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街道沿いの村


携帯鐘が五回震える中、峠を下りきり村まで続く平坦な道を進む。既に到着していてもいい時間だったが、道中ティナが植物採取を始めてしまい、歩みが遅くなっていた。


ハルが懐から取り出した小さな鐘は、日の出前に鳴り始め、太陽が頂点に達した時に四回鳴った。さらに七回目で日が沈んで十回目で鳴り止み、再び日の出と共に一回鳴る。それにより鐘一つがだいたい二時間で、一日十回鳴る事がわかった。


舌を取り外せば振動で時間を知らせてくれるようにもなる便利な魔道具だったが、内側に記された文字が薄れてきており、それに比例して魔力量も残り少なくなっていた。


(時計が欲しいな。即席ゴーレムの活動限界やブースト時間を正確に知りたい。けど…あの村には売ってなさそうだな)


見えてきた村は麓の村よりも倍近く大きい村落で、しっかりとした木製の壁と門で守られている。入口にはお揃いの革の胸当てに兜を被り、警棒を手にした者達がいて、村人と何事かを話していた。


「あれから新しい情報は入っていない。何かあればすぐ知らせる」

「誰か様子を見に行かせた方が良いんじゃないか?」

「今から向かったら日没までに戻れないだろう?仮にいたとしても、下手に刺激しない方がいい」


三十後半の男が不満気な老人を村の中へ送り返し、ハルに向き直る。引き連れているゴーレムを見て警戒した様子の男は、手を挙げてそれ以上近づかないように制した。


「止まれ。その後ろのは何だ?」

「ゴーレムです。危険はありません」

「ゴーレム?王国か学園都市の者か?」

「いいえ、麓の村から来ました。鳴る湖の町へ行きたいのですが、乗り合い馬車は出ていますか?」

「昼間の馬車なら通過してしまった。とりあえず身分証を見せてもらおう」


ハルが荷物を失くしてしまった事を伝えると、村へ入るには身分証が必要だと言われた。


「手荷物検査と質問の後、鉄貨1枚で衛士ギルドから仮身分証を発行する。村を出る際に返却すれば返金されるから心配しなくていい。どうする?」

「衛士ギルド?」

「なんだ?知らないのか?」


驚いた様子の男が簡単に説明してくれる。

衛士ギルドとは村や町、都市など人が集まる場所の治安を守る民間の組織らしい。職業軍人とは違って一般人がほとんどで、基本的には人の出入りを監視して犯罪を抑止する役目のようだ。


