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連戦


森狼の死骸をそのままに、はぐれてしまった調査隊を探す。放置すれば死霊化するかも知れないが、衛士達の様子から早急に合流しなければならない。


(魔物の数が多くて素早い。それに衛士が邪魔でビッグス達が思うように戦えなかった。こうなったらアレを試すしかないか?)


手入れされてはいるが、あまり質が良いとは言えない短剣をティナに預け、代わりにギザギザ刃の鉈を受け取る。鳴響骨と共にいつでも使えるよう腰ベルトの左右に下げた。


「どっちへ行ったと思う?」


ティナに聞いてみても首を傾げるだけだった。


調査隊は普段野生動物を狩って生計を立てている狩人二人と、七人の若い衛士からなる九人で構成されていた。森に不慣れな衛士達を狩人が前後からカバーしていたが、その狩人も経験が浅いのか、獣の足跡をなかなか見つけられず、衛士達と一緒になって耳を澄ましたり、漠然と森を見渡していたりして頼りなかったのを思い出す。


(後ろをついて来てた4人は来た道を引き返してたな。前にいた狩人は2人の衛士を連れて抜け出して、近くにいた2人は別々の方向へ逃げた)


血痕を追うにしても森狼のものと区別がつかず、ビッグス達をそれぞれの方向へ進ませて視覚共有する。だが深い森の木々が邪魔して簡単には見通せない。


「とにかく2人が心配だな」


不安はあるがゴーレム達をギリギリ見える範囲まで展開して進む。暫くすると茂みに座りこんだ人影を見つけ、同時に別の方向から遠吠えが聞こえた。


(――っ!人じゃないぞ!?)


茂みから飛び出してきたのは、フォレストウルフに似た二足歩行する生き物だった。手には金属製の短剣を逆手に持っており、血が滴っている。すぐにも頭数が増していき、ビッグスの周辺には五匹の犬人が姿を現した。


短剣持ちの合図で四方から襲いかかろうとした犬人に対し、ビッグスは赤鉄槌を振り上げて地面を叩く。その衝撃と火花で前の二匹が飛び退き、背後の二匹が足踏みする。叩き付けた赤鉄槌をそのままに、地面を擦りながら振り回して背後の一匹を殴り飛ばした。


(ウェッジも――おっと!)


視覚共有していたウェッジからティナの背後へ回り込む犬人を確認する。ハルは飛び掛かってくる犬人とティナの間に割り込むと、鳴響骨と骨の鉈を構えた。


「お前で実験だ!」


斜めに構えた鉈の刃上を鳴響骨で撫でるように滑らせて犬人へ向ける。両腕に響く様な痛みが走るが以前程ではなく、鳴響骨を向けられた犬人は全身の毛を逆立てて身をよじり、手にしていた折れた槍を落として倒れた。


(くっ…やった!まだ息があるけど使えるぞ!)


唾液を垂れ流しながら倒れた犬人の首へ、ティナが短剣を突き立てる。振り返ればウェッジの赤槍に貫かれた犬人を最後に、他の犬人の姿がなくなっていた。


しかし何処かから聞こえてくる遠吠えは続いており、ハルは折れた槍を拾ってビッグスの場所へ集合させる。


「…間に合わなかったか」


犬人が屯していた場所には、血塗れの衛士の死体があった。全身を執拗に斬りつけられており、背中には長剣が深々と刺さっている。注意を払って顔を見ていなかったので確証はないが、恐らく二人の内のどちらかだろう。


その死体を調べようと身を屈めると、啜り泣く声を耳にする。濃密な血の匂いと何度目かの視覚共有で吐き気が込み上げてくるが、近くの木の洞に隠れている衛士を見つけた。


「大丈夫か!?」

「あいつ…俺は…」


落ち着くまで待ってられない状況に、ウェッジに引き摺り出させる。怯える衛士を連れてその場を離れようとするが、衛士は死体を見ると泣き崩れた。


「うぅ…ま、待ってくれ!彼も連れてってくれ!」

「冗談だろ?この状況で死体を担いでたら逃げられないぞ?」

「俺を逃がそうと囮になってくれたんだ…けど――」


恐怖から足が竦み、動けなかったらしい。パニック寸前の衛士を前に、ハルは騒がしくなる森へ気を張り巡らせながら話を聞いて落ち着かせる。


死んだ衛士は幼馴染みだったようだ。森狼から逃げる途中、草を編んで作られた罠に足を取られて膝を負傷したらしい。肩を貸して立ち上がらせると、何故か森狼は引き返したという。しかし間もなくさっきの犬人――コボルトが現れて匂いを嗅ぎ始め、負傷した衛士が飛び出して、なぶり殺されるのをただ見ている事しか出来なかったそうだ。


