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異世界ぐーたら無双  作者: 空木るが
4章 『暴食』の解放
50/140

50 ありていに言って、やる気が出た

 

 予備の縄梯子を投入しても、やはり時間はかかる。


 けれど、常に危険と隣り合わせにある場所で暮らしているせいか、子供も含めてだいぶ肝が据わっていて、みんなが落ち着いて行動してくれたおかげで、思いのほか早く、住民全員が下へ降りることができた。


 ゼストの指示により、先に降りた者たちはすでに移動を始めている。


 さして多くはないといっても、百人以上はいるのだ。子供は大人より足が遅いこともあって、半数が下りた時点で走り出していた。


 あとは長として最後まで残っていたゼストと、私だけだ。


「トア、俺たちも、行くぞ!」

「ゼストさんは先に行って。みんなが安全に逃げられるように、触手だけでもなんとかしないと」


 私がそう言うと、ゼストは動き出そうとしていた足を止め、正面からじっとこちらを見据えてくる。

 リューリよりも少し深みのある空の色をした瞳は鋭く、心の内を見透かされているかのようで。


「……本当に、それだけか?」


 よう、ではなく、見透かされている。私がここに残る本当の理由を、彼はたしかに見抜いていた。


 リューリたちも鋭いところがあったが、これも獣人の特性なのだろうか。

 こう、野生の勘的なもので、嘘や偽り、言葉の裏などを本能的に見抜いてしまうのかもしれない。


 まぁ、私がわかりやすいという線もあるけれど。


 私はあえて明言はせず、軽く肩をすくめた。

 ゼストの眼差しに焦燥のようなものがまじる。


「おまえは、強い。それは、もう、知ってる。だが、アレは……あんなもの、いくら、おまえでも、無理だ」


 彼がそう言うのも、当然だろう。あんな小山みたいなサイズの不定形生物、倒せると思うほうがどうかしてる。まだドラゴンのほうが現実的かもしれない。


 私だって、まだアレを倒す算段などついていない。でも、アレを倒さなければグラトニーグルメが手に入らないのだ。


「やれることをやれるだけやって、それでも駄目なら、私もちゃんと逃げるよ。逃げ足には自信があるからね」


 普通の人が逃げ切れない距離でも、『怠惰』の権能があれば余裕で退避できる。


 彼はそのことを知らないが、しかし自分が何を言っても私が動くことはないと悟ったのだろう、それ以上引きとめてくることはなかった。


「……おまえは、リューリたちの恩人。俺たちの、恩人。本当、感謝している。まだ、出会ったばかり、ともにいた時間も、短い。だが、おまえはもう、仲間。家族。みな、そう思っている」


 家族……家族、か。


「家族、失うのは、悲しい。だから、決して、無茶はするな。絶対――死ぬな」


 彼らと出会ってから、まだ本当に数時間くらいしか経っていない。ここでお世話になると決めたのだって、少し前のことなのだ。


 それでも、彼の瞳にも声音にも、私に対する親愛の情がたしかにあって。


 元の世界にも、私にはもう家族はいない。もとより兄弟はおらず、両親も亡くなり、親戚付き合いもない。天涯孤独の身だ。


 だが、それはそれで別によかった。特に寂しいとも思わなかった。なんなら、ぐーたらを至上としている私は、ひとりのほうが気楽だとさえ思っていた。


 でも、いざこうして、本心から〝家族〟と言ってもらえたことを、私はとても嬉しく思っている。


 ありていに言って、やる気が出た。


「ありがとう、ゼストさん。もとより死ぬ気なんてないけど、いまのを聞いたら余計に死ねなくなった。私は、死なないよ。だから、またあとで」


 にっと心からの笑顔を見せれば、ゼストもまた信頼の笑みを返してくれる。


「あぁ。また、あとで」


 背を向けると、彼の気配はすぐに遠ざかっていった。


 ◇


 暗転していた意識が戻ったとき、ヴィレムたちの前には、ものすごく巨大な黒い壁があった。


「……なんだ、こりゃあ?」


 触れると、指の腹に伝わってくるのはゼリーのようなぷるんとした感触。

 固体ではなく液体に近いようで、かすかに波打っているように見える。


 少し力を入れれば――とぷん、と指が中に埋まった。そして直後に鋭い痛みを覚え、ヴィレムは反射的に指を引き抜く。


「ってぇ……」

「ちょっとヴィレム。指先、手袋が溶けてるわよ。指も赤くなってるわ」

「なんなのですか、これ……」

「!? 離れろっ!!」


 ギデオンの鋭い警告に、ヴィレムたちはさすがの反応で後ろへ大きく跳ぶ。


 黒いそれが蠕動し、動き始めたのだ。

 しかも、彼らのほうへと向かって。


「もしかしてこれ……スライム、なのです?」

「この、山みたいなでっかいのが……? 冗談でしょう?」

「……ふむ、冗談ではなさそうだ。少なくとも、動いている以上は、生き物ではあるのだろう」

「こんなのに呑まれたらひとたまりもねぇ。逃げるぞ、おまえら!」


 幸い、移動速度はそれほどでもないようだ。


 進路から外れるのは、サイズがサイズなので現実的ではないため、とにかく遠ざかるようにして一直線に走る。――が、次の瞬間。


「うぉ!?」

「きゃぁ!?」


 とっさにヴィレムもミリーも、セルカを抱えたギデオンも横に飛びのいて事なきを得たが、そんな彼らのすぐ脇を通り過ぎていったのは、本体から伸ばされた太い触手だった。


 見れば、それは別の場所にも伸びていて、樹々や岩、そして魔物なんかを手当たり次第に触手の中――体内へと取り込んでいるらしい。


 種類によって程度はあれど、スライムには基本的な能力として溶解と吸収の能力が備わっている。やはり、あれもまたスライムなのだろう。



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