49 なにその反則生物っ
「金色の錫杖……あれが〈慈癒の聖錫〉なのです?」
「あぁ……間違いなさそうだ」
彼らの正面、突きあたりとなった壁には、巨大な扉がある。
目的の錫杖は、その扉の脇にある台座に刺さっていた。
真っ先に駆け寄ったミリーが、飛びつくようにして錫杖を掴む。
ぐっと力を込め、それを引き抜こうとするが――しかし、抜けない。どんなに力を込めてもビクともしない。
「なんで、抜け、ないの、よぉっ……!!」
「ミリー、任せとけ」
そこでヴィレムが交代するも、彼の力をもってしても抜けなかった。
「んだよこれ……どうなってんだ、まったく抜ける気がしねぇ。おい、ギデオン」
「ふむ。やってみよう」
ギデオンはパーティ随一のパワーファイターだ。彼に抜けないのなら、もうどうしようもないわけだが……
「……駄目だな。わずかも動く気配がない」
無念とばかりにギデオンは首を振った。
「そんな……なんで、どうしてよ……」
希望を持たされた分、絶望もより深かった。
崩れ落ちたミリーの目尻に涙がにじむ。
地面に爪を立てるようにして拳を握りしめる。
そんな中、ミリーよりも力に劣るということで出番のなかったセルカが、強敵に挑むような面持ちで錫杖の前に立った。
三人に抜けなかったのだ。自分に抜けるわけがない。
そんなことは、セルカとてもちろんわかってはいる。
けれど、そうだとしても……諦めきれない。
死地を乗り越えてここまで来たのだ。希望を見つけたのだ。自分たちにとってはこれが唯一の希望なのだ。これを持ち帰って、仲間を救うのだっ――!
気合を入れたセルカは、ふんすと鼻息も荒く両腕に渾身の力を込めた。
「抜けるの、ですよぅ――ぉうぇぇぇっ!?」
そして奇妙な悲鳴とともに、勢い余って盛大に後ろへと転がった。
いったい何事かと、ほかの面々がそちらを見れば、床の上で仰向けに転がっているセルカがいて――その手には、明らかに彼女の得物ではない黄金の錫杖が握られている。
「……あ、あれぇ? ぬ、抜けたの、ですよぉ!?」
不思議がるべきか全力で喜ぶべきか迷ったすえの中途半端な笑みを浮かべ、上半身を起こして錫杖をかかげるセルカ。
「「「…………」」」
ほかの三人は何が起こったのかわからないといった顔で、しばし唖然呆然としていたが、すぐに爆発めいた歓声を上げた。
「よくわかんねぇが、よくやったセルカ!」
「すごいわセルカ!! 大好きよっ!!」
「え、えへへっ」
「これで、これで、ようやくっ……!」
「あぁ。やっと治してやれるな」
歓喜に沸くヴィレムたち。
だがそのとき――ズズンッと。
地面が大きく沈み込み、岩窟内が激しく鳴動する。
「んな、なんだぁ!?」
「ちょっ、なっ――」
そして彼らの視界は暗転したのだった。
◇
タイムリーもタイムリー。あまりにも都合のよすぎるタイミングで現れた、封罪宮『暴食』のボス、グラトニア・スライム。
そもそもご都合にしてもすぎるとか、あんな巨体が収まるダンジョンってなんだとか、なんでダンジョンのボスが外に出てきてるんだとか、いろいろツッコミや疑問はあるけれど、いまはそれらに思考を費やしている場合ではない。
グラトニア・スライムは移動している。
それも、私たちのほうに向かってだ。
巨大すぎてどうにも遠近感が狂ってしまうけれど、幸いまだ距離はある。まだ逃げる時間はじゅうぶんにある。
私は急いで下へと降りた。
「トア、いったい何が」
「小山のようなスライムがこっちに向かってきてる」
「な、なんだとっ……!?」
「でも大丈夫。まだ距離はあるから、早くみんなを――」
言いかけたとそのとき。広場の数十メートル手前まで、黒いぶよぶよした、触手みたいなものが突き出してきた。
間違いなくグラトニア・スライムから伸びてきたものだ。
どうやら本体とは別に、体の一部を自在に伸長できるらしい。
その触手が触れている下から、しゅうしゅうと白い煙が上がっている。
「溶けてるの……?」
『グラトニア・スライムには、強力な溶解能力と吸収能力がアルんダ。『暴食』を冠すルとおリ、無機物ダロウと有機物ダロウと、際限なく何デモ食らウゾ』
(なにその反則生物っ)
樹だろうが岩だろうが、手当たり次第に溶かし、そのまま吸収、すなわち捕食しているのだ。
近くで魔物の断末魔が上がった。
これは本当にまずい。まだ距離があるなんて悠長なこと言ってられない。
「逃げろ! みな、早く!!」
その光景をともに見ていたゼストが、血相を変えて声を張り上げる。
こんな場所に住んでいるからか、集落の住民たちはことのほか冷静だ。子供でさえ必要以上に騒いだりしていなかった。
戦士たちが中心となって、まずは女子供を先に下へと降ろしていく。
魔物が登ってこないようにと、そのつど下ろす縄梯子でしか昇り降りできないこの集落の仕様は、こういうときにネックだ。
逃げるのに余計な手間と時間がかかってしまう。
本体の到達までにはまだかかるが、触手がいつ狙ってくるかもわからない。
唯一幸いと言えるのは、魔物の襲撃を心配する必要がないことか。
なぜなら、魔物たちもグラトニア・スライムから逃げているからだ。ほかを襲っている余裕なんて、魔物たちにもない。
いまも慌ただしい足音が軽い地響きとなって響き、悲鳴じみた鳴き声がたくさん聞こえてきている。
「トアねえ、逃げる」
私の袖を引いてくるリューリの顔はこわばっていた。握っている部分から小さな震えが伝わってくる。
竜を前にしても目を輝かせていたリューリだが、さすがにアレはヤバいと感じたのだろう。
いや、竜もアレと比肩するくらいにヤバい生物なのだけど、それとは別ベクトルのヤバさを、だ。
あのときの竜にはこちらを害する気がいっさいなかったから、そこまで危険を感じなかったのだと思う。私もだし。
ヤエとアルマも似たようなもので、レイニスも不安そうに眉を寄せている。
そんな彼女らに、私は努めて穏やかな笑みを返した。
「私もあとで行くから、あなたたちは先に逃げてて。大丈夫だから、落ち着いて。慌てて落ちないようにね」
「……うん、わかった」
子供たちの背を押して、誘導している人へと託す。
また、診療所にも一人、向かってもらった。
あの震動だ。テホランも異常には気づいているはずだが、彼だけでは、いくら体が小さいとはいえ、意識のない姉妹を抱えて逃げるのは難しいだろうから。




