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森と調査隊


爽やかな朝を迎える。


ゆったりとした麻の寝間着を着て、手足を伸ばして寝るのは初めてだった。


藁床のベッドはシーツの他に厚手の毛布が敷かれていてゴワゴワ感がなく、しっかりと身体を受け止めてくれている。麓の村にはなかった枕の位置を直して寝返りを打てば、隣のベッドで寝ていたティナも未だゴロゴロしていた。


「おはよ」

「…おはよ」


少し恥ずかしそうに朝の挨拶を返すティナ。その奥の壁に設けられたアーチ状の鎧戸からは朝日が差し込み、彼女を照らしている。その姿は美しく、触れてみたい気持ちが湧いてくるが、再び寝返りを打って身体に掛けていた毛布を引き上げた。


(な、なんか今朝は妙に元気になっちゃってるな。けどやっぱり良いなぁ。この生活レベルを覚えちゃったら、もう下げたくねー)


階下から聞こえてきた僅かな物音に、意を決して準備を始める。広い部屋では衣装棚を出すのも簡単で、一緒に姿見も出してあげた。着替えるティナの背中をチラチラと盗み見ていると、服で身体を隠しながら振り返った彼女に睨まれた。


「あ、あぁそうだ。ヘアブラシも買わないとね。一緒に持ち出せばよかったなぁ」


不自然な話題振りになってしまったが、ティナは自身の跳ね上がった髪の毛を気にしている。着替え終えてから頭を撫でてあげるが、未だ頭頂部に数本のアホ毛が出ており、直る感じがしなかった。


代わりに背中まで伸びた髪を整えてもらうが、姿見越しに髪を短くしろという、指で挟むジェスチャーをされる。


(短くしたらこの時間がなくなってしまうからなぁ。まぁ長さを整えるのに必要か…)


鋏を自作する事は出来そうだったが、その研ぎ方はナイフよりも難しい事を記憶の片隅に見つける。


一通り準備が整うと部屋を出て一階へ。裏庭の冷たい井戸水で顔を洗い念入りに口をゆすぐ。店で歯ブラシを探してみたが、歯木しかなかった為、自分で採取したものを使う。姿見でも確認していたが、ハルの歯並びは極めて良く、白い歯に舌の色も良好だった。


(医者っているのかな?麻酔がなかったらどうしよう…まったく、この記憶は。ずいぶん甘やかされてたんだな)


時々思い返される記憶。自分のようで他人のようなそれは、気持ちがざわつき、これから危険な場所へ向かうのに不安が増す。心を落ち着かせる為に、ティナが持つスノードーム型育成キットを見る。いつの間にか中身は入れ替わっていて、今はスノードロップのような垂れ下がった白い花に変わっていた。


「それも薬効があるの?」

「ないよ」

「…食べると美味しいとか?」


ティナは少し不機嫌そうに片眉を上げる。どうやら違うようだ。しかもデリカシーのない発言をしてしまったようで、彼女は育成キットをリュックサックにしまうと一人で中へ戻ってしまった。


(いかん。もっと心にゆとりを持たなければ…何か贈り物をしないと)




食堂で朝食を貰う。女将さんが作ってくれた野菜のスープは冷えた身体に染みる。サラサラとした粉のようなものが塗されたパンは真っ黒ではなく、簡単に指で千切れて薄っすらとバターの香りがした。


(うーん、喋ってくれない)


スープだけ飲んだティナは、それきりハルに背中を向けて植物が入った麻袋の中身を漁っている。野菜をフリーザーに移した為に、それらは取り出された状態でマジックバッグへ入れていた。


マジックバッグ内の環境は現実と同じだ。気温が低い為、直ぐには傷まないだろうが、いずれ駄目になってしまうだろう。


(え?時間が停滞したマジックバッグ?なんだよその都合の良いアイテムは…もっと高品質な魔道具ならあるのかな?)


