第10話
侍女がトレーを下げてから、時間が経った。だれも私に声をかけてこない。何人かいる侍女たちは、寝台の整理や部屋の整頓をしていた。
つまり、これは自由時間なのだろう。私は、そう判断した。
しかし、何かを忘れている気がする。だが、気にも留めなかった。この身は皇女なのだ。自由時間ならば、なにをしても良いだろう。今は幼いため、まだ皇女教育は始まっていないと思われる。しかし皇女教育が始まったら、一般教養に始まり、政治、経済、社交、芸術と、勉強づくめの日々が始まるであろう。
中堅国家であるレストランデの姫であるマリアテーゼ様でも、勉強づくめの日々で、嫌になると愚痴を漏らしたことがあった。世界一の大国であるガルディック帝国では、さらに厳しく教育されるかもしれない。そうなると、魔王討伐の為に鍛える時間は限られてしまう。今のうちにできるだけ鍛えておいた方が良い。だが、幼女の身でできることは限られてくる。今すぐできるのは、筋力と魔力のトレーニングだけだ。そこで私は筋力トレーニングをすることにした。
椅子から降りると、床に手を付き、まずは腕立てだ。足を延ばし、腕立ての姿勢を取った。
(予想はしていたが、ここまで筋肉が無いとは……)
あまりの筋肉の無さに、腕を曲げることができなかった。そして……
「侍女たち、姫様がなにか始めているぞ!」
私の腕立てを見ていた、扉の前に立つ衛兵の一人が声を上げた。
侍女たちの視線が一斉に集まる。
「姫様!」
そして悲鳴のような声を上げ、一斉に駆け寄ってきた。
「姫様、私たちが声をかけるまで、椅子に座ってましょうね」
やさしく持ち上げられ、椅子に座らされた。
(なんだそれは……腕立てをしたのがまずかったのか……)
考えてみれば、この幼女が筋トレをするとは思えない。私はこれからどうやって周囲の目を盗んで、鍛えていけばよいのか悩んだ。そしてしばらくの間、この環境についてわかるまで、目立つようなことは何もしない方がよいのかもしれないと思った。
侍女たちが部屋の片づけを終えると、洗面用具が運ばれてきた。
(ああ、そうだ。歯ブラシだ……)
歯ブラシをすることを忘れていた。ちなみに、この世界にも洗面台や水道はある。しかし皇女ともなると自分でするのではなく、侍女にしてもらうらしい。それとも幼い時だけだろうか? わからないが私は言われるまま、口をゆすぎ、歯を磨かれ、もう一度口をゆすいだ。
「はい姫様、よく頑張りましたね」
なぜ歯磨きされただけで、頑張ったと言われるのかわからなかったが、幼い子供だからそのように扱うことになっているのかもしれない。私はとりあえずニコッと笑っておいた。
「まぁ姫様、なんて愛らしい笑顔。身に余る光栄ですわ!」
歯磨きの世話をした侍女が、顔を綻ばせ、お礼を言ってくる。逆に私はうんざりした。
(笑顔一つでお礼を言われたら、ウザイんだけど……)
心の声が、あまりのウザさに素になってしまった。私は女神の騎士として相応しい言動をしようと、常日頃から心掛けている。初めのころは慣れない言葉遣いに四苦八苦したものだ。しかし今では習慣になった。だが、こうも簡単に言葉使いが乱れるとは。しかもこれからは皇女としての言葉使いも身につけないといけない。大変だ。
私はため息をつきたい気持ちを抑え、侍女たちが声を掛けるのを待った。
すこし待つと、椅子から降ろされ、部屋の真ん中へと連れてかれる。室内の床は磨き上げられた大理石の床だが、そこにはふわふわのカーペットが敷かれている。そしていつのまにか、たくさんの可愛らしいぬいぐるみや人形、小さいテーブル等が置かれていて、二人の侍女が待機していた。
(はぁ……つまりこの後は、この侍女たちとお人形遊びをしなくてはいけないのか)
私は藤崎恵麻だった前前世は十八年以上、そして前世だったべスティーナの時は、覚醒したのが八歳の時だから、魔王討伐を成し遂げた二十一歳までの十三年間を生きた。つまり合計で、三十年以上生きているのだ。それなのに、お人形遊びをしなくてはいけないとは……
(私は、大人だ!)
声に出して叫びたくなった。
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