13 『怠惰』スロウス・アーマファオル
私の目の前には、いかにもな意匠の大きな扉がたたずんでいる。
いかにも――そう、あまりにも〝ボス部屋につながる扉〟といった両開きの、複雑で繊細な模様が刻まれた、見るからに重厚そうな扉だ。
それは道中には見かけることのなかったもの。何よりここが、このダンジョンの最下層――十層の最奥であることが、その先に待っているモノを確信させる。
「ついにボス戦か」
『あァ。そうダ』
私はついに、ダンジョンボスのもとへとたどり着いたのだ。
存在位階はじゅうぶんに上げた。この階層の魔物は難なく倒せるようになった。ゲーム時代よりも動きは洗練されたと思う。
休息も回復も済んでいるし、腰のポーチにはこれまでに獲得したポーション類も入ってる。アウルベアブレードの予備も用意した。――問題ない。
ちなみに、腰のポーチもブレードの予備を差しているベルトも、魔物ドロップの皮から作ったものだ。
もちろん、作ったのは邪神である。知識もなければ道具もない私が加工できるはずがない。『神使いが荒イ……』と何やらブツブツ言っていたが、やっぱりなんやかややってくれるのだ。
とそれはともかく――これで最後だ。これが終われば、元の世界に帰れる。
勝って生き残れればと注釈はつくが、負けるつもりも死ぬつもりも毛頭ない。
「よし」
一つ気合を入れて、扉に触れる。――そこでふと、扉の右脇にあるものが目に入った。
台座のようなものに立てられた、おそらくは金色をした剣だ。
刃こぼれはなく、錆が浮いているわけでもないが、全体的にくすんでいて、立派な剣だろうに、武器特有の覇気がまったく感じられない。
「まぁいいか」
よくわからない剣からはすぐに意識を切って、あらためて扉に手をかけて力を込めると、重々しい音を立てながら押し込まれ、あとは勝手に開いていく。
ゴゴゴゴゴ……とゆっくり開かれていくという、こういった演出もまた、いかにもという感じだった。
完全に開き切ると、中の様子が見える。
かなり広大な空間だ。向こうの壁まで、どれくらいの距離があるのかはわからないが、古き良きRPGダンジョンっぽい内観や雰囲気は変わらず、中央にとても存在感のある巨大な樹木が鎮座していた。
巨大な一本の樹というより、何本かの樹が幹をねじり合わせて一本の大木になっている、といったほうが正しいか。
低めの位置で枝分かれし、その根元――ちょうど何かが乗ってくつろげるようなスペースになっているそこに、そいつはいた。
「……ナマケモノ?」
少なくとも、ベースはそうなのだろう。サイズは三メートル近くありそうだし、背中側に黒い装甲みたいなものを備えているが、目のまわりの特徴的な模様と顔立ちはナマケモノそのものだ。
『アレが封罪宮『怠惰』のボス、スロウス・アーマファオルだ』
道中の魔物も怠惰なら、ボスが怠惰なのはむしろ必然。
ナマケモノのイメージもあいまってなんとも気が抜けてしまいそうになるが、怠惰な手合いには、もう嫌になるくらいに慣れた。
逆に気を引き締め、神経を尖らせつつ、私は部屋の中へと踏み込んでいく。
完全に入口を通り抜けると、再び扉がひとりでに動き出し、バタンと重厚な音を立てて閉じられる。
戦闘が終わるまでは、もう開くことはないのだろう。
『いヤ。オマエは戦闘が終わルまデここカラ出るコトはできナイが、扉自体は開くゾ。外かラ入ッテくるコトはできルのダ』
それは、なんとも妙な仕様だな。普通、扉が閉まるタイプのボス部屋は、外からも開かないものだけど。
(でもそれなら、あとから来た人が扉を開けたときに出ることはできそうだね)
『ソレは無理ダ。ボス部屋に足を踏み入れタ時点で強制力がはタラく。扉の開閉に関係なく、出ラレなくなルのダ』
本当に変な仕様だ。そんなの、ボスが不利になるだけだろうに。
ま、いまは私ひとりしかいないし、あとから別の挑戦者が入ってくることもないのだけど。
つまりは、やっぱり私はもう、ボスに勝利することでしか、ここから出るすべはない。
「――――」
わかっていたことだ。ここへきて、いまさら動揺も怖気もない。
ボスに勝つために、徹底的に鍛えてきた。準備もしてきた。
「――――」
アウルベアブレードを手に、一歩一歩、正面から巨樹のもとへ近づいていく。
そして何歩目かを踏み出したとき――うなじのあたりに、ピリッと静電気のようなものがはしった。
直後、スロウス・アーマファオルの、閉じられていた瞼が持ち上がる。
やはり気だるげで半分しか開かれていないが、その半分覗く黒い双眸が私を敵と認識したのを理解した。
同時に、装甲の突起から何かが勢いよく撃ち出される。
すわ攻撃かと身構えるが、どうも違ったらしい。
撃ち出されたそれらは広間の床へとめり込み――次の瞬間、メキメキと音を立てながら植物を生やす。
細身でしなやかさがあるが、茶色いそれは樹木だ。
幾本ものそれが、スロウス・アーマファオルの周りを覆っていく。
中にスロウス・アーマファオルをおさめ、何重にも、まるで繭のように。
それが終わると、今度はその周囲から同じように樹木が突き出し、幾本かが絡み合い、束ねられ、一本の槍と化して襲ってきた。
「っ」
一本や二本どころではない。複数の樹槍が次から次へと放たれ、前進を阻んでくる。
それらをかわし、アウルベアブレードで受け流す、または斬り捨て、踏みつけ、上に跳んで回って回避。
走り、スライディングで下をくぐり、横に飛んでステップステップステップ、しゃがんで転がって、バックステップ。
戻って跳んで、踏みつけて走って、かわしていなして、戻されては前進、かいくぐって、また進む。――が、
「手数多すぎ……!!」
なかなか前に進まない。進めない。
近づくなという強い意思が伝わってくる。
おれのぐーたらタイムを邪魔するなと、これまで遭遇した魔物以上に強い意思と敵意――いや、殺意が、これでもかと伝わってくる。
「でも、ねぇっ……!!」
それでもやっぱり、気持ちは私も負けないのだ。
これはいわば、ぐーたらにかける想いの勝負といっていいだろう。