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異世界ぐーたら無双  作者: 空木るが
4章 『暴食』の解放
62/140

62 いやいや、私じゃないですよ

 

 しかし……思いのほか、事情が重かった。

 これは説得しづらいし、何より、とても他人が説得できるようなものではないだろう。


 だって、子を持ったことがない私にだって、気持ちがわかってしまったから。


 自分の妻が、自分の子の母が、そんな最期を迎えてしまったのなら、その危険がある場所へ送り出すなんて、到底できやしない。


(――けど)


 私がよそ者であり、かつ子を持ったことがないからこそ、思うこと、言えることもあった。


 説得ではなく、ただ、私の思うところを。

 余計なお世話かもしれない。無責任かもしれない。


 でも……それでも。


「リューリの人生は、夢は、彼女自身のものだよ。誰にも、たとえ親にだって、その道を邪魔する権利なんてないし、その夢を奪う権利もない」

「っ」

「親というのは、子供の夢を応援して、支えてあげるものなんじゃないかって、私は思うよ。別に非行に走ったわけでもないんだし。今後がどうなるかはわからないけど、少なくとも現時点では、リューリは本気だよ」


 本気だからこそ、またきっと同じことが起こる。

 たとえ戦い方を教えてもらえなくても、我流でどうにかして、彼女はまた外に出ようとする。

 自分が本当にしたいことというのは、言葉や理屈で止められるようなものではないのだ。


 そのことは、ゼストもたぶんわかっている。

 しかし、彼の口が是と言うことはなく――されど、否と言うわけでもない。

 唇をきつく噛みしめ、握った拳を小刻みに震わせながら、ひたすら口をつぐむ。


 その胸の内には、いろんな感情がせめぎ合っているのだろう。そんな彼の懊悩もまた、理屈ではないのだ。……人って難しいな。


 ともあれ、私に言えるのはこのくらいだ。本当に無責任で偉そうなことを言った自覚はあるが、言ったことへの後悔はない。


 あとはゼスト次第。

 ただでさえお墓参りを邪魔したのだ、ここらでお暇しよう。


「それじゃあ、ゼストさん。時間をくれてありがとう。私はこれで――」


 と腰を上げかけたところで、私は動きを止める。


「どうした、トア? 何か――」


 突然フリーズした私の様子を訝しみ、私の視線の先へ目を向けたゼストもまた、途中で言葉を止めた。


「なん、だ……?」


 リトリアの墓石が、淡く輝いているのだ。かと思えば、そこから蛍火のような光の球がふわふわといくつも浮かび上がり、それが一か所へと集まって、一つの形を作り出す。


 それは、人の形をしていた。徐々に輝きが収まってくると、細かな造形が見えてくる。


 茶色の三角耳としっぽを生やし、背は低めで、体格はどちらかといえば華奢。小さな顔にやや垂れた目元の、とても可愛らしい狼人の女性だ。


 だが、その女性がまっとうな人じゃないことは、わずかに透けた体と、淡く発光する輪郭から明白だった。


「リト、リア……なのか?」

『そうよ。あたし以外の、何かに見える?』


 後ろ手を組み、いたずらっぽく笑むその姿は、そんな年齢ではないはずなのに少女のようで、聞いていたとおり満開の花畑が似合いそうだ。


 そうか、この人がゼストの奥さんで、リューリのお母さんか。たしかに、リューリとよく似ている。色は父親ゆずりで、容姿は母親ゆずりのようだ。


 よかったねリューリ。将来は美人になるよ。

 まぁ、いまでもじゅうぶんに可愛いけれど。


「いや……だが、なぜ……」

『んー。いまのあなたが見てられなくて、戻ってきちゃった。まぁ、あんまり時間はないんだけどね』


 旅をしていたとあって流暢に言葉をつむぐリトリアの視線が、私へと向いた。


 いやいや、私じゃないですよ。

 何かするとしたら、邪神以外にありえない。


(あんたの仕業? いったい何したの)

『別に、大したコトはしテいナイ。墓石に残留思念が残ッテいて、何か話したソウにしテいたカラ、少しばかり力を与えテやッタだけダ』


 だけ、って……なんかもう、よくわからないけど、でも、そうだった。こいつって一応、神サマなんだった。神サマならまぁ、こんなことができても不思議ではないか。


 つまりは、リトリアの幽霊ってことだ。

 怖くない部類の。どちらかと言えば、感動的な部類の。


 ◇


「っ、リトリア……」


 もう二度と会えないはずだった愛する妻、リトリアが、生前の姿のまま目の前にいるという現実に、ゼストはこみ上げるものを抑えられない。


 目の奥が熱くなり、流れ出そうになるそれを、けれども必死に堪える。

 そんな彼の様子を見るリトリアもまた、同じような表情をしていた。


『ごめんね、ゼスト。あたしがあんな死に方をしたせいで、あなたのこと、すごく傷つけて、苦しめてしまったわね』

「……何を、言ってる。傷ついたのも、苦しんだのも、おまえ、だろう」


 あのとき――負傷した戦士たちが戻ってきて、リトリアのことを聞いてすぐ、ゼストは集落を飛び出した。


 ゼストは狼の獣人の中でも、特に優れた嗅覚を持つ。そんな彼の鼻は、それからほどなくして、リトリアを見つけた。

 だが……そこにあったのは、変わり果てた彼女の姿で。


 それはいまなお、瞼の裏に焼きついて離れてはくれない。そのときのことは、七年経ったいまでもたびたび夢にも見る。そのたびにゼストは、己の無力さを叩きつけられるのだ。


 眉を下げて微笑んだあと、リトリアが表情を明るいものへと変えた。


『リューリは、元気?』

「……あぁ。元気すぎて、困る、くらいだ」

『外に出たいって、言い出した?』


 ピクリと、ゼストの眉が小さく跳ねる。

 先ほどまで、まさにトアとその話をしていたのだ。


 リトリアが現れたことで、いっとき頭から飛んでいたトアの言葉が甦り、再び胸の内にいろんなものが渦巻き始める。


「……おまえは、なんでも、お見通し、だな」

『知らなかった? あなたって、すごーく顔に出やすいのよ?』


 苦い顔をするゼストに対し、リトリアはころころとおかしそうに笑う。


『なんて。それもたしかにあるけど、聞いてたの、あなたたちの話』

「そう、か……」


 考えてみれば、それも当然だろう。ここは彼女の墓であり、彼女はそこから現れたのだ。


 そういった知識のないゼストには、何がどうなって死後の彼女と再会できたのかはわからないが、なんらかのかたちでずっとここにいたのなら、最初からトアとの話を聞かれていてもおかしくはない。



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