「俺はこの村の衛士長を務めてるホリスだ」

「ハルです。彼女はティナ。手荷物検査は何処で?」

「そこで開いて見せてくれればいい」


スリングバッグはハル以外にとってはただのバッグでしかない。中には貨幣が入った袋と、細々とした物が入っているだけで問題にならなかった。


二人が背負っていた大小のリュックサックも、タオルや麻布の敷物、着替えが入っているだけで、警戒される事はなかった。


「ふむ…いいだろう。麓の村から来たと言っていたが、村の者を誰か知っているか?」

「ニック村長と宿の主人ラッセルさんにはお世話になりました」

「確かにその名前は聞いた事がある…この村に知り合いは?」

「いません。詳しくは話せませんが、北から来たのでこの辺りは初めてです」

「なるほど…最後に今は事情があって馬車がすぐ来る保証はない。村に滞在するなら所在地を明らかにする為にも中央の宿に泊まってもらうが、いいか?」

「あまり宿代が高いと困りますが…わかりました」


村には宿屋が三軒あるようだが、今空いてるのは中央に建つ大きな宿だけらしい。南側にある宿は満室で、北側にある宿は人の往来が盛んな夏季だけ開いているそうだ。


「よし。後は鉄貨を2人分で2枚だな」


スリングバッグから鉄貨を二枚出して若い衛士に預ける。若い衛士が村の中に入っていき、衛士長と共に待った。


「サテュロス盗賊団の残党は新しい盗賊団を結成したという噂もあってな…」


以前は金品を盗むだけで抵抗した際に死傷者が出ていたが、今は殺しを楽しむ残虐で非道な事件が増えたという。そう話している間も衛士長はハルやティナの反応を窺っている。


「それ以外にも昼間通過した馬車からグリフォンの目撃情報があった。村の者はみんな不安がっている」


ハルは西の空に見た大きな鳥を思い出す。


「グリフォン?それはどれくらい危険なのですか?」

「グリフォンを知らない!?…あれは常人にはどうする事も出来ない存在だ」


鷲の上半身に獅子の下半身をした生き物で、大きな個体だと八人乗りの中型馬車と同じくらいあるらしい。飛竜山脈ではワイバーンとの縄張り争いが絶えず、人里も毎年襲われて幾つも廃村になっているという。


「間違っても興味本位で刺激しないようにな。馬に乗っていたとしても、逃げ切れないだろう」


戻ってきた若い衛士から木札を渡される。表面にはハルの名と、携帯鐘の内側に施されているものと同じ、魔力を秘めた文字で何かが記してあった。


「冒険者ギルドのカード程ではないが、罪を犯すと文字部分が赤くなる。一度記録された犯罪歴は作り替えても消えないからな」

「この辺りの法律を知らないのですが…」

「特別難しい事ではない。理由もなく他者を傷つけたり、盗んだりしなければいい。普通に生活してて赤文字になった奴はいない」


仕組みがわからない物に不安はあったが了承する。衛士長は紙の束に何かを記入すると、道を空けて通してくれた。


「宿は村の中央にある馬車の看板が掛かった建物だ。村唯一の二階建てだからすぐわかるだろう」

「ありがとうございます」


門をくぐり抜けると数人の村人の視線に晒される。ハルとティナの格好を見て隣人とひそひそ話をし、ゴーレムを見て眉を顰める。麓の村とそう変わらない反応にハルは肩を落とした。


(また盗賊と疑われてるんだろうか?彼ら村人と比べて確かに変わった格好してるけど、身なりは良いと思うんだけどな)


峠から見下ろしたT字型に連なった町並みを思い出す。東西の農地周辺には民家が多く、北側は広場に隣接した大きな建物と二階建ての宿が並んでいた。


「ずいぶん大きな店だな。少し寄っていこう」


店へ近づいていくと、広場の片隅に馬車を見つけた。通りかかった村のお姉さんによれば、残っているのは教国の馬車だという。


「教国とは?」

「教会の連中の国でしょ。それくらいしか知らないわよ」

「そ、そうですか…」


つい質問してしまったが、誰もが正確に答えてくれる訳ではない。


「村の南にある宿に泊まってるわよ。自分で聞きに行けば?」


ハルがお礼をいうより先に、お姉さんは行ってしまう。馬車は諦めて店へ向かうが閉まっていた。


「仕方ない。そこの店で食事してから宿へ行こう。野菜なら食べるよね?」

「なくてもいい」

「お腹空いてない?一緒に食べようよ」


ティナは少し考えた後で頷いたが、ハルには彼女の考えが今ひとつわからなかった。




隣の飯屋で食事にする。まだ夕方にもなっていない内から飲み始めている人達がいた。


ゴーレム達を外で待機させて中へ入ると、厨房にいたおじさんから声が掛かる。


「おう、いらっしゃい。見ない顔だな…なんか食べてくか?」

「軽い食事をお願いします。彼女にはサラダ…野菜の盛り合わせがあればそれを」

「あいよ。開いてる席に座って待ってな」


テーブル席に着いて待つ間、男達の話に耳を傾ける。木こりをしているらしい男達は冬場の仕事がなく、人足の仕事をしているようだ。だが急に予定がなくなり、朝から飲み明かす毎日に不満を吐いていた。


「いつになったら来るんだ?」

「また騙されたんじゃねぇの?」

「それよりグリフォンは――」


銅貨四枚の軽食と、銅貨二枚の野菜盛り合わせが届く。ピリッとした辛さの薄切り肉と半熟卵を挟んだパンに、白菜と大葉、赤茎が入った野菜には酸味のあるドレッシングがかけてあった。