思案していると女将さんがやって来る。


「さっき村長さんが前を通り掛かって、予定通り出発するそうですよ」

「あ、はい。わかりました」

「森へ行くんですね…どうか気を付けて。この村でも年に数人は帰って来ない人がいますから」

「はい…」


狂ったゴブリンの姿や死霊山猫を思い出すと、心配してくれる女将さんの優しさに甘えたくなる。ロザンナさんは見た感じ二十代後半か三十くらいの、品のある女性だ。着ている服もおとなしめで良い香りがする。長い髪の間から覗いた耳が、僅かに細長く尖っている事以外、これまで見てきた村人の中でも一番の美女だった。


「いっててて!」


急に耳を引っ張られて前を向くと、残していたスープが視界に入る。先程まで入ってなかった緑の野草が追加されており、不機嫌そうなティナにジト目で睨まれた。


「早く食べて」

「えぇ…」


有無を言わせぬその様子から一口食べてみるが、とても苦かった。


「き、昨日みたいにならない?」

「あれはもう作らないから」


完全に怒っている様子のティナに監視されながら、ハルは黙って食べきった。




ゴーレム達を迎えに厩舎へ向かう。

ビッグスはなぜか隅っこで体育座りをしており、綺麗だった白いボディが汚れていた。折れた製材棒を前に、あぐらをかいて腕組みしたウェッジが振り向く。


「何やってんだよ…あぁ折れてるし」


ビッグスは激しく頭を動かして何かを抗議してくるが、ウェッジは赤槍を手に片膝着いて待機する。


(ビッグスだけ綺麗にしたからか?まさか嫉妬?そんな事ある?)


ティナを見ても困った奴等だという感じで見上げているだけ。どのみち出掛けたら汚れるからと、そのまま連れ出した。




村の広場へ出ると、大量の紫カボチャを載せた荷馬車が用意されていた。


飯屋で絡んできた男達の一人が深緑色のシートを被せ、別の男が馬と言うよりは驢馬を連れて来る。


「来たか。もうすぐ出発する」

「彼等は?」

「村で木こりをしている者達だ。今は仕事がなくてな。力と体力だけはあるから心配するな」


一人脚を引き摺っている男がいたが、御者席に座るとハルを一瞥してそっぽを向いた。仲裁に入ってきた男が紫カボチャを入れた籠を背負い、ハルに謝る。


「悪いね。あいつも反省してるから」

「あの馬鹿はいつもそうだ。だが今回の仕事でヘマをしたら奉仕活動になると言い聞かせておいた」


村長も手を焼いているようで、悪態をつく。木こり達は皆片手斧を腰に差しており、ゴブリン程度なら普段から相手しているという。


「あとは――」


その時、村の南側の農地から悲鳴が上がった。

広場へ向かって来ていた衛士達が駆けていき、すぐにも農作業していたらしい女性が運ばれてくる。左脚のふくらはぎには酷い噛み傷があり、かなり出血していた。


「裏門を開けたら突然狼が飛び込んできて…」

「見張りは何をしてる!」

「調査に人を割かれて今は彼しか立ってません」


村長は苦虫を噛み潰したような顔をして衛士を睨む。そこへ白いローブを着て顔を隠した男と数人の男女が現れた。


「どうかなさいましたかな?」

「おぉ!これはこれはアザール様!魔物に襲われた者がいまして…」


今までとは違い低姿勢の村長が、頭を垂れる。アザールと呼ばれた男は、涙を流しながら助けを求める女性に向き直ると、自身の首の前で両手の親指を交差させて組み、何事かを口ずさむ。


「――、神のご加護を」

「え…それだけ?」


思わず口を挟むハル。するとアザールはゆっくり振り返り、ハルとティナ、ゴーレムを一瞥していく。


「この程度の傷なら命に関わらないでしょう。この痛みこそ!神の愛なのです…」


両手を広げて空を仰ぐ姿に、周りに付き添っていた男女がひざまずく。


(うわぁ…やべー奴だ。色々聞けるって話だったけど、教会は近づかない方がいいか?)


