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異世界ぐーたら無双  作者: 空木るが
4章 『暴食』の解放
51/140

51 多少斬ッタところデ意味はないゾ

 

「走れ走れ走れっ!! とにかく死ぬ気で走れぇっ!!」


 怒鳴るように声を張り上げ、仲間たちを叱咤しながら、ヴィレム自身もまた最大出力でもって地面を蹴る。


 黒いスライムの移動速度はそれほどではなくとも、森の中は起伏も激しく、樹々の根っこが張り出したり苔が繁茂していたりして、非常に足場が悪い。


 冒険者という職業柄、森で行動するのに慣れているといっても、平地での全力疾走ほどの速度はさすがに出せない。


 根っこや岩などの障害物を避けたり、足を取られないようにと注意を払えば、どうしたって全力には程遠くなる。


 おまけの触手だ。どうやら特に狙いがあるわけでもないようだが、逆に言えば、自分たちのほうに伸びてくる可能性もあるということで。


 ただ、伸ばせる長さと生やせる本数には限界があるようだった。とはいえ、それはなんの救いにもならないのだが。まだじゅうぶんに射程圏内だ。


 けれども、彼らにはひたすら走ることしかできない。

 いまはとにかく、アレから少しでも距離を取らなければならない。


 そして、そんな最悪の足場の中で無理をすれば当然、


「――あっ」


 戦闘職であるヴィレムらほど運動能力が高くないセルカが、張り出した樹の根っこに躓いてしまった。


 それでも、支援職とは思えない身ごなしで完全な転倒は免れたものの、しかし膝をついたぶん足は止まってしまう。


 すぐさま立ち上がるものの、その立て直すまでのわずか数秒が、いまはあまりにも致命的だった。――あまりにも運がなかった。


 こちらへ向かって伸ばされた触手が迫り、セルカの視界が黒一色に染まる。


「う、うわぁ……この触手、間近で見ると、なおさら不気味なのですよぅ……」


 こんな状況でも無理やり作られた笑みは、しかし盛大に引きつっていた。


「セルカっ!!」


 そんなセルカの腕をヴィレムが引くも、うごめく触手の速度が思いのほか速い。


 いや、でかいのだ。全体からすれば微々たるものだが、触手一本でさえここらの大木に引けを取らない太さがある。


 無理だ。逃げ切れない。追いつかれる。


 槍でついても意味はない。この触手は奴の体の一部。ここに核はない。


 苦しまぎれに放たれたミリーの魔法矢も、この質量には焼け石に水。


 重装で機動力に欠けるギデオンは間に合わず、仮に間に合っても盾ではどうにもならない。


 こんなところで、自分たちは死ぬわけにいかないのに。

 せっかく、仲間を救えるアイテムを手に入れたのに。


 こんなところで。仲間を救える目前で。

 その仲間を、たったひとり残して……!


「クソがぁっ!!」


 無念の憤激と非情な運命への怨嗟を込めたヴィレムの悪態は虚しく響き、彼らとともに黒い触手が吞み込んで――……


「は?」

「え?」


 刹那、視界いっぱいに奔る、無数の細い閃光。

 縦に横に斜めにと、幾筋もの黒と青のラインが宙に描かれ――そして一拍。

 冗談みたいに細切れになった触手が、ぼとぼとと地面に落ちた。


 ヴィレムらが呆然と見上げる先で、目の前に一つの影が降り立つ。


「ちょっと、呆けてる暇なんてないでしょ! 触手は私が食い止めるから、死にたくなければ死ぬ気で走って!」


 油断なく武器を構えながら、肩越しに振り返ってそう怒鳴るのは、まだ少女と表現してもいいだろう年若い、はっとするような美しい顔立ちの女性だった。


 刀剣こそ業物、それもその意匠から、とても希少な古代の遺物だと見受けられるが、それを構えている少女の装いは部屋着みたいなラフすぎるもので、ひどくミスマッチだ。


(だが……触手を切り刻んだのは、間違いなくあの嬢ちゃんだ)


 とても信じられないことだが、それが事実なのだから認めるほかない。それだけの覇気をまとっている。

 少女の存在位階は、自分よりも相当に高い。

 そう、ヴィレムは一目で悟った。


 だが、仮にそうだとしても、


「助けてくれたことには感謝するが、あんたひとり残していくわけには――」

「いいから、行って」


 有無を言わせない、強い響きだった。ともすれば邪魔だと言わんばかりだが、あえて言わなかっただけなのだろう。しかし、不思議と不快さはなかった。


「……わかった。あとでちゃんと礼をさせてくれよ」


 言外に死ぬなよと告げて、ヴィレムたちはその場をあとにした。


 ◇


 走り去っていく、おそらくは冒険者か何かだろう四人組の気配を感じるともなしに感じながら、私はいましがた自分の手で斬った触手を見据える。


 細切れにした部分は、地面に水たまりのように広がったまま特に動きはない。

 しかし大本の部分は断面がぼこぼこと盛り上がり、もとに戻ろうとしていた。


『多少斬ッタところデ意味はないゾ』

「そんなの、見ればわかる」


 グラトニア・スライムにかぎらず、スライムというのはゼリー状の肉体を持ち、それゆえに物理攻撃が効かない、もしくは効きにくい――というのはスライムの設定としては定番だが、この世界でもそうらしい。


 肉体をいくら斬っても削っても、痛痒すら与えられず、すぐさま再生されてしまう。

 その新たな肉体を作るのは、現在進行形で取り込みまくっている樹々などだ。


 食べるものがそこら中にあるかぎり、グラトニア・スライムの体積が減ることもなければ、再生が止まることもない。

 増えることもないようだが……それとて、なんの慰めにもなりやしない。



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