第2話
「うっ」
私は、軽い頭痛と共に目を開けた。
(どこだ……)
薄暗い部屋だった。どうやら、夜らしい。私は、足元に視線を向ける。
布団が見えた。どうやら、寝ていたらしい。だが、私は驚きとともに身を起こした。
(なんだ、この立派な刺繍は……それに、この感触。とんでもないほどの高級布団だ……)
私は周囲を見渡す。細かい刺繍が施されたレースの天蓋が、張り巡らされている。
目を凝らすと、寝台の天井には、細かいが落ち着いた雰囲気の刺繍が施された布が張られていた。
(な、なんて高価な寝台に寝ているのだ……)
いったいぜんたい、私はどこのだれとして転生したのだと、不安になる。
(そう言えば、特別なはからいをしていただいたのだったな)
女神の一言を思い出し、(なにもここまで立派な家に、転生させていただかなくても……)と、恐縮してしまった。
そして私は、自分の手を見た。
(ち、小さい……)
小さな、ぽっちゃりとした手。まるで幼児の手だ。いや、私の知っている幼児の手より、若干ぽっちゃりとしている気がする。
布団をはねのけ、寝間着を見る。やはり繊細な刺繍が施された、レースの寝間着だった。
お腹を触ると、脂肪がたっぷりとついているのがわかる。
足先まで視線を向ける。それで、おおよその身長がわかった。
(小さい、小さすぎる。私は、いったいいくつの年で、目覚めたのだ?)
前前世、日本人だった私は、藤崎恵麻という名前で、女子大生をしていた。そして初めてこの世界にヴェスティーナ・フォン・ルデンブルクとして転生し、藤崎恵麻の記憶に目覚めたのは、八歳の時だった。
(この小さな体は、あきらかに一歳か、それぐらいの年齢の幼児だ……)
目覚めるのが早ければ早いほど、都合がよい。その分、鍛錬や準備などに早く取り掛かれるからだ。
だが、一歳とは……
(一歳の年齢なのに、大人の記憶を持つ子供……よほど取り繕わない限り、大問題になるであろう……)
一部の学者たちの間では、転生なるものがあるなどど言われているが、はっきりいって狂人扱いされている。実際にあるのだが……
転生者はいても、同時に存在するのは数人だ。だから、例え、自分は転生者だと言っても、だれも信じまい。私もヴェスティーナ・フォン・ルデンブルクであったときは、藤崎恵麻の記憶のことは一切だれにも話さなかった。
(さて、私は、だれとして転生したのだ?)
そう思い、記憶を探る。
(は?)
食べ物の記憶しかでてこなかった。あのお菓子はおいしいとか、あの野菜はきらいとか……
(はぁ……幼児など、この程度の興味と認識で当然か……)
生活していれば、そのうちわかるはずだ。
(記憶の中の豪華な食事と、このベッド、寝間着を考えるに、上級貴族か公爵か、もしくは、世界的な豪商の娘といったところか)
私は自分なりに答えをだすと、音を立ててベッドに倒れ込み、布団をかぶった。
「どうか、なさいましたか?」
私がベッドに倒れ込む音が聞こえたのであろう。若い女性がやってきた。
(不寝番だと……なんという財力だ……)
下級貴族であった頃には、そのようなものはいなかった。不寝番がいることに驚いたが、寝間着や寝台を考えると当然かと思った。
そして、ちょっと目が覚めただけと言おうと考えたが、興味の方が勝ってしまった。
このとき、私は下級貴族としての考え方しかできなかったのだ。自分の一言が、なにを引き起こすか考えもしなかった。
(知りたい、知りたい。とりあえず、名前だけでも……別に、聞いても問題ないだろう)
だから、起き上がり、天蓋を払い、女性の顔を見る。そして、口を開いた。
「わわしのなーめは?(私の名前は?)」
(しゃ、喋りずらい……なんて、舌足らずな口だ……)
ハッキリと発音できないことに私はイラっとしたが、女性はそうではなかった。しゃがみ、顔を近づけ、私に視線を合わせてくる。そして、優しく声をかけてきた。
「どうされました、姫様?」
(ひ、姫様だとぉぉぉぉ~!)
私は驚いた。この「姫」という呼称がゆるされるのは、この世界では一国の頂点の家系だけだ。それも直系の。分家では許されない。もちろん公爵家であろうとも。だから私は、驚きのあまり聞いてしまった。
「わわしはたーれた?(私は誰だ?)」
女性は、首を傾げ、私の顔を見ながら、私が言った言葉を反芻する。舌足らずな幼女の言葉だから、すぐには理解できないのだろう。
「わわしはたーれた、わわしはたーれた……私は、誰だ……ひぃ」
女性の顔が恐怖で引き攣った。そのまま私の顔を見ながら、立ち上がる。
一歩二歩と後ずさりし、扉に向かって一目散に駆ける。大きな音がでることなど気にせず、扉を勢いよく開けると、叫んだ。
「誰か、誰かぁぁぁぁぁ! ひ、姫様、姫様、ご乱心!」
大騒ぎになった。
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