64 ギルマスと三人の冒険者
トアが竜のシカへ協定の料理を納め、新たな契約を交わしてすぐのこと。
ロウデンの町、冒険者ギルドの一室にて、ギルドマスターと三人の冒険者が対面していた。
「――ご苦労だったわね」
豊満な胸部を押し上げるようにして腕を組み、片目をつむって、ギルドマスターは冒険者たちを労う。
その褐色の肌と白銀の髪、そして赤紫の瞳はダークエルフの特徴だ。
「それで、ドラゴンの討伐は完了したと思っていいのかしら?」
続けての確認に対し、黒の着流しをまとった色男、パーティリーダーが苦笑ぎみに肩をすくめる。
涼しげな男だが、その赤い双眸には底知れない獰猛さが見え隠れしていた。
「いや、討伐はできなかった」
「……どういうことかしら?」
訝しげに問い返すギルドマスターだが、そこには察したような色もあった。
「逃げたんだよ。いや、逃げたというよりも、引いたというべきか」
「そう」
「想定してたっつう口ぶりだな?」
「えぇ。実は、同じ報告をいくつか受けているのよ。あなたたたちが戻ってくるまでの数日のあいだ、ドラゴンの姿は一体も確認されていないわ」
頻繁に人里へ降りてきては、家畜や人を襲っているドラゴン。
どの固体もドラゴンの中では低級ゆえに、どうにか高ランク冒険者で対処できているが、けっこうな被害が出ている悩みの種だった。
さすがにロウデンほどの町は襲われないが、特に農村などがやられている。家畜も人もいるし、守りも弱い。ゆえに魔物被害というのは農村に出やすいのだ。
まぁ、普通の魔物は、それでもあまり人里には近づかないのだが。
たとえ小さな辺境の村であろうと、襲えば別のところから戦士がやってきて討伐されるというのを、知能ではなく本能的に理解しているから。
十年ほど前からドラゴンの被害は散見されていて、最近では特に増えていた。
ただでさえ、実力のある冒険者の数は少ない。貴重な高ランク冒険者がその件に割かれるのも、ギルドとしては頭の痛い問題だったのだ。
彼らもまた、高ランクの冒険者パーティ――それも、ロウデンきっての実力者たちであり、ギルドマスターが直接、ドラゴンの討伐を依頼していたのだった。
「……何かの前兆だったりしない?」
そう言ったのは、実に愛くるしい見目をした、パーティメンバーの一人。
小柄で華奢で、全体の風貌は幼いものの、不思議な輝きをたたえた瞳に宿る知性の色が、見た目どおりの年齢でないことを物語っている。
「少し前にも、巨大なスライムらしきものが現れて、少しして消えたってのもあったし」
一週間ほど前のことだ。突然、地響きが鳴り、視力のいい兵士が高所から確認したら、森の中に小山のごとく大きな物体が見えたとして軽く騒ぎになったが、ほどなくしてそれは消えた。
なんらかの要因で消えたのか、何者かに討伐されたのかは、いまだ調べがついていない。
それもじゅうぶんに異変と呼ぶべきことで、今回のドラゴンたちが突然、姿を消した事実もまた、それに関連しているのではないかと。何か、大きな災害の前触れなのではないかと。
だがそれに、ギルドマスターは首を横に振るしかない。
「わからないわ。けれど、特に嫌な感じはしない。だからこそ、むしろ不気味な部分もあるのだけど……」
なにがしかの、魔物災害などの前兆であるのなら、大抵は直感がはたらく。けれど今回のことに関しては、それがいっさいなかった。
だからといって、それを鵜呑みにして油断することなどできないのだが。
「まぁ、警戒は続けるし、調査もしておくわ。また協力をお願いするかもしれないから、一応そのつもりでいてね」
「あぁ、ドラゴン退治ならいつでも大歓迎だ」
「やだやだ、これだからバトルジャンキーは」
「欲を言うなら、竜とやってみてぇとこなんだがなぁ」
「竜なんて伝説の部類でしょ。そうそう現れないし、現れたら事だよ」
「それはそうと――あなたたちに別件でお願いしたいことがあるのよ。討伐依頼なのだけど、受けてくれるわよね?」
すると、慣れたようなかけ合いをしていた二人は、片や不満もあらわに唇をひん曲げ、片やギラリと瞳を光らせた。
「ギルマスも人使いが荒いなぁ。ちょっとは休ませてよ」
「そいつぁ強敵か?」
相変わらず対照的な反応を返してくる二人に、ギルドマスターは小さく笑う。
「強敵と言えば、強敵ね。町から少し離れたところにある件の古城に、強い魔物が住み着いたみたいなのよ。それを討伐してほしいの」
かつて貴族の住居だった廃城だが、なぜか周囲の魔物たちが好んで住み着き、なかばダンジョンのようになっている。そこまで強い魔物はいないため、中堅冒険者にとってはいい狩場となっているのだ。
そこへ、そのランク帯の冒険者では倒せない魔物が住み着いてしまった。
魔物素材から得られる利益も、冒険者ギルドにとっては大きなもの。それが、その魔物のせいでなくなってしまうのは非常に痛いのだ。ゆえに、その強い魔物を排除してほしい。それが依頼の内容だった。
「了解だ。明日、討伐してくる」
「えー。一日くらい休ませてよ。これだからバトルジャンキーは困るんだ。ちょっと、君からも何か言ってやってよ」
といきなり話を振られた、もう一人のパーティメンバーである浅黒い肌をした野性的な青年が、ぱちりと目を瞬く。それから、少し考えるような素振りを見せたあとで、それまで閉じられていた口を開く。
「……がんばる」
「「ウォン!」」
彼に呼応するようして、ソファーの脇で侍っていた白黒二匹の狼が、やる気いっぱいの鳴き声を響かせた。
「いやそうじゃなくてさー」
なおも不満を垂れる仲間を適当にいなし、リーダーの色男はギルドマスターから依頼書を受け取ると、
「そんじゃ、また明日な」
「えぇ。頼んだわよ」
ひらひらと後ろ手を振りながら、仲間たちを促し部屋を出ていった。
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