3 あぁ、神は神でも邪神のたぐいね
そこは、いかにも一昔前のRPGダンジョンといった石造りの通路だった。
後ろを見れば行き止まりで、道もなければ階段もない。あったはずの入口も見当たらなかった。すなわち――出られない。
私はがくりとその場にくずおれた。
「誰か、嘘だと言って……こんな、こんなことって……」
【隠しダンジョン:封罪宮『怠惰』の攻略を開始します】
頭の中に、ゲームアナウンスのごとき無機質な音声が響く。
「攻略を開始します、じゃないよ!! なに勝手なこと言ってんの!? 私はそんなの望んでない!! ここから出してよ!!」
抗議するも、アナウンスはうんともすんとも言わない。
けれど、
『――観念するんダナ』
代わりに別の声がした。
『オマエは挑戦権を受け取り、その権利を行使しタのダ。もはヤ、ボスを倒さナイかぎり、ここからハ出られナイ』
ところどころ微妙にイントネーションがおかしいというか、妙にカタコトっぽいしゃべり方をする声だ。
聞き取りにくさはあるけど、まぁ聞き取れないほどではない。
「挑戦権ってなに。そんなもの、使った覚えもなければ、受け取った覚えもまったくないんだけど」
『あの魔物から出た石ダ。アレがなけレバ、この隠しダンジョンには入れナイ。アレを手に取ッタというコトは、すなわち挑戦権の行使と見なさレル』
「強引すぎる!!」
そんなの知らなかった。ただ気になって手に取っただけだ。
きれいな石が目に入ったら、誰だってとりあえず手に持って眺めるだろう。ただそれだけのつもりだったのだ。
しかも挑戦権って、ただの権利だよね?
こっちの意思に関係なく、手に取った瞬間に行使されるなんて、理不尽にもほどがあるでしょ。
『隠しダンジョンへの挑戦権ハ、なかなか得らレるモノではナイ。とてつモなく幸運で、栄誉なコトなんダゾ?』
「そんな幸運も栄誉もいらないよ。リアルダンジョンの攻略なんて望んでない。私は平和で怠惰な日常を心の底から愛してるの。普通に平凡に自堕落に生きて死にたいの!」
『オマエのドコが、普通で平凡か。戦闘民族でもナイのに、いきナり現れタ魔物と戦ッテ勝てる奴ナド、いはしナイ』
「……そりゃまぁ、ゲーマーだからね、私」
私がやっていたのはフルダイブ型のVRゲームだ。廃人ってほどではないけど、ヒキニート歴が長いのでそこそこ年季が入ってる。
フルダイブVRは電脳。脳が覚えていて体さえついてくるなら、ゲーム内での動きを現実でも再現することは可能だ。
『なンにせヨ、オマエの選択肢は二つダ。ここデ何もせず魔物に殺されテ死ぬか、強さを得タうえでボスを倒シここかラ出ルか』
……そんなの、実質一つじゃないか。
何もしないで死ぬくらいなら、戦って死ぬほうがまだいい。
もちろん、死ぬつもりなんて毛頭ないけれど。
「わかったよ、わかりましたよ。やればいいんでしょ、やれば」
こうなったら何がなんでも攻略してやる!
◇
「で、あんたはいったいなんなの?」
いまさらだが、私はいったい何と話しているのか。
『俺はオマエらが神と呼ぶ存在ダ』
「はぁ? 神ぃ? ……あぁ、神は神でも邪神のたぐいね。それなら納得だわ」
『俺は正真正銘、善なル神ダ』
「善い神様が一個人にこんな理不尽なことしないでしょ」
とんだ冒涜だよ。
『そンな善なル神からの、特別サービスダ』
だから誰が善なる神だ。
「特別サービス?」
『オマエの姿を、オマエがやッテいたゲームとやらのデータから引っ張ッテきた容姿に変えテおいテやッタ』
「ゲームデータから引っ張ってきた? なにそのSF的ファンタジー。そんな超常的な所業を、さも普通のことのように言わないでもらえる?」
『オマエ、控えめに言ッテ不細工だッタからナ。アリガタく思え。そしテ、俺を崇め讃えヨ』
「否定はできないし自覚もしてるけど、さも世の摂理を説くがごときストレートな罵倒はやめてくれる? 一応傷つく心はあるんだよ、私にも」
控えめって言葉の意味、わかってないでしょ。
いや、たしかに醜女寄りのモブ顔だし、体型もぽっちゃり系だけども……ぽっちゃり系だけども!
突然、目の前に全身鏡みたいなものが現れた。
確認するまでもなく、邪神の仕業だろう。
そこに映る私は、たしかに別人だった。だが見慣れたものでもある。
録画機能やスクショで見慣れたキャラクターアバター。キャラメイクだけに半日もかけた渾身の力作。課金ツールを購入して細部まで徹底的に作り込んだそれ。
外見年齢は、元の姿よりだいぶ若返った十六、七歳くらい。
白磁のような肌に、瞳はアメジストのごとく。現実世界じゃちょっとお目にかかれない自然なストロベリーブロンドの髪はキューティクルが艶めきを放ち、顔面にいたっては女の子なら誰もが憧れるだろうお人形フェイス。
とても三次元の自分の容姿とは思えない。
これが、新しい現実のわたし……
「ってごまかされないよ!? 誰が崇め讃えるか!! 恩着せがましく言っちゃってるけどあんたでしょ誘拐犯!! 容姿うんぬん以前に帰らせてよ!!」
『言ッタだロウ、俺ではナイ。オマエが挑戦権を行使し、ダンジョンがオマエを挑戦者と認めタんダ。帰りタけれバ、ボスを倒す以外にはナイ』
私がここへ放り込まれた直後に話しかけてきた奴の言葉を素直に信じるほど、私は純粋でも単純でもない。
しかし、その言い分が真実だろうと偽りだろうと、私が元の世界の元の生活に戻るためには、やっぱりダンジョンを攻略しないといけないようだ。