53 最高だ
アレの討伐報酬であるグラトニーグルメが必要だというのはもちろんのこと、アレがこのまま進めば、獣人たちの集落はもとより、この先にあるという町も呑まれてしまう。
その町にレーナたちがいないともかぎらないし、見ず知らずの人間がどうなってもかまわないなんて割り切ることは、私にはとてもできそうにない。今後のぐーたら生活にもかかわってくる。
アレを倒せる者が、その町か、または世界のどこかにいるならともかく、もしいなければ、グラトニア・スライムによって人類が滅びる、もしくは一週間後に協定が破棄されて、竜やドラゴンが大々的に人々を襲い始めるだろう。
竜たちが人や家畜を襲うのが食事のためであって、グラトニア・スライムと潰し合いになるとしても、この世界に住む人々に待っているのは、滅亡以外のなにものでもない。
いまは見過ごして、これからアレを倒せるようにもっと鍛える、なんて悠長なことも言ってられないのだ。
いまの私にできることを全力でやって、それでも倒せなかったなら、もうどうしようもない。人類の行くすえなんて考えるまでもなく、私も死ぬ。
もちろん、ただで死んでやるつもりはない。最後まで全力であがく。そうでなければ、死んでも死にきれないというものだ。
グラトニア・スライムとの距離は、もうだいぶ近づいている。
視界を埋める黒い壁を見据えたあとで――私は目を閉じた。
「――――」
やがて周囲の音が消え、匂いが消えた。触覚も、必要最低限あればいい。
そうして訪れる、世界から切り離されたような無明無音の中で、徐々に周囲の景色が浮かび上がってくる。魔素によって見える世界だ。
核の場所は、存外すぐに見つかった。
ひときわ魔素の量が多く、渦を巻くような流れがある。
それは当然と言うべきか、肉体のほぼ中心部だった。
「――っ」
だが、そうしているあいだに集落の端へと触手が伸びていて、私は慌ててその対処に走る。
視界は魔素で形作られた世界を映したまま、触手を細切れに斬り刻み、無力化してから、再び集中する。
急がないと、集落がなくなってしまう。
彼らの帰る場所が――私の帰る場所が。
『落ち着ケ。焦れバ集中が乱れルゾ』
(……わかってる)
一度、深呼吸をして、心を鎮める。
それからあらためて集中し、己の内へと意識を向ける――と。
たしかに何か、温かなものが流れる感覚を捉えた。
『ソレが生命エネルギーダ』
無自覚とはいえ、すでに操っていたものだ。
知覚できれば、あとは簡単だった。
魔素はもとより視えている。感知している。
その二つを、今度は意識的に練り上げ、腕のほうへと流し、さらにその先にある武器へと流し込んでいく。
『やれバできるじゃないカ』
うっすらと、靄のようなものが刀身にまとわりついているのが見える。
それがどんどん密度を増して、色が濃くなっていく。
そうして無自覚のとき以上の量をまとわせていくと、やがてかすかに、ヒィィィンという共鳴音のようなものが聞こえてきた。
そこで闘気を流すのを止めて、まとわせたほうに全神経を集中させる。
これを、飛ばすのだ。グラトニア・スライムの肉体を断ち、その先にある核を斬り裂く巨大な斬撃として。
イメージはできている。それをより明確な、鮮明なものへと描き上げる。
私は、両手で握った黒刀を、ゆっくりと大上段に構えた。
そして――静かに振り下ろす。
音はなく、放たれた銀色の闘刃が宙を走り、一直線に核へと向かっていく。
それは粘度の高い体をなんなく切り裂きながら進み、狙いたがわず、その先にあった核を真っ二つに両断した。
◇
終わってみれば、なんとも呆気ないものだった。
集中しすぎたせいか頭の芯に鈍い痛みがあるし、精神的な疲労もかなりあって体が重く感じるが、特に怪我はしていない。
スロウス・アーマファオルと戦ったときよりも楽だったと思う。
ともあれ、どうにか倒せてよかった。
そして核を破壊されたグラトニア・スライムは、スロウス・アーマファオルのときと同じく、そのゼリー状の巨体を光へと変え、あっという間に手のひらサイズのキューブと化して、私の中へと入ってくる。
この現象も今回で二度目だが、やっぱり気持ちのいいものじゃないな。
ふと、視界の端にきらりと光るものがあった。そちらへ目を向けると、腕輪にはまっている石が一つ増えていた。
これがグラトニーグルメのようだ。
ほっとしたら力が抜けて、その場に座り込む。
「にしても、頭が重いなぁ……重い……いや、ほんとに重い?」
疲労とは別の重さが、それほど重いわけでないけれど、たしかにあった。
これ、頭の上に何か乗ってない……?
手をやると、ぽよんと弾む感触があった。手のひらを滑らせると、それは曲線を描いているようで、サイズは頭の幅よりも一回り小さいくらいか。
両手でそれを持ち上げて、目の前に持ってくる。
「これ、あれか。グラトニア・スライムの分身体」
『そうダ。スロウス・アーマファオルと同じダナ』
そっか。報酬には使い魔、もとい権能もあったんだった。
「すー」
黒いスライムから声がした。
「それ、もしかしなくても鳴き声? 鳴き声〝すー〟なの? もしかしてスライムだから?」
まぁ、偶然だろう。ムゥの鳴き声も大概、よくわからないけど。
それはともかく、鳴き声がそれなら、名前は〝スゥ〟でいいかな。ムゥと似た響きだし、ちょうどいい。こう、使い魔仲間っぽくて。
「スゥはなんの権能が使えるの?」
もちろんスゥとは意思疎通はできないので、邪神に訊いた。
『『暴食』の権能は『無限異袋』ダ。異空間にモノが収納できル。生きテいるモノ以外といウ制限はアルが、収納量やモノのサイズ、重量に制限はナイ。要すルに、無限の容量を持つ収納空間だナ』
「おぉ!」
これは、かなり早い段階で嬉しい権能が手に入った。空間収納はファンタジー創作では定番だし、あるならほしいと思っていたのだ。
そして『無限異袋』の使い方だが、スゥが私の意思を読み取って、ものの出し入れをしてくれるらしい。
ゲームよりも楽々である。ゲームではインベントリからアイテム名をタップしないといけなかったから、ひと手間かかるのだ。
さっそくと刀を入れておく。必要なときに手元に出せば鞘もいらない。邪魔にならない。最高だ。




