41 それじゃあ、お世話になろうかな
「トアは、町、帰るのか?」
再び宴会場へと戻ってきて、もそもそと焼肉を食べていると、ゼストにそんな問いを投げられたので、私は曖昧に首をかたむける。
「帰るというか、町が近くにあるのなら、そうなるかな」
「近いというほど、ではないが、森を出れば、ある。家は、ないのか?」
「ちょっといろいろあって、家には帰れないんだ。かといって特に行くあてもないから、これからどうしようかなって思ってる」
「トアねえ、ここ、いる!!」
と、そう勢い込んで言ったのはリューリだ。
しばらく姿が見えなかったのだが、戻ってきたらしい。
片手に、肉が小山を作る葉っぱのお皿を持って。
すごい量だけど、それ全部食べるの?
口の端から肉の切れ端が垂れてるよ。
「行くとこ、ない、ここ、住む。トア姉、一緒、いられる」
「それ、いいの! トアおねえちゃん、一緒、暮らすの!」
そこへヤエとアルマもやってきて、やっぱり焼肉山盛りな大皿を抱えながら口々に賛同した。
君らもよく食べるねぇ。
「父、いい?」
「もちろん、おれは、かまわない。――おまえたちも、いいだろう?」
ゼストが周りを見渡しながら言うと、水を向けられた獣人たちは、ほっぺたをパンパンに膨らませながら満面の笑みでうなずきを返してくる。
そんなに大きな声で話していたわけではないのに、こちらの会話はすべて聞こえていたらしい。
そのへん、さすが獣人だなと思う。耳がとてもいい。
「トアがいたい、なら、いつまででも、いるといい。新たな、仲間。おれたちは、歓迎する」
期待のこもった色とりどりの瞳が、私へと向けられる。
「んー……」
まぁ、それもありかなぁ、とは思う。
なにせ、私としてはぐーたらさえできればどこでもいいのだ。
こんな文明レベルの低い集落でも、スロースコクーンさえあれば、なんの問題もなく至高のぐーたら生活を送れる。
原理不明だけどネットまで完備されてるしね。
もちろん、できることなら自分の家に帰りたいわけだけど、帰してもらえないから言っても仕方がない。
それに、人の多いところはあまり得意じゃない。特に人間不信とか、対人恐怖症とかではないが、できれば避けたいというのもある。
何より、人間なうえにほとんど知らない私のことを、諸手を挙げて迎え入れようとしてくれている彼らの気持ちを、無下にはしたくない。純粋に嬉しいし。
「それじゃあ、お世話になろうかな」
「やったー!」
「トア姉、一緒!」
「うれしいの!」
途端、リューリ、ヤエ、アルマの三人娘が全身で喜びを表すみたいにぴょんぴょんと飛び跳ね、勢い余ったように抱き着いてくる横で、ゼストは笑みを浮かべて一つうなずく。そのしっぽは左右に揺れていた。
ほかの獣人たちもわっと歓声を上げて、近くにいる者と焼肉で乾杯し、先まで以上のお祭り騒ぎとなった。
そこまで喜ばれると、なんだかむず痒くなる。
(ただ、なぁ……)
ここに住むにあたって、どうしても無視できない問題が一つあった。
スロースコクーンでも解決できない、とってもとっても大きな問題が。
言わずもがな、食事だ。
虫食は論外として、魔物肉はいくらでも確保できるとしても、料理ができないからずっとワイルドな焼肉になる。
仮に、私にそれなりの料理スキルがあったとしても、ここには調味料なんて高尚なものはなく、知識もない。
向こうでなら、コンソメとか、味噌とか、醬油にみりんとか、適当に入れればそれなりに食べられるものになるんだろうけど。万能調味料なんてのもあるしね。
まぁ、町に行けば、買えるとは思う。調味料はもとより、ほかの食材も。
文明と地理によっては魚はないかもしれないが、野菜や穀物はあるはずだし、調味料だってそれなりにそろっていると思われる。
魔物の素材なんかは売れると邪神が言っていたから、購入に必要なお金は素材の売却で作ればいい。
でも、ここは森のかなり奥まった場所で、森の外にあるという町まではけっこうな距離がありそうだ。
スロースコクーンの移動速度があればあっという間なのだろうけど……その往復が面倒である。
(ま、ここに住むと決めた以上はしょうがないか)
食事に不満があるのなら、面倒であっても自分でなんとかするしかないのだ。
『――オマエのその悩み、俺が解決してヤロウ』
出たな、邪神。
闇オークション会場からこっち、うんともすんとも反応がなかったのに、いきなり出てくるんだこいつは。
(なに、あんたが代わりに食材調達して料理してくれるとでも言うの?)
『いヤ、俺ではナイ。食材いらズで作ッテくれるモノに、心当たりがアル』
(食材いらず? それに、モノ? 人じゃなくて?)
『あァ。ソレは――』
とそのときだった。
突然、ごうっと強烈な風が上方から吹きつける。
その強風はいともたやすく宴会場を蹂躙していき、葉っぱの皿と肉がなすすべもなく宙を舞った。
あまりの風圧に私も危うく飛ばされかけるが、どうにか踏ん張って耐えた。
しかし獣人の一部は悲鳴を上げながら転倒、またはそのまま転がっていく。
それも別の者がギリギリで捕まえるか、自ら必死に床に掴まることで、落下した者がいなかったのは幸いだった。
もともとの身体能力が高い獣人ならではだろう。
そう簡単に落ちていては、とても樹上になど住めない。
「なんだ、なにごとだっ……!?」
ゼストが声を上げる中、さらなる異変が私たちを襲った。
まだ日が出ている時間帯のはずなのに、急に空が陰り、薄暗くなる。
急激に天候が崩れて雲が出たのか――否。
違う。この強風も、自然が起こしたものではない。
風で巻き上がる髪を押さえながら頭上を見上げると、何か巨大なものがいた。
それが太陽の光をさえぎり、広場に影を落としているのだ。
樹々の枝葉を容赦なくバキバキとへし折り散らして、巨大なそれは私たちの目の前に降り立つ。
それは――ドラゴンだった。