麓の村より値段は高いが遥かに美味しく、野菜の量も多かった。


「どうだ?美味かったろ?」

「はい。あ、同じ野菜をこの袋に入るだけ貰えますか?」

「いいけど…この量なら鉄貨1枚だな」

「それでお願いします」


再構成で作り替えた麻袋に野菜を入れてもらう。後でフリーザーに入れれば二、三日は持つはずだ。


白いドレッシングを指先で掬って舐めるティナ。ハルは思わずその唇を凝視してしまう。すると酒臭い男が肩に肘を乗せてきた。


「あんちゃん、気前よく買ってくれるじゃねぇか。ついでに村の余ってる野菜も買ってくれよ」

「今頼んだ分で十分です」

「ひょろっちぃ身体してよぉ、沢山食べなきゃそっちの美人さんを喜ばす事もできねぇぞ?」


ティナの方へフラフラと寄っていこうとする男の足を引っ掛ける。隣のテーブルをひっくり返して盛大に転がった男が呻きながら睨んできた。


「て、てめぇ…なにしやがる!」

「関わってくるな。痛い目に合うぞ?」


入り口から身を乗り出したウェッジを顎で示す。男がそれに気付いた様子はなく、倒れた椅子の脚を掴んで立ち上がろうとして、飯屋のおじさんから水を浴びせられた。


「また飲み過ぎてやがるな。何度言ったらわかる?衛士に突き出すぞ!」

「くそっ!なんでよそ者なんかの肩を持つんだ!ふざけ――」

「はいはいもう十分飲んだろ?行こうぜ?また衛士の世話になったら今度こそ奉仕活動だろ?」


連れの男達が酔っ払った男の脇を抱えて店から連れ出していく。途中ウェッジの脚を蹴った男が呻きながら跳ねている。その鈍い音からして足の指でも折れたのかも知れない。


「ったく。すまねぇな。あいつら冬場の仕事失ってから毎日揉め事起こしててよ」

「余ってる野菜というのは?」

「ん?あぁ、紫カボチャっていうあんま美味くな…んん!まあまあの野菜があるんだよ。どっかの商人が買い付けに来てたんだかな。盗賊騒ぎのせいか取りに来ないらしい」


サテュロス盗賊団は商業都市を中心に大手商会の馬車や店を狙っていたが、残党は手当たり次第襲う危険な集団になったようだ。


「そうですか。それは…俺でも買えますか?」


ハルは少し考えた後、一人称を変えた。今までは不興を買わないよう低姿勢な態度、言葉遣いを意識していたが、さっきみたいに侮られるくらいなら普通に話す事にした。


「マジか…いや!買えるぜ。後で伝えとくよ。今晩は馬車宿に泊まるんだろ?」


一回りくらい年上のおじさんは気にした様子もなく、農家の人に話を通してくれるようだ。


代金を支払い店を出たところで仮身分証を確認する。特に変わった様子はなく、足を引っ掛けて倒したくらいでは影響がないようだ。


(基準がわからないな。誰かに聞けたらいいんだけど)


馬車の看板が吊るされた二階建ての宿へ入る。その宿には広い裏庭に厩舎もあり、隅には井戸もあった。


玄関広間の受付には身なりの良い女性がいたが、暇なのだろうか、カウンターに肘を着いて上の空だった。暫くしてハルに気付くと笑顔で迎えてくれる。


「あら!いらっしゃいませ!馬車宿へようこそ。お二人ですか?」

「宿泊は2人ですが、ゴーレムを2体連れています。厩舎に置かせてもらえないですか?」

「ゴーレム?ええっと…生物でないなら厩舎の利用は無料でいいですよ。代わりになんですが…鉄貨2枚銅貨6枚の二階角部屋に宿泊してもらえないでしょうか?当宿一番の部屋ですよ」


ハルは一番安い部屋で良かったのだが、暇そうにしていた感じからして、売上が厳しいのだろうと察した。


とりあえず宿について聞いてみると、一階中央は酒の提供もある食堂になっており、仮に客が増えれば煩くなりそうではある。奥には格安の相部屋があるようだが、利用してほしくはなさそうだ。


二階は二人部屋と三人部屋になるようで、角部屋は村で一番高く見晴らしが良いようだ。


(エディンのへそくりを足してだいぶ潤ってはいるが…金貨4枚、銀貨13枚、鉄貨24枚、銅貨23枚か…あるっちゃあるが、贅沢してればあっという間になくなる)


悩んだ末に、昨夜のベッドの寝心地を思い出して支払う事にした。


宿泊名簿に記入を求められたハルはティナと顔を見合わせたが、よくよく見てみると文字は読めるし、羽根ペンを手にすれば書けるような気がしてきた。


(知らない文字なのに書けるぞ?)


