髪黒眼の男性、ヤミ。
片目は長い前髪で隠れ、見えている片目は生気に欠けるし、目の下はクマのように黒ずんでいる。猫背もあいまってどこか厭世的な雰囲気があるが、スイーツはとても気に入ったらしい。
「…………(幸福)」
こちらも無言、だがその頭上に、魔力によるものらしい〝幸福〟の文字を引っつけて感情を表している男性は、エンキ。
茶色の瞳に焦げ茶の瞳を持つ偉丈夫だ。
魔力での文字もそうだが、その表情もまた実に幸せそうなもので、内心を雄弁に物語っているのだった。
「はむ、はむ、はむ……はぁ、至高。……プリン、ぷるぷる甘い。……好き」
自身がふわふわしたスイーツみたいな女性、青い髪に水色の瞳を持つシグレもまた、シカの命令などそっちのけでプリンを口に運んでいる。
どうやらプリンがお気に入りらしい。
「……おまえら、このオレに逆らおうってのか、あぁ? いい度胸だ。業火に焼かれる覚悟はできてんだろうなぁ?」
こめかみに青筋を浮かべ、ドスの利いた声で言うシカの体から、ゴウッと紅蓮の火柱が立ち昇る。
「ちょっとちょっと、シカ、焼けちゃう、建物、樹だから燃えちゃう」
樹には水精による水分をかなり含ませているので、ちょっとやそっとでは燃えないけれど、その温度と火力は駄目だ。
「ほら、生クリーム乗せのスフレケーキだよ。甘くてふわっふわだよ」
シカの口にケーキを押し込んで、なんとか鎮めることに成功した。
せっかく新しくなったばかりなのに、速攻で焼かれちゃたまらない。
ちなみにいまの火柱だが、竜は固有の属性と、その属性に基づいた固有の魔法を持っているそうだ。
シカは『獄炎』。地獄の業火はすべてを焼き尽くす。
竜たちの名前はみんな、和風な響きを持つので、彼女の名前に漢字を当てはめると〝死火〟なのかもしれない。
ほかの竜たちの属性だが、順番に、ビャクヤは『雪氷』、オボロは『幻霧』、ユズリハは『樹葉』、ライは『迅雷』、ハガネは『黒鉄』、シエンは『白靄』、ホムラは『劫火』、エンキは『大地』、ヤミは『常闇』、シグレは『水嵐』となっている。
だいぶアクが強そうな面々だが、戦闘力は信頼できるだろう。
今回は、契約の対価としてシカたちに渡すスイーツの試食だ。用意した分のみ、追加はナシ。
それを競うようにして……いや醜くも争いながらきれいに食べ尽くしたあとで、竜たちはようやく魔物狩りへと出かけていった。




