40 実戦なくして、実戦の経験は得られない
「私には、差別とか排斥とか、そういうのはよくわからないけど」
ゲームや創作物で人間以外の種族にはなじみがあるし、私自身は獣人が好きなので、それを忌避して迫害する人間の気持ちはわからない。
けれども、ここは現実に存在する世界。
人は自分と違うものを恐れ、忌み、排除しようとする生き物だってことは知っている。
ただ肌や目の色が違うだけで差別する者だっているのだから、獣の特徴を持った獣人が迫害されても、なんらおかしくはないだろう。
「トアみたいな人間、いるのも、知ってる。だから、人間、そのものを、憎むつもりは、ない。だが、同胞を、家族を、傷つける、許せない。だから、おれたち、人間、避ける」
無意味に敵対したりはしない。だから、事情を知った彼らは、私をそういう目で見ないし、リューリたちを助けた恩人として歓迎までしてくれている。
人間そのものを憎んでいるのなら、どんな事情があるにせよ、たとえ恩人であるにせよ、自分たちのテリトリーの中には絶対に入れないだろう。
「それでも、英雄やヒーロー扱いなのは、勘弁してほしいのだけど」
「無理、だな。それだけのこと、おまえは、した。強さも、見せた。おれたちにとって、おまえは、間違いなく、英雄だ」
なんてクソ真面目な顔で言われて、なんとも苦い気分になった。
まぁ訂正しようとしても逆に虚しいだけだろうし、もういいけど。
「さっきは、醜態、見せた。だが、おれは、娘のことが、何より、大事だ。失いたく、ない。おまえには、心から、感謝してる。いくら感謝しても、し足りない」
ゼストの声には切実さがこもっていて、だからこそ疑問が湧く。
「そんなに大事なら、せめて自衛くらいはできるように鍛えたら?」
彼女たちが多少でも戦えていたなら、今回のことだって大事にはなっていなかったかもしれない。
獣人は、もとより獣の特徴を有しているからか、人間より基本的なスペックが高いらしい。
リューリたちも、道中で見たかぎり運動能力は申し分ないし、素質もじゅうぶんにありそうだった。
本人たちにその気があれば、自衛くらいの戦闘力なら、すぐにでも身につけられるだろう。
だが、私がそう言った瞬間、ゼストの表情が見るからに強張った。
「だめだ。それは。それだけは、絶対」
一段トーンの下がった硬い声音で、ともすれば怒気さえを含んでいる声で、断固として言う。
そのことに私が小さく目を見張ると、彼ははっとしたようにかぶりを振り、内にある何かを吐き出すようにして息をこぼす。
「……強くなる、にも、位階、上げる、にも、環境が、許さない」
「あぁ、そういうことか」
存在位階は、生物を――主に魔物を倒さなければ上がらない。
技術を磨くだけなら樹上でもできるが、それだけでは強くなれない。
その技術だって、やはり実戦あってこそだ。
実戦なくして、実戦の経験は得られない。
しかしこの辺りに生息している魔物は、彼らの実力に対して強すぎるのだ。
だからこそ、日々の糧を得るための狩りすらままならない。
ただでさえ、不便きわまる野生暮らし。まともな生活物資すらないのに、魔法的アイテムである〈治癒ポーション〉なんかあるわけもなく、薬草の知識は多少あっても、あくまで多少。
それだけでは、いたずらに負傷のリスクは冒せない。
そういうことだ。
とはいえ、先ほどの彼の様子を見るに、それだけではなさそうだが……まぁ、部外者の私が軽々しく足を突っ込んでいいことではないだろう。
「ごめんね、何も知らないのに余計な口出しして」
「いや、気にするな」
そこで私は一度、席を立ち、焼けた肉を葉皿に盛って診療所へ向かった。
テホランに肉を持っていくと約束していたし、まだあれから大した時間は経っていないものの、小鬼姉妹の様子も気になったから。
結果を言えば、彼女たちの命は助かったようだ。
「いや、驚いた、よ。僕が、手を尽くすあいだにも、自前の回復力で、少しずつだけど、傷が治っていって。僕の出番なんか、なかったくらい。進化生命体というのは、すごいんだねぇ」
と、テホランは朗らかに言った。
まだ傷が完全に癒えたわけではないし、ひどく衰弱していて意識も戻ってはいないが、容態は安定しているから、ひとまずは大丈夫だろうと。
「二人のことは、僕が、見てるから、大丈夫。トアさんは、宴の主役だから、戻って、あげて」
「わかった。ありがとう、テホラン。よろしくね」