悦に浸っていた男はそのまま広場を横切り、付き添いの女と共に馬車に乗り込む。その際、手摺りを掴んだ女の左手首には抉ったような酷い傷が見え、一部は紫色に変色していた。


馬車が東側の門へ向けて出発すると、村長が唾を吐き捨てる。


「エセ司祭め!いつもこうだ!」

「ナディムさん!早く!」


そこへすぐ隣の大きな店から、衛士に腕を引かれた男が出てきて傷を確認する。


「おぉこれは酷い…今ある薬でどうにかなるものか…」


革の鞄から数本の瓶を選び出すが、どれも色が悪く、蓋を開けては匂いを嗅いで顔を背ける。


「どうかしたのか?なぜ薬をやらない?」

「むむむ…どの薬も日が経ち過ぎてる。これでは逆に悪化させてしまうやも」

「なぜ新しいのを用意してないんだ!?」

「村長…最後に来た商会の輸送隊は7日前ですぞ。薬草を探そうにも魔物の気配がこうも多くては…」


怪我人を前に悪態をつく村長を衛士が引き離す。するとティナに袖を引かれて建物の陰に入る。マジックバッグから革の肩掛け鞄を出して一本だけ入っいた薬をティナに渡した。


「それ大丈夫かな?」


急いでいる様子のティナは黙ったままで、麻袋から数種類の草や花を取り出すと握り潰し、その汁を混ぜて振り始めた。


「薬の知識もあるの?」

「うるさい」

「ご、ごめん」


少しして薬瓶の中の液体が薄緑色から青へ変わる。それを持って戻ると、唸ってるだけの男を押し退けて女性に半分飲ませ、半分傷口へ掛けた。


「それは?」

「えぇっと…6等の薬です」

「6等?」


ティナが手を加えた事により、だいぶ薬効が変わったようで、女性の傷はすぐに塞がり容態も安定した。


「これは!まるで4等級か3等のような…貴方!お願いがあります!」

「えぇ!?」

「村の薬が不足しているのです!森へ行く際には薬草を、出来れば真紅の葉の薬草を採取してきてください!」


両肩を掴まれて揺さぶられながら懇願される。落ち着かせる為にも曖昧ながらに了承すると、真紅の葉の切れ端を渡された。


「私はナディム。商業都市の商会から出向している者ですが、少しだけ薬の調合もできます。もしよろしければその薬についても教えて頂けないでしょうか!?」

「いやぁ…これは買ったやつなんで」

「そうですか…しかし薬草の件だけでもお願いします!」


そう言ってナディムは衛士に付き添われた女性と共に店の中へ入っていく。薬草の切れ端をティナに見せたが、首を横に振られた。


「困ったな…あれ村長は?」


いつの間にか村長の姿はなく、フォレストウルフの死骸を運んで来た衛士達と、その後ろから犬を連れた男が合流する。


「彼女は?」

「今ナディムさんに見てもらってます」

「そうか。村長はまた隠れちまったのか?はぁ…仕方ない。そろそろ出発しよう」


犬を撫でた男が立ち上がり、ハルを見る。ティナは犬に興味津々で今にも飛びつきそうだ。


「お前らか、調査に同行するのは?」

「はい。よろしくお願いします」

「冒険者でもないのによくやるな。お前も村長に言いくるめられたたちか」


どう返事したら良いものかわからないでいると、荷馬車が動き出す。輸送隊の七人に加え、衛士と狩人からなる調査隊九人が一斉に西門へ向かう。村人の中には安全を願う者もいれば、変わらず自分の仕事をしている者もいて、まちまちだった。




アインという名の犬を連れた男の名前はライルといい、元石級冒険者だった。今回の輸送隊を指揮する弓師で、普段は物見に上がって一日中暇してるらしい。現役時よりも割の良い仕事を充てがわれて受けたものの、峠越えだと聞いたのは今朝だったようだ。


(1日銀貨1枚の働きじゃねぇのかよ。あの村長、ぼったくりやがったな)


