46 封罪宮『暴食』
施設は地下五階まであった。
その下へ降りる階段はなく、すなわち彼らがいるこのフロアこそが、施設の最下階だということになるのだが――しかし、すみずみまで探索し尽くしても、件の錫杖らしきものは見当たらなかった。
見つからなかった。
「そんな……」
その事実に、悄然と呟くミリーにセルカが寄り添う。その傍ではヴィレムが握りしめた拳を震わせ、ギデオンがぎゅっと眉を寄せて天井を仰いでいる。
もとより確証などなく、必ずあると保証された話ではなかった。
だから、誰もがこの結果を想定していなかったわけでもない。
それでも、この無情な現実はひどく堪えるもので……と、そんな彼らを狙い、横の通路から魔物が飛び出してくる。
「くそったれっ!!」
それを八つ当たりめいた突きで仕留め、しばし眦を吊り上げたまま死体を見下ろしていたヴィレムの顔が、やがて怪訝そうなものへと変わった。
「……ちょっと待て」
「ふむ。どうした、ヴィレム?」
「こっちから魔物が現れんのは、おかしいだろ」
「あっ……そういえば」
はっとしたほかの面々もまた、同じような表情になる。
魔物が出てきた通路の先は、行き止まりだ。実際に足を運び、そこまで行って確かめた。道中の魔物もすべて倒している。
ここはコアのあるダンジョンではないため、少なくともすぐには新しく魔物が生まれることはない。だから――おかしい。
そう訝しむヴィレムたちの眼前で、直後、明確な異常が起きた。
いましがた倒した魔物の死体が黒紫の靄と化し、霧散して、あとにドロップアイテムが残ったのだ。
「……ここはダンジョンにはなってねぇはず、だよな」
「えぇ、そのはず……なんだけど」
ミリーが集中するように目をつむる。
「……でも、言われて気づいたというレベルだけど、このあたりだけ、少しダンジョンに似た気配を感じるわ」
それを聞いて、ヴィレムが弾かれたように顔を上げる。
「もしかして、隠しダンジョンか?」
隠しダンジョンの存在は、噂程度ではあるが聞いたことがあった。
というのも、そもそも入れる者自体が少なく、仮に入れたとしても、大抵の人間がダンジョン内で死んでしまい、戻る者がほとんどいないということで、実在すらあやふやな代物となっているのだ。
「ふむ。たしか、挑戦権だかが必要なのだったか」
ギデオンの呟きに、セルカが補足を入れる。
「魔物ドロップだったはずなのですよ。ものすごーくまれにドロップする、一目でそれとわかるもの、なのですよ」
「どうも、こっちが本命くさいな」
「えぇ。きっと錫杖は隠しダンジョンにあるのよ」
それならそうと書いてありそうなものだが、あの古書は、それを記した人物の手記を写してまとめたものだった。
記述に不自然な文脈なども多く見られたし、原本がなんらかの理由で読み取れなくなっていた可能性が高い。
この遺跡は隠しダンジョンとつながっていて、どんな原理かはわからないが、魔物が湧出するようになっている。
「このあたりの魔物を片っ端から狩っていきましょ!」
「うしっ、やるか!」
「おーっ、なのですよ!」
「うむ」
それぞれに気合の声を上げて、彼らは魔物を倒し始める。
◇
強運の持ち主がいたのか、天に全員の想いが通じたのか、それから幾ばくもしないうちに、彼らはそれを引き当てた。
「おい、見ろよこれ。魔石みてぇだが、虹色だ」
「きれいね」
「ほぇぇ。こんなにきれいな石は初めて見たのです」
「ふむ。これが挑戦権とやらなら、たしかに一目見ればわかる、だな」
ヴィレムがその虹色の石を手に取った、直後。
【隠しダンジョン:封罪宮『暴食』への挑戦権を獲得しました。挑戦権を行使しますか?】
全員の頭の中に、無機質な声が響いた。
彼らは互いの顔を見て、うなずき合う。
「よし。――挑戦権を行使する!」
高らかに宣言した瞬間、視界が切り替わった。
「ここは……」
【隠しダンジョン:封罪宮『暴食』の攻略を開始します】
そして再び、頭の中に先と同じ音声が流れる。
「どうやら隠しダンジョンの中に移動したようだな」
「洞窟、なのです?」
セルカの言うとおり、そこは黒っぽい岩肌に囲まれた、天然洞窟の様相を呈していた。
ゴツゴツした地面にはいたるところに水たまりがあり、左右の岩壁に含まれた鉱物が淡い青、または緑の光を放つことで通路を照らし出している。
天井にはずらりと、尖った岩がつらら状に垂れ下がっている。
「へぇ、なかなかきれいなところじゃない」
「きれいでも、未知のダンジョンだからな。気を抜くなよ」
「わかってるわよ」
そうして彼らの、隠しダンジョン攻略が始まった。