(フォレストウルフが引き返した?遠吠えと何かが争う音が聞こえる…血の匂いでこっちの位置が特定できないのか?)


衛士の死体をゴーレム達に担がせる訳にはいかない。衛士に戦うか自分で担ぐかの選択を迫ると、犬人が一匹飛び出してきた。


赤い目で睨みつけてきた犬人は、遠吠えの動作なのか背筋を伸ばして顔を反らす。丁度身を屈めていたビッグスがその首を掴んで地面へ叩き付けた。


「もう時間がない!選択できないならどっちも置いてくぞ!」

「わ、わかった!俺が担ぐから――」


衛士が担ぎやすいように長剣を引き抜くと大量の血が流れ、衛士が腰を抜かして尻もちをつく。


(吐きそう…もう付き合ってられない。ティナを連れて離れよう!)


ハルは少し離れた場所にいたティナの手を取り、遠吠えから遠ざかる。ビッグス達が後に続くと、取り残された衛士が慌てて死体を背負った。




途中で森狼と犬人の死骸を見つけた。犬人の腹には喰われた形跡があり、森狼の喉元に刺さっていた短剣は衛士の物だった。


(どうなってるんだ?魔物同士でも争うのか?)


考えてる余裕もなく、先へ進んだはずの三人を追う。鐘が三回震える頃、木々の奥に衛士と狩人の姿を見つけた。


「みんな!こっちだ!」

「お前無事だっ――ベンっ!」

「俺を逃がそうとして…」


再会を喜ぶ一方、死んだ仲間にショックを受ける二人。三人目の姿が見えず、ハルが問うと途中ではぐれたという。


「ここはコボルトの縄張りだ。森狼が侵入してあちこちで鳴いてやがる」

「魔物同士でも争うのか?」

「俺もよく知らないけど、ライルが言うには飢えた魔物に敵も味方もないって」


捕食された犬人の死骸を思い出す。狩人はここに来た事があるのか、森の一方を指し示した。


「あっちに進めば森を抜けられる」

「カルロはどうするんだ!?」

「もう俺達だけじゃ無理だろ!?一旦帰って報告しよう!」


衛士達が口論している中、周囲を警戒していたハルは異様な存在を目にした。


「誰か来…嘘だろ?」

「なにが――死霊だ!」


木の陰から姿を現したのは、金属製の鎧を着た人間だった。その顔は完全に潰れていて判別できず、両手がない腕をダラリと下げている。その後ろからも軽装ながらしっかりした革装備の男がゆっくり近づいてきていた。


「人間も死霊になるのか?」

「なんでこんなところに騎士が…」

「騎士?とりあえず下がってろ!ゴーレムの邪魔になる!」


その死霊の動きは遅く、ビッグスの赤鉄槌をまともに受けた全身鎧は派手に吹っ飛び火花が散る。都合良く火種が出来たのを喜んでいると、衛士達は慌てて燻る草葉を踏んで消してしまう。


「何やってる!?死霊は焼かないと――」

「駄目だ!こんなところで火を使えば火の海になるぞ!」

「じゃあどうする?」

「埋めるしかない。手足を落とすだけでもいい。這い出してこないようにしてくれ。」


全身鎧の死霊を前に、バラバラにしろと注文を付ける狩人。矢を番えてはいるが射る気配はなく、衛士達は周囲を不安そうに見ているだけだった。


「穴でも掘っててくれよ。それくらいは出来るだろ?」


ハルに言われてハッとした様子の衛士が、短剣を使って掘り始める。その間にビッグスが取り押さえた全身鎧を、ウェッジが赤槍で断ち切っていく。腐敗しているせいか、押さえつけていたビッグスの力だけでも解体出来た。


