61 愛する妻の忘れ形見
小さな庭園の真ん中で、私はゼストと向き合う。
「きれいなところだね。心が安らぐ感じがする」
「そう、だろう。察していると、思うが、あれは、妻の墓だ。妻は、見た目に反して、剛毅な女、だったが、見た目のとおり、小さな花が、好きだった。だから、レイニス、作ってもらった、のだ」
「そっか。きっと、奥さんも喜んでるよ」
「だと、いいな」
しばらく沈黙が流れ、やがてゼストが口を開く。
「リューリに、戦い方、教えてくれと、言われたか」
「うん。我流でもいいなら私はかまわないけど、まずは父親であるあなたの許可を取ってから、と答えてある。だから、来たの」
「おまえは、強く、聡いな」
空色の瞳が、小さく細められる。
強いはともかく、聡いはないと思う。
「あのとき、ゼストさんの様子が普通じゃなかったから。きっと何か、深い理由というか、事情があるんじゃないかと思って」
「……そのとき、言ったが、戦闘技術、身につけるにも、力をつけるにも、この環境では、危険が高い。そこまで、余裕、ない。だから、基本、特に才ある者、のみが、戦いを学ぶ」
そうして戦闘技術を身につけた者が、戦士として防衛や狩りを任される。
そもそも総数自体が少なく、ほかにも生活のためにするべきことがあるため、そういう仕組みを作っているのだ。
「リューリは、子供。それに、長の娘。たった一人の、子。失う、わけには、いかない。戦う必要、ない」
「それだけじゃ、ないんでしょ?」
彼はもう、私に言ってるのだ。大事な娘だから、リューリを失いたくないと。跡継ぎとしてではなく、たった一人の娘として、何よりも大事だから。
「……あいつが、外に出たいこと、知ってる。ずっと、言っていた。だが、外は、恐ろしい。魔物、いる。人間、狙われる。だから、外、出したくなかった。ただ、守りたかった」
不自由ではあっても、ここにいる分には生きていける。
目の届く範囲にいれば、危険からも自分が守れると。
「愛する妻の、忘れ形見。愛する、娘。誰にも、何にも、奪われたくは、ない。死なせたくは、ない。……弄ばれ、その果てに、殺された、妻の、あいつの母の、ように」
ゼストの奥さん、リューリの母親であるリトリアは、七年前に亡くなった。
リューリがまだ四歳のときだ。
先ほどゼストが言っていたが、それこそ花に囲まれているのが似合う可憐な女性だったリトリアは、その小動物的に愛らしく、大人しそうな見た目とは裏腹に、とても活発で剛毅で豪快な、強い戦士であったという。
というのも、彼女は外からやってきた狼人であり、それまで身一つで旅をしていたからだとか。
旅の途中で出会い、なんやかやのラブストーリーがあってゼストが彼女を娶り、集落に腰を落ち着けて、その後リューリが産まれたあとも、リトリアは戦士隊の一員として防衛や狩猟にあたっていた。
だが……ある日の、狩りの最中のことだった。戦闘中、運悪くそれ以上に強い魔物が乱入してきて、負傷した仲間たちを守るべく、彼女は自ら囮となった。
そのあとのことは、誰も見ていないので憶測だ。
囮となったリトリアは、その魔物をどうにか倒した。のちに、その魔物の死体が見つかっているという。
しかし、彼女の実力があっても、ひとりでは厳しい手合いだった。相応に負傷しつつ、集落へ戻ろうとしていたところ、またも運悪く、彼女はタチの悪い人間と遭遇してしまったのだ。
奴隷とすべく捕まるほうが、まだマシだった。負傷もあってなすすべなく捕まってしまった彼女は、連中の下劣で醜悪な欲望を満たすためのおもちゃにされたのである。
さんざんに弄ばれ、執拗に嬲られ……その果てに死んだ。
遺体は放置されていて、その後、戦士たちを率いて直接、捜索に出たゼストが発見した。
魔物に食い荒らされていなかったのは奇跡と言えるが、彼女の遺体は、それはもうひどいありさまだったという。
その痕跡を見れば、彼女に何があったのかも、その犯人が人間であることも、残酷なまでに明白だったと、ゼストは悲痛な表情で語る。
そんなリトリアのことがあったから、余計にゼストは、リューリを守らんと躍起になった。
娘まで、彼女の二の舞にしたくなかったから。何がなんでも、させたくなかったから。ゼスト自身、あのときの悲しみと苦しさと辛さと絶望を味わうのは、二度と御免だったから。
当然のことだが、リューリはそれを知らない。そんな母親の遺体に会わせられるはずはなく、真実を話せるはずもない。
しかし……そんなことがあったのなら、人間という種族そのものを憎んでもおかしくはないはずだが、ゼストもみんなも、私を仲間として、家族として受け入れてくれた。
そこには、リトリアの言葉があったらしい。
彼女は旅をしていた。その中でさまざまな人と出会い、理不尽な目に遭わされたこともあれば、優しくされたこともあったし、困っているところを助けてもらったこともあった。
人間だとか亜人だとか、種族に関係なく、悪い人も善い人も、どちらにだっている。
種族でくくるのではなく、個人で見てほしいと。人間にだって、たしかに善人はいるのだと。
だから、人間そのものを嫌いにならないで――そう言ったリトリアの、その言葉だけは、彼女がいなくなっても絶対に裏切ってはいけなかったから。