名簿を返して鍵を受け取る。相手もハルが書いた文字を問題なく理解したようで頷く。


「ハルさんとティナさんですね。私は馬車宿の女将ロザンナと申します。何かわからない事があれば遠慮なく聞いて下さいね」

「よろしくお願いします」

「夕食はどうなさいますか?」


外で食べてきた事を伝え、代わりに朝食代の銅貨五枚を先に渡す。その後、井戸の使用許可をもらってゴーレム達を綺麗にした。


(裏庭の広さは十分あるから、時間がある時は練習させておくか)


日暮れまで投擲モーションの練習をさせておき、勝手に厩舎内に戻るよう頭の中で指示を出す。するとビッグスは両腕を交互に振り回し、クロールのような動作を始めた。


(ん?連続して投石するって事か?)


その動作にどれほどの実用性があるかわからなかったが、ハルは任せる事にする。そして杖代わりにしていた樫の木の製材棒をウェッジに渡したところ、ビッグスの頭に向けてわざと当てた。


(んん?なんだ?)


少しの間止まっていたビッグスは、足元に落ちた製材棒を拾うとウェッジに投げ返した。それを避けたウェッジが二本目を投擲してビッグスの尻に当てる。憤慨した様子のビッグスが製材棒を拾って投げ返し、お互いにそれを繰り返す。


(本当に自我はないんだよな?これも模倣と学習の結果なのか?)


避けて投げる動作は加速度的に良くなっていく。ゴーレム達のボディは樫の木程度で凹みはしないが、製材棒の破片が散らかった。


「ほどほどにしろよ」


考えてもわからない事に、ハルは頭を振ってその場を離れた。




裏口から入り二階へ上がる階段前で、女将さんに呼び止められる。玄関広間へ出ると、目つきの鋭い白髪のお爺さんがいた。


「お前さんか?ゴーレムを連れている旅人というのは?」

「はい。何か?」

「ふーむ…ゴーレムと言えば高名な魔導師様が連れているもの。本当に魔法王国や学園都市の関係者ではないのだな?」


会って早々名乗りもしなければ疑ってくる相手に、ハルは背筋を伸ばして顎を引く。


「違います」

「ならばどこでゴーレムを手に入れた?」


半身に構え睨みを利かしてくる村長に、ハルは冷めた視線を向けた。


「答える必要がありますか?」

「…いや、ただ信用に足る相手かどうか、わからないな」


まるでハルが悪いかのような物言いに、苛立ちが募る。


「まぁいい。で、紫カボチャを買いたいって?」

「は?…農家の方なんですか?」

「ワシは村長のエルマンだ。村の特産品である紫カボチャはワシの権限で取引しておる」


そう言って食堂のテーブルに紫色のカボチャを転がす。両拳を合わせたくらいの大きさで、テーブルに落ちた際の音からして、見た目以上に重そうだ。


「これが紫カボチャだ。この地に自生していたものはもっと小振りで硬く食えたものではなかったが、ワシが長い時間を掛けて改良し、食用に適したものにしたのだ」


手に取ってみるとまるで石のように硬く、本当に食べ物なのかと疑ってしまう。


「これをスープにすると身体の保温効果を高めてくれる。その利点から欲しがる者は多いが、盗賊騒ぎで幾らか余ってはいる」

「はぁ…1つ幾らですか?」

「単品で取引はせん。最低でも20個鉄貨1枚からだ」


ハルは食糧難の麓の村へ送る事を考えていたが、具体的な話になるにつれ、輸送手段を考えていなかった事に思い至る。


(今更あの村へ戻るなんて選択肢はないぞ。けど単に送ってくれと言って終わるとは思えない)