二体目も難なく処理して、衛士達に掘らせた穴へ放り込む。その際、狩人が騎士の汚れた外套の一部を切り取り回収してくる。


「たぶん王国の騎士だ」

「前にもこの辺りで見つかった事があるって衛士長が言ってたけど…」


若い衛士も詳しい事は知らないようで、穴を埋めると死霊が来た方へ向かった。




奥へ進むと僅かに開けた場所で、複数の焼死体を見つけた。


中央に山積みされた生焼けの死体の中には蠢く死霊がいて、ハルに向かって手を伸ばしている。それを見た衛士の一人が口を押さえて離れていくと、その先の木には両手を短剣で貫かれ固定された女の焼死体があった。


雨の影響か、燃え残ったドレスの裾は引き裂かれており、開かれてナイフで固定された脚の様子からして、乱暴された形跡も見てとれた。


向かいの木にも、数本の矢が刺さった子供の焼死体が縄で固定されている。足元には焼け残った本や羽根ペンの一部等が散乱していた。


「これは酷い…」

「盗賊の仕業か?」


動ける衛士と狩人が女を木から解放する。子供はウェッジに任せようとしたが、誰よりも早くティナが駆け付けて縄を切ると亡骸を横たえた。


半分焼けた顔を覗き込み、頭を撫でてあげるティナを見て、ハルは拾い上げた質の良い弓を捨てた。


(…ダメだな。先に使えそうな物に目がいってしまう)


自己嫌悪に陥りそうになるが、未だ聞こえてくる遠吠えが許さない。そして足元の死霊が伸ばす手がハルに届きそうで届かないのを見つめ、ビッグスに土を盛らせた。


「これだけあると穴を掘るのは無理だけど、出来るだけの事はしよう」

「あぁ、そうしよう」


母子と思しき死体を一緒にして土を盛り、その場を離れる。いつの間にかティナは弓を肩に掛けていて、黒曜石の矢を要求された。


(使うんだ…まぁ確かに捨ててくにはもったいない気もするけど)




森を抜ける道なき道を進むと、壊れた馬車を発見した。そこではぐれていた衛士四人と合流する。


「ここで待ってたら来るかなって」

「ベンが…」

「カルロともはぐれてしまった」


お互いの無事を確認し、仲間の訃報を悲しむ衛士達。来た道を引き返した彼らは、森の外を回り込み、馬車を見つけていた。そして周辺を調べて手記を見つけ、馬車の持ち主は魔法王国の下級貴族じゃないかと推測していた。


「街道で襲われて森の中まで逃げたが駄目だったってところか…」

「魔導師爵家っていうと一代限りの貴族位だな」

「子供の魔素儀式が認められなくて、秘密裏に大森林を目指す貴族は多いらしいぞ」


衛士達は一通り調べ終わると、村へ引き返すという。ハルがカルロという衛士は置いていくのかと問うと、辛そうな表情をしながら仕方がないと言った。


「装備も失ったし、魔物の気配が多いのも瘴気溜まりがどっかにあるからだ」

「瘴気溜まり?」

「死霊が生まれる原因だよ。魔物は死霊を嫌うけど、瘴気溜まりは魔物の力を高めるらしくて集まってくるんだ」


瘴気溜まりは自然の浄化作用が間に合わないと発生するらしい。一度発生すると日の光に照らされるか原因を排除しない限り留まるようだ。


「冒険者ギルドに連絡しないと」

「それまで魔物がどんどん集まって来るんじゃないか?」

「そうだけど…」


衛士達の様子から引き返す気持ちは強いようで、ティナと顔を見合わせると小さく頷いた。


「わかったよ。後は俺達だけで探す。みんなは戻ってくれ」

「本当に?でも…」

「あぁこれも渡すから、ちゃんと村まで辿り着けよ?」


道中拾ってきた質の良い王国の短剣や衛士の短剣を幾つか渡す。武器を手にして衛士達はやる気を見せ始めるが、ヘタに動かれても迷惑なので、有無も言わせず送り出した。


「大人数だとこういう面倒もあるのか…はぁ」


深いため息をついて下を見ると、馬車の車輪の跡と何か大きな足跡が僅かに残っている。それらは森へ続いており、馬車周辺を見ても車輪は三つしかなかった。


(誰かが引きずってった?)


