第5話
憎き仇が目の前にいる。私の理性は一瞬で吹き飛んだ。
右手を上げ、セクハラ皇太子に向ける。
「しえ!(死ね)!」
正直、復讐を我慢できたのは、わざわざ帝国まで赴けば、王国の家族や姫に迷惑がかかるし、あれ以来セクハラ皇太子とは会っていなかったからだ。
(ドラゴンよ、我に力を!)
だが、会ってしまった。顔を見た以上、もう止まれない。正直にいうと、私は魔王には怨みはない。なぜなら、わたしの友人知人や家族などの親しい人は、誰も魔王や魔王軍、魔族の被害に遭わなかったからだ。魔王討伐は女神の騎士としての義務だった。だが、この男は違う。この男を殺し、この男を野放しにしているガルディック帝国のこの宮殿を破壊して、臣下もろとも灰燼に帰してくれる。
「きくたーまーお(極大魔法)」
(私の怒りを、思い知るがよい!)
「ぷーらーとーこー!(プラチナムドラゴン)!」
この極大魔法プラチナムドラゴンは、ドラゴンの精霊をこの身に降ろし、私の魔力で白金に輝くドラゴンのバトルスーツを創成する。両手両足にはドラゴンの頭が装着され、同じく両肩からもドラゴンの頭が首をもたげる。
両手両足のドラゴンの頭は光のごとき速さで、はるか前方の敵を穿ち、両肩のドラゴンは自動で攻撃し、ブレスで広範囲の敵を薙ぎ払う。これは攻防一体、遠距離、近距離、不意打ち、すべてに対応する万能のバトルスーツを創成する極大魔法だった。
だが……
「いっいぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
声にならない悲鳴を上げて、私は頭を抱えながら寝台の上を転げまわった。
女神に言われたのに、怒りで忘れていた。こんな幼女の魔力で、極大魔法など使えるわけがない。
「う!」
吐き気がこみあげてきた。そして、私は瞬時に閃いた。
「う、げほっ」
呆然と寝台の前に立ち尽くすセクハラ皇太子の高価な靴めがけて、吐いてやった。
(ふっ、ははははは、やった、やったぞ、一矢報いてやった!)
私の吐しゃ物でまみれた足元をみながら、セクハラ皇太子が固まっていた。
私は激しい眩暈を我慢しながらセクハラ皇太子の顔を見上げて、引き攣った笑いを向ける。
(さすがのお前でも、こんな幼女に対しては、なにもできまい……)
セクハラ皇太子は、完全に自失していた。そうだろう、世界一の大国、ガルディック帝国の皇太子だ。こんなことはまかり間違っても、経験したことはないだろう。
私は、少し怒りが収まるのを感じながら、どんどん激しくなる眩暈をがまんする。
極大魔法を幼女の身で使おうとしたのは、あまりにも負担だったらしい。
「エラストゴン様、エリスは?」
柔らかい女性の声が聞こえた。耳に届いたその声に、またしても私の心は衝撃を受け、震えた。
(こ、この声は、まさか……)
私は首を捻り、声の主を見た。可憐な唇、やさしげな美しい瞳、なめらかな艶のある頬。私の記憶よりも少し大人びているが、まぎれもなく敬愛するレストランデの珠玉、マリアテーゼ姫だった。
(な、なぜ、姫が帝国に? それともここは王国で、皇太子が社交で来ているのか?)
疑問が沸いたが、すぐに答えを知ることとなった。
マリアテーゼ様は、吐しゃ物の臭いなど気にせず、セクハラ皇太子の手をとる。
セクハラ皇太子の意識が復活し、私の姫に優しく微笑む。
その微笑ましい様子を見て、私は絶望を感じた。
(ひ、姫様、そのような男の手をとってはなりません。まさか、まさか……)
そして姫は、クロッグ先生に聞く。
「クロッグ先生、私たちの娘は、どうしてしまったのですか?」
私の意識は、その一言で途絶えた。
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