1 なんか『ゴゴゴゴゴ』のオノマトペが見えるような気さえする
「あー……体が重い、動くのだるい……」
VRゲームのハードを頭から外しながら、毎度、私は思うのだ。
「この星には、なぜ重力なんてものが存在するのか……」
ゲーム終了直後の、いつもよりずしりと重く感じる体を捻り、うつ伏せになってうめく。
徐々に消えていく感覚ではあるが、この瞬間が私は心底、嫌いだった。
いやまぁ、VRゲームにもシステムとしての物理法則はあるのだけど、ゲームの中の私と現実の私とでは、あまりにもスペックが違いすぎるから。
「あー……ベッド最高……ぐーたら最高……自堕落生活マジ至福……一生こうして生きて、死ぬんだぁ……」
私はとても幸せ者だ。日がな一日をぐーたら過ごし、苦労ともストレスとも無縁でいられる。
旦那どころか恋人もいないし、両親もわりと早くに他界してしまったが、かなりの資産家だった二人は、私がニートでいてもじゅうぶん生きていけるだけのお金を遺してくれた。
いまのこんな私を見たら両親が悲しむんじゃないか、と周りは思うだろうけど、たぶん悲しまない。
そういう両親だったし、何より私はもともとこんなだから。
ともあれ、そんな両親には感謝しかなく、二人に深い感謝を捧げながら、私は今日もヒキコモリニートなぐーたら生活を送っている。
「ふぁ……ねむ。今日はもう、このまま寝ちゃおう……」
お風呂は起きてからでいい。たまにはちゃんと湯船に浸かろうかな。
そんなことを考えつつ、私は心の底から満ち足りた心地で眠りにつく。
……このときの私はまだ、この生活がずっと続くと信じて疑っていなかった。
それが唐突に終わることも知らず、のんきな顔で夢の世界へと旅立ったのだ。
◇
ヒキコモリで面倒くさがりの私は、買い物もほとんど通販で済ませてしまう。
けれど、食料品だけは近くのスーパーまで買いに出ていた。
「そろそろ補充しとかないとなぁ」
当たり前のことだが、いくらまとめ買いしたって、食べたり飲んだりしていればやがてなくなる。
こればかりは仕方がない。面倒だが、だからこそさっさと済ませるにかぎる。
部屋着のままでも気にしない私は、そのまま玄関を出ようとして――ぴゅうっと吹きつける冷たい風に身を震わせた。
「……今日は冷えるみたい」
上着を取りに戻った。
クローゼットを開け、目的の上着へと伸ばした手は、しかしそこで止まる。
視界に入った、あまりにも衝撃的な異物を、信じがたい気持ちで凝視した。
「……なに、これ」
クローゼットの床に、ぽっかりと穴が空いていたのだ。
正方形の四角い穴で、人ひとりが通れるくらいの穴だった。
「いや、ここ賃貸なんだけど」
当然、自分で開けるわけもないし、そんな覚えもなければ、私が仮に夢遊病とかで開けたのだとしても、こんなにきれいな四角形の穴なんて、なんの道具もなしに開けられるわけがない。
そうっと穴の中を覗き込んでみると……なんか〝いかにも〟な石造りの階段が伸びていた。
数秒、思考がフリーズする。
「…………うん、きっと疲れてるんだ私。これは幻覚。いつの間に寝ちゃってたのかなぁ? あはは、私ったらもう」
クローゼットの扉を閉め、ベッドにぼふんと横になる。
目をつむって、数分。むくりと起き上がり、再びクローゼットへ向かい、扉を開ける。
果たして、そこに穴は……あった。
「あれぇ? おっかしいなぁ、まだあるよ」
ぐしぐしと目をこすり、三度見。……まだ、ある。消えない。小さなクローゼットの中で、その穴は異様な存在感を放っている。なんか『ゴゴゴゴゴ』のオノマトペが見えるような気さえする。
「なんかものすっごく嫌な予感がするんだけど……いやいやまさか。そんなまさかだよねぇ。だってそんなの空想妄想創作における産物でしかないんだから、こんなリアルにそんな」
【隠しダンジョン:封罪宮『怠惰』が解放されました】
なんか聞こえた。
「…………」
とりあえず、穴は封印した。
でもこれ、退去するときどうなるんだろうね?