43 え、これって……
かつて竜とその人物が結んだ協定、それは『食事の提供を対価とした人類圏への不可侵』である。
要するに、食べるものは用意するから人の暮らす村や町を荒らすな、人や家畜を食うな、というものだ。
協定が結ばれる以前、最強種たる竜とドラゴンは、たびたび人里に降りては人や家畜を食い荒らしていた。
竜たちにとっては、魔物も獣も人も家畜も等しく己の生きる糧であり、中でも特に人や家畜を好むらしい。だから、人里を襲う。
当然、人類側もそれを黙って見ているわけがないが、しかし相手は最強種。決して勝てないというわけではないものの、手練れが大人数必要で、それでも戦いのたびに多くの負傷者を出した。
弱肉強食の中に生きる実力主義の竜たちは、同族や同胞が殺されたとて報復に走ることはなく、変わらずただ食糧として人々や家畜を襲い続け、人々はそれを阻止するために竜たちと戦う。
そんな、圧倒的に人類側が不利な、決して終わることのない戦いに終止符を打ったのが、〝あいつ〟なる御仁だ。
その人物は、竜たちの前に単身で現れ、何やら特殊な機械――魔導機にて料理を作り、振舞った。
その料理はどれも見たことのないもので、どれも非常に美味だった。
最初は馬鹿にしていた竜たちも、一口食べた途端に目の色を変え、競うようにして料理を貪り始める。
その時点ですでにその料理の味を覚えてしまった竜たちは、もうただの獣肉や人肉など食べられなくなっていた。
そんな竜たちの反応を見て、その人物は件の協定を持ち出した。
その料理が常に食べられるというなら、竜たちとて、あえて人や家畜を襲う必要などない。その内容に同意し、ここに協定は締結された。
そらから現在にいたるまで、その協定こそが、人々の命と暮らしを竜たちから守っているのだ。
その人物は、そのときに数十年は保つほどの量を用意したそうだが、それがなくなってしまったので、協定に則り補充してもらうべく、その人物がいるというこの場所へとやってきた――ということだった。
ちなみに、料理はもう数年前には尽きていたらしい。
少なくなった時点でその人物を捜したそうなのだが、どれだけ捜しても見つからなかったので、竜たちはすでに人里を襲い始めているという。マジか。
といっても、まだ協定自体を破棄したわけではなく、しばらくは猶予として〝控え目〟にしていたとのことだ。
あと少しで完全に破棄するつもりだったと、竜はなんの感慨もなく言った。
「ま、そんな感じだ。理解したな?」
「あ、はい。とても。ちなみに、その辺の町で買ってきた料理では」
「ああん? 駄目に決まってんだろうが」
ですよねー。
その人物が魔導機にて作る料理を、竜たちが気に入ったからこそ結べた協定なのだから当然である。
「これが料理のリストだ。量も、とりあえずはここに書いた分でいい。いまは急ぎだからな」
どうやらその人物は几帳面かつ丁寧な人だったらしく、料理名だけでなく、どんな食材を使ったものかも細かく記したリストまで残していたようだ。
渡されたリストに目を通す。
え、これって……
「一週間後にまた来るから、それまでにこん中に詰めて準備しとけよ」
そう言って、竜が長い首に下げていた鞄をボスンッと私の前へ落とす。
かなり大きな鞄ではあるけど……しかし、ざっとリストを見たかぎり、明らかに桁がおかしい、人間なら百人いても百年は保ちそうな、あまりにも膨大すぎて目算も上手くできない量の料理が、それ一つに収まるとは到底、思えない。
そもそも料理をバッグの中に入れるなんて、普通にありえないだろう……という私のその疑問には、邪神が解をもたらした。
『中に魔法の箱がニ十個、入ッテいる。ソレらひとつひとつが、かナりの拡張を施サれたモノダ。時間停止もかかッテいるナ』
……あぁ、うん。やっぱりここはファンタジー世界だね。うん、なんとなく察してたよ。スロースコクーンのこともあるしね。
それならきっと、この膨大量の料理も全部、入るのだろうし、何年経っても腐ることなく、できたて熱々の料理が食べられるのだろう。
ほんとこの世界、すごいよね。
『一つでも、けッこウな貴重品ダゾ。この現代でハ特にナ』
このファンタジーな世界でも、ファンタジーな部類らしい。
「これも、その人が?」
「そうだ」
一つでもけっこうな貴重品を二十個もポンと他者に渡せるとか……ほんと、何者なんだろうね、その人。
「そんじゃあ、また一週間後にな」
そう念を押すように言い残し、竜は破壊した森の穴から飛び去っていった。




