25 影の契約
連投①
「私なら大丈夫だから――……」
レーナを宥めつつ袖を掴む手を外そうとしたとき、ふと悪魔がこちらを見た、気がした。
横目に流されただけの、ともすれば動き回る中で素通りした程度でしかなかったけれど……いや。やっぱり気のせいじゃない。
あいつは私たちを視認した。認識した。
そう確信したのと同時、悪魔が動く。
おぞましい魔剣を片手に、唇を愉しげに吊り上げて、まっすぐこちらへと向かってくる。
私はとっさにレーナたちの前に出るが、それよりも早く飛び出す影があった。
軽装だがしっかりと武装した、艶やかな黒髪をなびかせる女性だ。
「シウカ!!」
ぱっと表情を明るくしたレーナが叫ぶ。
どうやら知り合いらしいが……どこから出てきた?
そんな私の疑問はよそに、シウカと呼ばれたその女性は、武器を持っていないほうの手を懐に入れる。
さっと素早く抜き出されたその手に握られていたのは、白い球体だ。
彼女はそれを、見事な投球フォームで悪魔へと投げつけた。
それなりの速度でもって飛来するそれを、悪魔は剣で斬り払おうとして、直前でやめる。横にずれての回避を選択。
おそらく何か直感がはたらいたのだろう。斬るのは駄目だと。
しかし結果として、回避も無駄だった。
「!?」
悪魔が回避行動を取ると同時に、白球が破裂したのだ。
たぶん、時限でも破裂するたぐいのものだったのだろう。
爆弾ではないようだが、すさまじい暴風が弾け、悪魔はもと来た道を押し返されていった。
こっちにも余波がきて髪が弄ばれる。
「レーナ様、ご無事ですか!?」
「えぇ、私は大丈夫! 騎士たちは!?」
悪魔から視線を外さず、もう一本の小剣を抜いて構え、シウカは答える。
「もう扉の前まで来ています! ですが、扉が開かないことにはどうにもなりません! というか、この状況はいったい!? なぜデーモンと悪魔がこんなところにいるんですか!」
「私たちもよくわからないわ! たぶんだけど、商品の中に召喚アイテムがあったのだと思う!」
「事故か、故意か……扉の封鎖も、アレのせいですか……」
きれいな顔をしかめ、唸るように呟くシウカだが、一方の悪魔はすでに体勢を立て直し、破壊された座席を蹴りつける。
「とにかく、アレは私がなんとかします! レーナ様たちは奥へ退避を!!」
そう口早に告げて、シウカは悪魔のほうへと向かっていった。
だがしかし、レーナは動かない。引きとめこそしなかったが、心配と不安をないまぜにした眼差しを従者の背中に送っている。
優秀な従者、とレーナは自慢げに、誇るように言っていたが、そこには戦闘力への信頼もあるのだろう。しかし、相手が相手だ。信頼していても、不安になってしまうのは仕方ない。
けれど……
「レーナ、行こう」
私はそっと、彼女の背を押した。
「トア……でも」
「ここにいれば、彼女の邪魔になる」
会場は広いとはいえ、巻き込まれない保証はない。
悪魔が標的を変える可能性もあるし、そうでなくても戦闘の余波がおよぶ可能性だってじゅうぶん以上にある。
「……わかった」
彼女は歳のわりに聡明だ。だから、私があえて言わずともそのことを理解し、それでも心配する気持ちを抑え、従ってくれた。
そうして私たちは、ステージ袖の部屋へと退避したのだった。
――出品される予定だった商品が収められた、その部屋へと。
◇
シウカは影の一族だ。
影を使った特殊な術を使うことができる。
その術の中の一つに『影の契約』というものがある。
それは、ただ一人を定めて契約し、その相手と己の影とをつなぎ、渡ることを可能とする術だ。
シウカはレーナとその契約を交わしている。
ゆえにこそ、レーナがどこにいても影を通して把握できるし、こうして即座に駆けつけることができたのだった。
いまでは、とある事情からバラバラになってしまった一族。シウカもまたひとりとなり、死にかけているところを、運よくレーナの父に拾われた。
彼にこそ、シウカは大恩がある。その彼が「命がけで守れ」と言って、シウカをレーナにつけた。
だから、シウカは死んでもレーナを守らねばならない。――否、守りたい。
最初は命令されたがゆえだったが、いまではレーナ自身をシウカは好いている。
だからこそ、死んでも守る。そう、レーナと彼女の父と己自身に誓ったのだ。
(本当に、よかった)
自分が影の一族であったことに、今日このときほど感謝したことはない。
レーナに動かれてしまったこと、術の制約ゆえにそれを阻止できなかったことこそ痛恨の極みだが、その後の対応や追跡、そして場所の特定ができたし、影で渡れるからこうして会場に入ってくることができた。
レーナを殺されずに済んだ。
業腹ではあるが、レーナが商品としてオークションに出品される以上、傷つけられることはないはずで。だから、自分は組織を潰す準備に注力した。
そうして騎士らとともに駆けつけ、制圧し、会場までたどり着いたが、しかし扉は開かない。
何かあったのかと、そこであらためて影を通じ、レーナの様子を把握して――これまで生きてきた中で、もっとも肝が冷えた。
危なかった。自分があと少しでも遅れていたら、レーナは死んでいたのだ。本当に間一髪だった。