ティナと装備を確認し合い、再び森へ立ち入る。




鐘四つ、森狼や犬人の遠吠えもなくなり、静かな森へ戻っていた。しかし雰囲気はがらりと変わり、進めば進むほど重苦しい空気が広がる。はぐれゴブリンを倒して辿り着いた開けた場所には、ほぼ骨と皮だけになった馬の死骸があった。


「馬車の馬か?ここで死んだにしては位置関係がおかしい…」


さらに進むと、大岩が三つ重なった崖下で二足歩行する三匹の豚と遭遇した。人の手にはそれぞれ真っ黒な棍棒とまだ肉の付いたままの大きな後ろ脚、そして馬車の車輪を抱えている。


「確か…オークだっけ?太ってるけど力はありそうだな」


こちらに気付いた様子はなく、赤い目をしたオーク達はうろうろと彷徨っている。他にいない事を確認してからそれぞれ配置に着き、ビッグスから仕掛けた。


両手に複数個の石を持ったビッグスが、骨付き肉を持ったオークに向かって、両腕を回転させながら投石した。だが実際当たったのは三つだけで、骨付き肉へ齧り付くオークの身体をいくらか打つだけだった。


(バカタレ!全然ダメじゃないか!)


叱られて肩を落としたビッグスにオーク達が迫ってくる。そこへ横合いから姿を現したティナが、黒曜石の矢を射て車輪オークの肩に深々と刺さった。


(あんまり効いてない!)


ビッグスの赤鉄槌を正面から左肩に受けた棍棒オーク。そのままビッグスの頭を右手の棍棒で殴りつけると、よろめいたビッグスが横薙ぎに振るい返し、再度左腕で受けたオークの反撃で打ちのめされた。


(マジか!?ビッグスが打ち負けた!?)


棍棒オークも無傷だった訳ではなく、焼け爛れた左腕を抱えて後ずさる。代わりに前へ出て、肉が落ちて骨が露わになった後ろ脚を振りかざすオーク。ハルの鳴響骨から放たれる苦痛の響きを受けて身を震わせると、骨を落として耳を押さえた。


(ぐあっ…腕が痺れる!あと何回持つか…)


車輪オークが遠心力を使ってティナへ向けて投げる。すんでのところで地面へ身を投げ出して逃れた。


直後に背後へ回り込んでいたウェッジにより、赤槍が胸を貫き火花が肌を焼く。激しく暴れるオークに赤槍が僅かに曲がるが、ウェッジが力任せに切り下ろして左脇から抜ける。一気に内臓が溢れ出して膝を着いたオークは、血を吹き出して倒れた。


棍棒オークが振り返った瞬間、ビッグスが足を狙って拳を叩き付ける。軸足を砕かれた棍棒オークが倒れるとその頭を両手で掴んで潰した。


(もう一度だけ!俺もやってやる!)


残しておいた王国騎士の剣を振り上げて、前屈みになっていた最後のオークへ振り下ろす。しかし首の付け根を少し食い込んだところで止まり、痛みから我に返ったオークに剣を掴まれる。


「くそ!全然入らない!」


剣を引っ張られて前のめりになると、オークは左腕を振り上げた。それをスローモーションのように見上げたハルは、振り下ろされる拳に目を瞑る。


「うぐぐぐ…う?」


いつまで待ってもやって来ない衝撃に目を開けると、オークの首から上が綺麗になくなっていた。


「…え?何が?」


辺りを見てもビッグスは倒れたままで、ティナはこっちに向かって走って来ているだけだった。唯一ウェッジが左腕を向けてきていたが、特に何かを投げた様子はない。


「た、助かった?いてっ」

「ばか」


ティナに頭を叩かれる。ウェッジも寄って来るが、未だビッグスが倒れたままで起き上がらなかった。


「え?ビッグス?ビッグス!?しっかりしろ!」


スキルで確認してみるが、頭が少し凹んだだけで、たいした損傷はない。ただ今までになくマナ保有量が減っており、スリープモードに入っている様子だ。


(なんでだ?ウェッジもかなり減ってる。今の戦闘のどこでそんな消費した?)


