2 このまま封印だ、封印
自宅にダンジョンの入口が出現した系の小説は、何作も読んだことがある。主にネット小説だが、わりと好きな題材だ。
しかしそれはフィクションだからこそ。読む分には面白い。わくわくできる。けれども、それが現実で自宅に出現したら?
「いや入るわけないでしょ、普通に考えて」
なまじサブカル知識があるから、ダンジョンが危険な場所だなんて一般常識レベルで知っている。
物語で読む分にはいい。ゲームで攻略する分にもいい。むしろ嬉々として挑む。
でも、リアルに命を落とす可能性があるとなれば、誰が好き好んで飛び込んでなどいくものか。
私は命が惜しいのだ。
そういうのは、命の危険のない物語やゲームでじゅうぶんである。
「このまま封印だ、封印」
私みたいな人種にとって、ネット通販というのは至高のツールだ。
徒歩圏内のスーパーやコンビニくらいになら出てもいいけど、電車に乗るような外出は論外である。
残念ながら、ホームセンターは徒歩圏内にない。
木板やら工具やらを速配で注文、翌日に届いたそれで、隠しダンジョンとやらの入口をきっちりと、厳重に塞いだ。
でかい穴がすでに空いている時点で、ネジの穴なんて誤差だろう。
それからは、いつもどおりのぐーたら生活を送り、そんな日々が至極幸せで、しばらくしたら穴の存在を忘れた。……が、それは唐突に起こった。
◇
ある夜のことだ。ガンガンと、何かを叩くような音で目が覚めた。
(……え、なに? なにごと? 泥棒? ストーカー?)
この部屋には私しか住んでいないのだ。
室内の暗さもあいまってさすがに恐怖を感じ、とりあえずありえそうな可能性を胸中で並べつつ、そろりとベッドから降りる。
そうして抜き足差し足で音源へと向かえば……そこはクローゼットの前。
取っ手を握り、思い切って扉を開く。
「あぁ……そういえば、ダンジョンの入口があったんだっけ」
木板で塞いでいたのだが、それがあたかも内側から殴打されているようにして震えている。
そして次の瞬間、木板が弾け飛び、中から毛むくじゃらの怪物が姿を現した。
ファンタジーでは定番の、コボルトそっくりの異形が。
「ちょっ……!?」
棍棒で殴りかかってきたのでとっさに避け、
「なに人の部屋に勝手に入ってきてんのっ!?」
折り曲げて力を溜めた脚を勢いよく伸ばして、棍棒を持った怪物の手を思いきり蹴りつける。
「ギャイッ!?」
犬頭の怪物が悲鳴を上げ、その手から棍棒が離れ落ちる。
それを即座に拾い上げ、振りかぶり、躊躇なく殴り倒した。
◇
「はぁぁぁ……」
額に浮いた汗を拭い、大きく息を吐く。
「……なんとか倒せたけど、やっぱゲームみたいには、いかないよね……」
相手が一撃の殴打で死ぬくらいに弱くて助かった。
「うぅ、体、重ぉ……いまのだけで、息も上がってるし……少し、運動量、増やそう……ダイエットしよう……」
なんて、明日には忘れているだろう一時の決意を口に出しつつ、一撃で息絶えたコボルトらしき怪物を見下ろす。
すると、死体が目の前で黒い靄となって消えていく。
あとには、小さな虹色の水晶が転がっていた。
「これ、魔石ってやつかな? にしては、やたらきれいだけど」
摘み上げて眺める。……が、それが罠だったのだ。
私はごくごく自然な目のはたらきとして、瞬きをした。
その一瞬で、目の前の景色ががらりと変わっていた。
「――は?」
立っているのはフローリングの床ではなく、石の床で。
「はあっ!? 嘘でしょ!? 強制イベント!?」
私は……ダンジョンの中にいた。