56 獣人の集落ビフォーアフター
料理作りももちろんだけど、いまはもう一つ大きな問題が生じていた。
「けっこうやられちゃったなぁ」
そう、集落の件だ。
触手への対処もできるかぎり頑張ったのだが、いかんせん本体を倒すための闘気への集中でそれも後手に回ってしまい、中央の広場以外――グラトニア・スライムがいたほうはかなり破壊されてしまっている。
もはや半壊と言っていいレベルだ。
これも早急にどうにかしなければならない。いくら原始レベルとはいえ、ちゃんと雨風をしのげるだけの家を、多くの者が失ってしまったのだから。
「おまえが、気に病む必要、ない。アレを倒し、おまえが無事だった、だけで、じゅうぶん。家など、いくらでも、作り直せる」
「そう言ってもらえると気は楽になるけど……」
もとより技術も道具もないので貧相なものだが、それでも修復には相応の時間がかかるだろう。
ここで暮らすと決めたのだから、私も知らぬふりはできないし、したくないし、するつもりもない。けど……あぁ、ぐーたらが遠のく。
「あのー」
声をかけられ振り向くと、そこにはレイニスがいて。
「ボクの力が、お役に立てるかもしれません」
そう、樹の幹から新しい芽を生やしてみせながら、彼女は言った。
◇
その光景は、実に非現実的で、実にファンタジーで、実に神秘的で、実に壮観だった。ちょっぴりシュールも付け加えておこう。
いま私の目の前では、ただの植物であるはずの樹木が、根っこを脚のように使って地面の上を歩いている。
また一本、また一本と、人がするように地中から根っこを自ら引き抜き、ぞろぞろと列をなして移動しているのだ。
「はーい、こっちですよー。慌てなくていいですからねー」
その樹々を誘導しているのは、レイニスだ。
樹木が自ら動いているのも、すべて彼女の仕業だった。
この世界、自然物には精霊が宿っているらしい。火や水、そして樹木にも。
そしてレイニスは樹の精霊と交信し、協力を取りつけたということだった。
移動だけではなく、枝を伸ばしたり新たに生やしたり、葉っぱを余計に茂らせたりもできるという。ただ、それにはレイニスの魔力が必要になるのだとか。
ちなみに、これらは樹精の力でレイニスが動かしているが、本当に自力で動く魔物もいるらしい。
妖樹、いわゆるトレントというやつだ。樹精が、なんらかの悪い影響によって闇堕ちし、樹にとりついたものだとか。
なお、精霊や妖精が堕ちたものは〝妖魔〟と呼び、魔物の一種としてくくられている。
ややあって――幾本もの樹木が密着するかたちで並び、円形状に集落を囲う、とてつもなく立派な防壁が完成した。
どうしても空いてしまう隙間は、枝や蔦などを絡ませて埋めてある。
下手な城壁よりも高いだろう。なにせ、この森の樹木は総じて樹高が高い。それがそのまま囲いの高さとなっているのだから。
おまけに、どの樹木も太い。特に太いものを選んでいる。つまり、厚みも相当なものなので、破壊するのも容易ではない。くわえ、樹精の力で水分もかなり含ませているため火にも強いときた。
そんな、大地から三十メートル以上の高さを持った頑丈で燃えにくい囲い、もとい防壁があれば、わざわざ樹上で生活する必要はなくなる。
もちろん、防壁の中にいた魔物も事前に掃討済みだ。
住民たちの寝床も、すでに作ってある。
意外にも変形自在な樹木、その幹を一部膨らませたりして内部に空間を作った、これぞ誰もが一度は夢見るだろう本物のツリーハウスだ。
居住者の人数や好みで二階、三階構造になっていて、内部にはちゃんと階段も設けてある。
それにくわえ、見張り台を作ったり、樹々をつないだ空中回廊を作ったり、その途中に踊り場を作ったり、果ては地精の力で水路やため池を作り、水精の力でそこに水を引き入れたりと、レイニスは精霊たちにお願いして次々と生活に必要な施設や設備を作っていった。
そうしてわずか数時間ほどで――なんということでしょう。
実に原始的、実に簡素な集落が、まるで絵本にでも出てきそうな幻想的な森の村へと生まれ変わったのだった。
「これは、また……」
「すごーっ!!」
「レイニス、すごい」
「すごいの!!」
ゼストの感嘆、三人娘はもはや「すごい」しか感想が出てこないらしい。
私もだ。
「レイニスの精霊術、ほんとにすごいね」
「恐縮です」
方々から褒められまくって、照れているレイニスが可愛らしい。
ともあれ、本当にすごいビフォーアフターだ。
住居もさることながら、これだけ立派な防壁があれば、大抵の魔物も人間も、村の中へは入ってこれないだろう。
(けど……)
それでも、絶対に安全とは言いきれない。
やはり防衛戦力は必要だ。
獣人たちにも戦士はいるが、実力的に心もとない。これから鍛えるにしても、それだって相応の時間がかかる。
(うぅん…………あ、そうだ!)
上手くいけば、ものすごく頼りになる防衛戦力が手に入るかもしれない。
◇
こちらも立派になった、テホランの診療所内。
一室に設えられた樹木製のベッドの上で、小鬼の姉が上体を起こしている。
「怪我はすっかりよくなったようだね。無事に目も覚めて、安心したよ」
全身に負っていたあれだけの深い傷が、民間療法程度の処置にもかかわらず、たったの四日でほぼ完治してしまったのだから、進化生命体の回復力というのは本当にすさまじい。
私のサブカル知識で言えば、ホブゴブリンといった容姿の姉妹。肌の色こそ薄い緑色をしているし、額に小さな角が生えているが、髪もちゃんと生えていて、ほとんど人間と変わりない。
見た目どおりであるなら、姉のほうはリューリたち獣人三人娘と同じくらいの歳だろう。妹ちゃんは少し幼い感じがする。
ベッドの脇に立っても、ぼぅっと虚空を見つめていた橙黄色の瞳が、声をかけると同時にゆっくりと動く。
そして私の姿を認めて、かすかに見張られた。
「……おねえ、ちゃんは、あのときの……ありがとう、妹と、わたしを、助けてくれて……本当に、ありがとうっ」
最後はしゃくり上げ、泣きじゃくる小鬼姉の目元を拭い、宥めるように背中をさすりながら、私は口を開く。
「あなたと妹ちゃんが頑張ったからだよ。頑張って生き延びて、その先にたまたま私がいた。頑張ってそこまで来たから、私はあなたたちを見つけられた。そんな小さい体で、本当によく頑張ったね。偉いよ」
「っ……うん、うんっ」
それから落ち着くのを待って、質問をする。
「私はトア。あなたは、名前はある?」
「……わたしは、ノーラ。妹は、ライラ」
「そう、ノーラ。ここは、森の中にある獣人たちの村だよ。その近くに、あなたたちは倒れてたの。あなたたちは、この辺りで生まれたわけじゃないよね?」
「……うん、違う」
きゅっと唇を引き結び、うつむいて上掛けを握りしめる手は、震えていた。
本当は何があったのか聞きたいところなのだけど、さすがにいまはやめたほうがいいだろう。
彼女らは死にかけていたのだ。とても恐ろしい経験をしたに違いない。
そのときのことを、少なくともいま思い出させるようなことを聞くのは、あまりにも酷というものだ。
どうしても聞きたいというわけでもないしね。