どうすればいいかわからずマナ結晶を出すが、急にティナからハグされる。


「ハルは無茶したらダメ」

「え?う、うん…」


ティナに頭を撫でられ、ふくよかな胸に顔を埋めていると、徐々に気持ちが安らぐ。暫くそうしていると、ビッグスがゆっくりと身体を起こした。


(マナが…もしかして俺の精神状態によってマナの供給量が変わるのか?)


ゴーレム達のマナが八割方回復した段階でティナが離れてしまう。もう少しそうしていたかったが、おでこを人差し指で押されて離れていってしまった。


(スキルアップしてる…けど帰ってからだな)


地面に転がった真っ黒な棍棒は、痩せ型のハルの胴体程もある太さで重い。記憶にあるのは黒檀という硬くて重い木だった。


(目に見えてビッグスのボディにダメージを与えていた素材だ。回収しておこう)


そして一番気になっていた場所、三つ重なった大岩の地面には動いた形跡があった。裏側を確認すると僅かに隙間がある。


(崖面に掘られた跡。岩は何かがぶつかったように寄せられてる…)


ビッグスとウェッジに任せて岩をずらすと、ハルとティナだけが入れる隙間が出来た。


中は真っ暗で光球の照明装置を起動して送り出す。


「これは…盗賊が隠した物か?」


奥には小さな木箱と小袋が三つ、単純な袋状の背嚢があった。装飾の綺麗な木箱には複数の魔石と、刺繍された小袋に金銀鉄の貨幣が分けて入っている。


(うひょ〜!マジか…これだけあれば暫く安泰だな)


革の背嚢の中にも宝石のついた銀の指輪や金の腕輪等が入った麻の袋と、銀の食器類が入っていた。


(この腕輪、紋章が彫られてるな。あの貴族の物で間違いないだろう)


一番目を引くのは、魔力を秘めた高品質な魔道具と思しき円筒状の入れ物と、丸められた織物だ。


円筒状の入れ物は蓋に小さな穴が無数に空いていて、開くと魔石が入っている。蓋を戻して色々弄ると、急に息苦しかった空気が軽くなった。


(空気清浄機?よくわからないけど良い物みたいだな。もう一つは…)


不思議な質感の織物は、広げていくと元の見た目よりもかなり大きくなった。


(このままだと盗賊の物になる。置いていく理由はないよな?)


それらを余すことなく回収すると、ウェッジの視覚共有に何者かの影が映る。ハルが頭を外に出した瞬間、ナイフが飛んできて遮ったビッグスの肩に当たった。


ビッグスの投石が木に当たり、飛び出してきた盗賊を投擲された赤槍が貫く。黒い外套を纏った男はその勢いで木に縫い留められて絶命した。


(よし!盗賊は遠慮なく殺していこう)


髪を掴んで悪党の面を拝む。その顔に見覚えはなく、口から左耳にかけて酷い傷があり、笑っているようにも見えて気味が悪かった。


仰け反った拍子に懐から獣皮のスクロールが落ちる。ハルが死体を探ると、何かが塗られた小さなナイフを数本、専用の革ベルトに収めていた。


「毒かな?これは置いていこう。毒を扱ってるなんて知られたら誤解される」


革の外套や革服などの革製品は再構成出来ないので捨てていく。ウェッジが赤槍を引き抜くと、曲がっていた部分からポッキリ折れてしまった。


その火花で盗賊の外套が燃え上がり、慌ててビッグスに引き降させる。幸いにして木の表皮を焦がすだけで済んだ。


「危なかった…これ以上は延焼しないみたいだ」


折れた赤槍を最後の二本目に変えて、短くなった方は短槍に再構成して刃を付けさせた。そして盗賊の死体を適当な場所へ、適当に埋めて離れる。


(これでいいだろ。こんな奴等の為に時間を掛けたくない)




その後もより嫌な気配が漂ってくる方へ進んで行くと、森の切れ目に一本だけ生えた黒檀の木を見つけた。


雷が落ちたかのように幹は焦げ、縦に裂けている。


(これなら3体目のボディに適してるな。帰ったら形成してみよう)


