23 なんて物騒なものを持ち込んでるんだ
連投②
「……騙された」
たどり着いたそこは、オークション会場のステージ袖だった。
あの男、伊達にこんな商売をしてる組織の人間じゃないってことか。
「おいおい、人間の商品はまだのはずだろ。誰が連れてきやがった?」
出品される商品の確認か何かをしていたらしい男が二人、私たちの存在に気づいて、訝しげに近づいてくる。
「うん? こいつらだけ……? まさかこいつら、檻から抜け出してきたのか?」
「誰かヘマでもしやがったか。ちっ、面倒くせぇな」
まぁ騙されてしまったものは仕方ない。こいつらを伸して引き返そう、と攻撃姿勢に移った、そのときだ。
「「――??」」
男たちの背後を、何かが高速で横切った。
一拍置いて、二人が真っ赤な血をしぶかせ、前のめりに倒れ込む。
「ヒヒャヒャヒャヒャッ!」
その向こうに、異形の怪物がいた。
かぎりなく人に近い形をしているが、全身の肌は黒みがかった紫色で、腕と脚がいやに細長い。
股の下から見える鞭のようなそれは、おそらく尻尾だろう。
面長な顔面には、血のように赤い眼が四つ。潰れた鼻に、先の尖った耳、側頭部からは歪に捻れた角が生え、大きく裂けた口は嗜虐の笑みを描いて不快な嗤い声を響かせる。
見せつけるようにしてかざされた長い爪にべっとりと付着し、先端から滴っている赤い液体は、間違いなくあの男たちの血液だ。
すなわちそれは、いましがた男たちを切り裂いたのがこの異形であるという、これ以上ない証左だった。
「……悪魔?」
『いヤ、コイツはデーモンのほうダナ。魔界に生息すル魔物ダ』
魔界とは、つまるところ異界だ。
主に悪魔と魔物が住んでいるらしい。
一応、この世界に付属してはいるものの、二つの世界同士は完全に隔絶されているため、双方間の行き来は基本できない、ということなのだが……
(行き来のできないはずの魔界に住む魔物が、なんでここにいるの)
『一時的、限定的に互いの世界をゲートでつなげ、一方的に呼び寄せルことのデキるアイテムが存在すル。いわゆル召喚というヤツだナ。大方、商品の中にあッタモノを誰かが使ッタか、誤作動でモ起こしタのダロウ』
なんて物騒なものを持ち込んでるんだ。
はた迷惑にもほどがある。
◇
結論から言って、デーモンはいまの私の相手ではなかった。
数回の攻防を経て、がら空きとなった胸部に拳を突き込む。……文字どおり。
突き込まれてしまった。貫通してしまった。
拳を引き抜くと、おびただしい量の血がボタボタとこぼれ落ち、ぽっかりと風穴が空いている。
微妙に向こうが見えて、なんとも言えない気分になった。
「……ト、トア……あ、あなた……」
子供たちが怯えた様子で身を寄せ合い、さーっと距離を取る。
さもありなん。自分の所業に一番引いているのは、私自身だ。
私より弱いといっても、個体として見れば決して弱くはない。
だから万一を考え全力でいった結果が、胸の風通しがすこぶるよくなったデーモンの死体なのだった。
まぁいい。自分でドン引きしても周囲にドン引きされても、生きているならそれでいいのだ。死んでないなら、そんなものは些事なのだ。
それよりも……
「デーモンがこの一体だけとは思えないんだよねぇ。嫌な予感がビンビンする」
と呟いた直後、複数の悲鳴が耳をつんざいた。
出どころは会場のほうだ。
陰からそっと覗いてみれば、やはりというべきか、ほかにも召喚されていたらしい数体のデーモンが客席のほうで暴れまわっている。
「ひぃっっ……!! なんだこの化け物はっ……!?」
「やめろっ!! 誰か、従業員!? なんとかしろっ!!」
「逃げろ、逃げろーっ!! 私はまだ死にたくないんだっ!!」
「そこをどけ!! 私が先だ!!」
まさしく阿鼻叫喚。蜘蛛の子を散らすようにして、我先にと逃げ出す客たち。
客たちはみな、貴族や、相応の立場にある人間なのだろう。仕立てのいい衣装を着て、きらびやかな装飾を身につけた男女が、悲鳴や怒号を上げながら、押し合いへし合い会場後方の扉へと殺到する。……が、
「お、おいっ、開かないぞ!?」
「どうなっているんだ!? 外から鍵でもかかってるのか!?」
「いやぁ!! 開いて、開いてよお!! 私をここから出してぇ!!」
なぜか扉は固く閉ざされ、そうこうしているうちに、デーモンたちの攻撃によって死傷者が出始める。
しかし、ここにいるのは全員、法に触れた犯罪者。オークションを開催した組織はもちろんのこと、違法な商品を買い求める客たちもまた同罪だ。
デーモンの召喚は想定外のことだろうが、それで彼らが死んだとて、ある種の自業自得。私が彼らを助ける義理もない。
見ず知らずの赤の他人だし、何より、こちらはそんな連中に売買されようとしていた被害者なのだから。けれど……
「こっちもか」
私たちも逃げられなかった。
ステージ袖から通路に出る扉も開かなくなっていたのだ。
『物理的なモノでハなく、術によるモノダ。こちらも術でもッテ解除すルか、もしくは術者を倒さナイかぎり、解けるコトはないダロウ』
私には、そもそも魔法のたぐいは使えない。
実質、選択肢が限定されたことにげんなりする。




