29 こっそりとんずら
「ぐッ……ガッ……ッ……」
リミットまであと十数秒というところで、決着がついた。
それをした自分で言うのもあれだけど、全身をめっためたに斬り裂かれ、血まみれになった悪魔が、ぐらりと前のめりに倒れ込む。
「……ッ、そ……強ぇ、なぁ……おま、え……」
「あんたに褒められても嬉しくないよ」
「……ハッ…………」
倒れ伏した悪魔の双眸から、生命の輝きが消え失せる。
それでも、しばらく戦闘態勢を解かずに様子をうかがっていたが、悪魔が再び動き出すことはなかった。
それを確認したあとで、ようやく構えを解いて息を吐く。
それから、スロースコクーン・モード『パワードスーツ』をコマンドでもって格納した。
「あー、疲れたぁ……」
権能を使ったことによる負荷と反動が、肉体および精神の疲労とともにのしかかってくる。
いますぐシェルターにこもって泥のように眠りたい気分だ。最低でも丸一日はごろごろぐーたらしたい。ものすごく、切実に。
だがそれが叶うのはもう少し先だろうとも、わかっていた。
「――トアっ!!」
振り向くと、レーナが駆け寄ってきていて、さらに感極まったのか飛びついてくるので、疲れた体をどうにか動かして受け止める。
ここで倒れないだけの意地と根性は、私にもあるのだ。
「すごいわ、トア!! あんな強いのを本当に倒しちゃうんだもの!! 怪我はない!? 大丈夫!?」
「うん、大丈夫だよ」
「そう、よかった……」
胸をなでおろしたあとで、さらに力を込めて抱き着きながら、レーナは深く深く気持ちのこもった声音で言う。
「……ありがとう、トア。あなたは、私の、私たちの命の恩人だわ。本当に、本当にありがとうっ」
「気にしないで。自分のためにやったことだし」
たしかにレーナたちを死なせたくなかったからというのもあるが、その根幹にあるのは自分可愛さなのだ。
自らに降り注ぐ厄災を、自ら払っただけ。
彼女たちが救われたのは、所詮はそのついでにすぎない。
「それでも、よ」
その笑顔を見れただけで、私はじゅうぶんだ。
と、そのとき――会場後方の扉が勢いよく開かれた。同時に、万全に武装した集団がなだれ込んでくる。
扉の前まで来ていたとシウカが言っていたから、そろいの武装を身につけた彼らは間違いなくレーナの家の騎士たちだろう。
扉を封じていたのは悪魔だった。魔法というのは大抵、施した術者が死ねば解けるらしい。悪魔が死んだから、必然的に扉に施された術が消えたのだ。
「なっ……」
「こ、これは……いったい、何が……」
解放された扉を開いて威勢よく踏み込んできた騎士たちだが、会場内に広がっていた凄惨な光景にそろって足を止め、驚愕とともに慄く。
誰にも予想できなかったイレギュラーな展開だ。こんなことになっているなどと彼らは思いもよらないだろうから、それも当然のことだった。
そんな騎士たちの中からひとり、抜け出してきた女性の騎士が、状況の把握というより、何かを探すようにしてしきりに首を振っている。
そしてその視線が、こちらを――レーナの姿を認めた。
「っ、レーナ様!!」
「シェイヴィ!」
駆け寄ってくる女性騎士シェイヴィのもとへ、レーナもまた、すっかり回復しデーモンを相手にしていた従者シウカを連れて走っていく。
その瞬間、二人の意識が――完全に私から外れた。
それを好機として、気配を消した私はそそくさとその場をあとにする。
もとよりこれ以上、貴族とも騎士とも関わり合いにはなりたくなかった。
だから、レーナたちの意識が私から逸れたことは、本当に好都合だった。
ほかの捕まっていた子たちのことは、彼らが保護し、適切な対応をしてくれるはずだから、心配しなくていいだろう。
というわけで私はひとり、こっそりととんずらしようと思ったのだが……なんか後ろからついてきた。
捕まっていた内の四人だ。
スロースコクーンを展開したときにモニターに映っていた獣人の少女が三人と、特徴的な長い耳を持つ、おそらくはエルフだろう少女である。
「……私についてきたって、どうにもならないよ? 貴族家に仕える騎士たちが来てるんだから、彼らに保護してもらいなよ」
足を止めることなく、肩越しに見ながら言うと、おそらくはもともと知り合いなのだろう獣人三人娘が互いに顔を見合わせる。
そして代表するように、銀色の耳としっぽを持つ、たぶん狼の獣人だろう闊達な少女が口を開いた。
「騎士、人間。わたし、たち、獣人。獣人、人間、敵」
ずいぶんと言葉が拙いな。年齢的にはもっと話せてもおかしくなさそうだけど。
けれどもまぁ、言わんとすることは理解できた。
この世界における人間と獣人は、そういう関係性なのだ。
人間だから人さらいのターゲットにならないということもないようだが、優先されるのは獣人などの、いわゆる亜人種らしい。亜人は立場が弱いのだろう。
「でも、レーナもいるし。たしか、彼女とは話をしてたよね? 彼女がいれば、悪いことにはならないと思うよ」
「レーナ、いいひと。でも、ほか、わからない……」
ぺたりと耳を伏せる銀狼少女。しっぽもしゅんと垂れ下がっている。
まぁ、人間に捕まって売られかけたのだから、いくら獣人を差別しない人間がいるといっても、不安に思うのは当然か。
なんにせよ、そういうことなら仕方がない。
ここで彼女らを放置していくなんて、さすがの私も良心が咎める。
良心が咎めることをすると、のちのぐーたらに差し支える。
「わかったよ。案内してくれるなら、家まで送ってく」
こくりとうなずいて、銀狼少女はぱっと笑みを咲かせた。
ぶんぶんと千切れんばかりに振られる尻尾が可愛らしい。
ついもふもふしたくなるのは、もはや人の本能だろう。




