39 いや食わないよ
「……トア、それ、は?」
小鬼の姉妹を集落へ運びあげると、ゼストが怪訝そうに訊ねてくる。
「ゴブリン、か? それも、食う、のか? 食えるところは、あまり、なさそうだが」
「いや食わないよ」
まぁ、彼にはほかの獲物と変わらなく映るだろうけど。
私だって、最初はただのゴブリンだと思ったのだし。
「この二人はそこで倒れてたの。ゴブリンじゃなくて、その進化生命体の小鬼で、どうも姉妹みたい。妹を助けてって、お願いされたから」
「そう、か……おまえが連れて、きたなら、いい。にしても、ひどい怪我だ。テホラン、呼ぶ」
テホランとは、この集落にいる、唯一の医者だそうだ。
医者といっても多少の知識がある程度で、治療も民間療法くらいのものだが、それでもこの集落で怪我や病気のことをよく知っているのは彼だけである。
「うん、お願い」
それから、宴会場にいたテホランをゼストが連れてきて、診療所となる彼の家へと小鬼の姉妹を運び込んだ。
テホランはふくふくとした狸人のおじさんで、常に柔和な笑みを浮かべている。
恵比寿様をほうふつとさせる御仁だが、ベッドに寝かせた姉妹を診る彼の表情は険しい。かなり深刻なことがうかがえた。
「どう? 二人は助かりそう?」
「どう、だろう……いかんせん、この、重傷。小さい子のほうが、より深刻、だけれど……やれるだけ、やってみる、よ」
ほかの獣人たちよりもずいぶん言葉が流暢なテホランは、そう言いながらもすでに手を動かしている。
彼の家には本棚があって、数冊ほど本が並んでいるし、彼は知識がある分、言語能力も高いのだろう。
「うん、お願い。あとで焼いたお肉持ってくるね。食べるでしょ?」
「ありがとう、ねぇ」
優しく笑んだテホランに姉妹のことを任せ、私は宴会場へと戻る。
◇
私が狩ってきた大量の魔物はすべて解体されていて、とれた肉はすべてシンプルな焼肉になっていた。
最初に振舞われたものを見てもわかるように、獣人たちには基本的に料理という概念自体がないようで、調理するといっても焼く程度なのだ。
ちなみに、かくいう私も料理はからっきしである。
独り身だから食べるのは自分だけだし、食費を節約しなければいけないほど困窮していたわけでもなかったので、やろうとすら思わなかった。
何より、料理という行為自体に興味も意欲も湧かない。
まぁ、やってやれないことはないだろうけど。
昔からぐーたらな私だが、母が料理をしているときの手伝いくらいはしたことがあるから。
凝ったものは無理でも、煮るとか焼くとか、おおざっぱなものくらいならいけると思う。たぶん。
時勢柄、外食や中食、出前なんかで、美味しいものだけじゃなく栄養バランスを考えた料理だっていくらでも食べられるわけで。だから、特に料理ができる必要なんてなかったわけだ。
惜しむらくは、調味料のたぐいがないことだが……しかしそんな、本当にただ焼いただけの肉でも、あのときのリューリたちと同じく、獣人たちは美味い美味いと貪るように食べていた。
涙を流していたり、感極まって吼えている者もいて、宴会場が異様な熱気に包まれている。ちょっと怖いくらいだ。
「みんな、すごい食べっぷり」
「肉は、本当に、貴重だからな。特に、新鮮な生肉を、焼いたものは」
獣人たちの、やや怖くもあるが気持ちのいい食べっぷりに感心していると、私の隣にきたゼストがしみじみと言った。
そんな彼もまた、焼肉が山盛り盛られた皿代わりの大きな葉っぱを抱えている。
「戦える人はいないの?」
「いる。が、ここらの魔物を、ひとりで狩れる者、いない。戦士でも、全員で狩るのが、やっとだ。防衛や、警備もある。あまり、危険は、冒せない」
まぁ、そうか。
ここに集まっているのが住人のすべてなら、総数は二百人いるかいないかといったところ。
樹上とはいえ脅威がまったくないわけでもなく、全員が戦えるわけでもないとなれば、うかつにそちらへは戦力を投入できないだろう。命の危険があるのに。
「不自由と、思うだろう?」
「そうだね。でも、あなたたちは、この環境に守られてる」
「そうだ」
道中で、リューリたちに集落のことは軽く聞いていた。
この危険地帯こそが、獣人たちを狙う人間から彼らを守っている。強い魔物がいるからこそ、人間たちはそうそう踏み入ってこられない。だから獣人たちはここに住んでいるのだ、と。
いや……ここへと追いやられた、と言ったほうが正しいのか。
人間よりも断然、数が少なく、立場が弱く、排斥され、どころか捕まって売られるような身の上だ。住む場所など好きには選べない。最低限の尊厳を守り、生きていくためには、住む場所を選んでなどいられない。
不自由ではあっても、現状、ここだけが彼らの唯一暮らせる場所なのだ。