もう一人の元冒険者も石級ではなく最下級の木級で、町で皮の鞣し作業を教わっただけの若い職人だった。


「魔物ってのは魔族だかなんだかが出してる魔力に当てられた野生生物や妖魔だ。妖魔はゴブリンとかオークな」


道中、ハルは鉄貨数枚を渡して冒険者の知識を引き出す。初めは遠慮しようかとも思ったが、ニック村長の言葉を思い出して、聞ける内は聞いておこうと考え直した。


「ゴブリンは頭悪いからな。力量差なんてお構いなしに襲ってくる。ただ生命力は侮れない。しっかり頭落とすか心臓を射抜くまで油断するなよ」

「魔物は恐怖を感じないのですか?」

「いや、感じてる。ウルフなんかの野生生物は特に逃げ出したりするしな。いいか?逃げる魔物と逃げない魔物なら前者に気をつけろ?」

「なぜです?」

「逃げるって事は学習してるって事だ。オークなんかはそれなりに頭が回るから、こっちの手の内を見た後一回引いてからまた襲って来たりする。やる時は逃がすな」


そう言ったライルは急に弓を構えて射る。矢は少し先の草むらに隠れていたウサギの首を捉え、鞣し職人の若い男が取ってきた。


「ヒュー!相変わらずやるなぁライル!」

「お前らはなんでそんな固まってるんだよ」


荷馬車の前をビッグスに先導させていたが、木こりの男達はビッグスの側に寄り添っていた。


「ワイルドボアやビッグディアが来た時は任せろ。俺達が受け止めてやるからさ」

「アホか。本当に来たら全員ぶっ飛ばされるぞ」


騒がしい輸送隊に比べて、後列の調査隊は静かだ。彼ら衛士は防具こそしっかりしているものの、手にしている物は警棒で、腰に下げた短剣だけが金属製の刃物になる。本来、人を相手にした警備が仕事なだけに、今回の調査に参加した者の中には反対する者もいたようだ。


だが村長から町の冒険者ギルドへ依頼を出すにも魔物の情報が必要だと言われ、衛士長の命に従いここに来ている。


(ただ同行するだけな訳ないよな…マナ結晶はあと1つ。そろそろ3体目のマーダーゴーレムを作成する事も考えないとな)




何事もなく森を抜けて峠を登り始めた輸送隊。それを見送った後、調査隊と共に森を反時計回りに巡回する。平和な森は日の光が差し込んでいて明るく、森林浴をしに来たかのような錯覚すらしていた。


「この先に大岩が3つ重なった場所がある。そこまで行ったら引き返そう。あまり西へ行き過ぎるとグリフォンの目撃場所だし」

「そうだな。こんだけ騒いで移動してきても姿を見せないなら、オークもいないんじゃないか?」


調査隊にも指揮する隊長がいたが、まだ若く、経験不足から隊員達と相談して決めていた。


「ん?なんか聞こえなかったか?」

「おい、やめろよ。そういうの…」


隊員の一人が耳に手を当てて音を聞いている。最前列にいた別の隊員が不安から振り返ると、皆の注意が一斉に後ろへ向いた。次の瞬間、視覚共有していたハルは進行方向斜め前から飛び出してくる、赤い目をした森狼の群れを見た。


「前だ!」

「うわっ!フォレストウルフだ!」

「後ろからも来た!」

「群れだ!囲まれるぞ!」


少なく見ても十五を越える数に、後列にいた衛士数人が走り出してしまう。


「どこ行くんだ!?離れると狙われるぞ!」

「囲まれたら終わりだ!突破しろ!」


先頭にいた若い狩人が先導して、二頭しかいない包囲網を強行突破していく。森狼もそれを望んでいるかのように鳴きながら下がっていき、三人が抜け出すと別の森狼が包囲網を形成して、再び狭めてきた。


(分断された!こいつらこっちの考えてる事がわかってる!)


ハルとティナの側に残っていた衛士二人は、警棒をやたらと振り回し、左右から飛び掛かる勢いを見せる森狼を牽制する。しかしいくら威嚇してきても襲っては来ず、次第に警棒を振るう速度が遅くなっていた。


「ビッグス!ウェッジ!蹴散らせ!」


ハルが命じるよりも先に、ビッグスが投げた石の一つが背中を見せていた森狼を潰す。ウェッジの振るう赤槍は二頭の胴体と首を両断したが、すぐにも森狼達の狙いが変わる。


「俺が狙いかよ!」


鳴響骨を振り抜くが、森狼達は執拗に一定の距離を保っていて当たらない。飛び退いた一頭へ追撃をお見舞いしようとさらに踏み込むが、ティナに背中を引っ張られて仰け反った。


そして横へ回り込んでいた森狼が、大口開けて目の前を通過していくと、ウェッジの赤槍に口の中を貫かれて空中で止まる。そのまま振り抜かれた赤槍から森狼が飛んでいき、逃げ出した衛士を追っていこうとした別の森狼へ当たって潰れた。


「くそっ!みんな逃げやがった!」


最後の森狼がビッグスの投石を逃れて森の中へ消えていく。後には踏み荒らされた地面に血痕と、折れた警棒が二本、抜き身の短剣が転がっていた。

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