パーツ分けしながらマジックバッグの容量が許す限り収納していると、いつの間にか男が木の反対側に立っていた。


作業中は視覚共有を切っていたが、ゴーレム達は周囲を警戒していたはずだ。でも驚いた様子のティナも含めて誰も気付かなかった。


血で汚れているが身なりの良い男は、金縁の黒外套を羽織り、金の指輪を嵌めた手に金属製の短杖を持っている。それを一振りすると電撃が走り、一番近くにいたウェッジが膝を着いて止まった。


「ビッグス!」


ハルは迷わずマナ結晶を使ってビッグスをブーストさせる。ビッグスは電撃を受けながらも体当たりして木に激突した。


しかし男はビッグスの隣に立っており、脇腹へ押し付けた短杖から流れた電撃を受けて倒れる。


(なんだ!?いつ移動した!?)


黒曜石の矢が男の後頭部に刺さり、振り返った男の左目を潰していた。


(不味い!ビッグスもウェッジもやられた!)


再び振るわれた短杖に鳴響骨を構えるが、電撃は逸れていき、少し痺れただけで済む。


「目を潰したからか?」


追撃の矢が男の顔を捉えた瞬間、高速で身体を捻り矢を避けた。それは残像が残って見える程で、身体が微かに光ってさえいる。


(今度は避けた。よくわからないけど動きを封じる!)


しかしハルが鳴響骨を鳴らしても死霊には効果がなかった。しかし金属製の短杖が激しく震えて放電すると、男の手を撃ち抜き短杖が地面に転がる。


止まっていたウェッジが短槍を投げて男の腹を貫く。衝撃で下がってきた男をビッグスが短槍を掴んで地面へ叩き付け、両腕両足そして頭を踏み抜いてやっと大人しくなった。


「あれが魔法か?初めて見た…」


男から黒い靄が流れ始めた為、土を盛って処理する。身体から切り離された左手の指から、家紋が彫られた金の指輪と魔力を秘めた銀の指輪、金属製の短杖を回収した。




その場所からそう離れていないところに、小さな血の池を見つける。様々な生物の死骸で山が築かれており、中には人間も混ざっている様子。黒い靄が辺りを覆い、近寄り難い雰囲気を作っていた。


(瘴気溜まりはこれだな。さて、どうするか…)


最後に残っていた赤の欠片を放り、ティナに弓矢で撃ってもらう。それは爆発炎上して瘴気が幾分か晴れた。


(死骸の山は崩れた…残りは延焼してるし大丈夫だろう)


暫く様子見した後、森を抜け出した。




村へ帰る途中、暴走する馬車を街道に見た。

直ぐにも急降下してきた大きな生物によって御者が掴まれ、上昇していくと途中で落とされる。遠目にも赤い花が咲き、即死したのがわかった。


(グリフォンか!?ヤバすぎる!)


岩の裏側へ身を隠し、様子を窺う。

馬を引いて逃げようとした男が、頭を啄まれて馬車を横転させる。中から姿を現した二人の男が別々の方向へ逃げ出すと、後を追っていくグリフォン。


少し送れて這い出して来た男がこちらに気付く。


「何見てやがる!助けろ!」


その態度からハルは腰を落としてさらに身を潜める。


(デカい声出すな!気づかれるだろうが!)


グリフォンは森の中へ逃げ込んだ男達を探しているようで、戻って来る様子はない。男が手を貸して男女を助け出すと、こっちに向かって来る。しかし女の方は脚を怪我しているのか、引き摺られるようにして途中で止まってしまった。


「くそ!ウェッジ!」


ウェッジに向かわせて女を抱え上げる。脚はダランと垂れ下がり、酷い悲鳴を上げた。


(あれ折れてるのか?不味いぞ…)


脚を固定して抱えさせると、急いで離れる。冒険者風の男がハルの元まで来ると、胸ぐらを掴もうと手を伸してきて、ビッグスに突き飛ばされて転がった。


「お前…はぁはぁ…見殺しにしようとしやがって…はぁはぁ」

「知らない奴の為に命懸けられるか!」


ティナが女の容態を確認する。女の手を握る男の様子からして二人は夫婦のようだ。


「折れてる」

「…とりあえずこの場を離れよう!」


森から一人の男を掴み上げたグリフォンが空高く舞い上がり、岩場へ向けて投げ飛ばすと、再び赤い花が咲いた。

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