悩みはすれど良い考えは浮かばす、素直に相談してみる事にした。


「実は麓の村が食糧難なんです。冬場を乗り切れる分だけでも送りたいのですが」

「なに?お前さんは麓の村の者なのか?――違うならなぜそこまでする?」

「お世話になったお礼です」


じっと睨んでくる村長。その視線が嫌で紫カボチャを手の中で転がし匂いを嗅いでみる。しかし厚い皮に覆われたそれからはなんの匂いもしなかった。


「送るって事は、お前さんは運ばないのか?」

「ちょっと事情があって…」


村長はため息をつくと、腕組みして目を瞑る。


「よくわからん奴だな…とりあえず800もあれば春まで持つだろう。他に全く無い訳でもあるまい」


紫カボチャは二つで銅貨一枚。八百個ともなると銀貨四枚になる。


「峠を越えての輸送は何度か行った事がある。ワシの荷馬車を貸してやろう。もちろん有料でだ」


貴重な馬を使う荷馬車代は銀貨一枚になり、日帰りなど無理な話なので二枚要求された。


「当然護衛はいる。荷馬車は目立つし悪路で立ち往生すれば御者の危険もあるからな」


元冒険者の狩人二人と手の空いている者五人を人足に付けてもらう。元は石級冒険者二人の二日分の稼ぎは銀貨四枚に、人足は一人鉄貨六枚した。


「合計で金貨1枚、銀貨3枚だな」

「そ、そうですか…」


まさか銀貨四枚分の野菜を運ぶ為に倍以上の費用が掛かるとは思わず、顔を引きつらせるハル。その様子を見た村長は、顎髭をさすりながら急き立てる。


「払えんのか?護衛を減らす事はできんぞ?こっちも村人の安全が大事だからな」

「払えますが…」

「ふむ…なら金貨1枚に負ける代わりに、衛士隊の調査に同行せんか?」

「え?」


ここ最近オークを見たという村人が増えていて、近々衛士と狩人による調査を行う予定があるようだ。


「…調査に行きます」

「そうか。それとお前さんは麓の村からの道中、魔物を倒して来たのか?」

「ええ、まぁ」

「なら早い方がいいか…」


輸送隊の安全を考慮すると、ハルが倒して来た今、出発する方が魔物との遭遇を減らせる。そして衛士隊と共に調査へ赴くハルらも、大勢で動く事によりオークを誘き出せるかもしれない。


「まだ皆に話してないからわからんが、出発は早朝だと思っておいてくれ」

「わかりました」


帰り際、村長が振り返る。


「盗賊達が暴れ回っているこのご時世だ。まだお前さんを信用した訳ではないが、今回は麓の村を救いたいというその心意気に免じて協力しよう」


納得いかない点もあるが、黙って見送り二階へ上がった。




部屋に待たせていたティナは窓の外を眺めていた。

見晴らしがいいと聞いていたが、実際は向かいの建物の屋根と同じ高さで、村を一望出来る訳ではなかった。


「明日は北の森へ行く事になったよ。ティナは宿に残る?」

「ついてく」


即答したティナはふかふかのベッドへ転がる。自分のベッドで真似してみると、染み一つないシーツからは日の匂いがして幾分か気が晴れた。


「それなに?」

「ん?あぁ紫カボチャだって。スープにすると良いらしいけど、石みたいに硬いよ。ちょっとがっかりだな」

「貸して」


ティナに渡すとテーブルへ移動する。マジックバッグから鉄板を取り出すとそれに載せ、小振りのナイフを上砥石で研ぎ直す。ヘタから切り込みを入れて一気に割ると、中身は赤紫色だった。


「うへ〜。美味そうに見えないな」


それをティナは細かく切っていき、水の湧く容器に入れる。そして峠で集めた植物の中から、双葉の白茎を取り出して刻み、容器へ追加した。


「私がいいって言うまで加熱と冷却を繰り返して」

「あ、あぁわかったよ」


加熱していくとティナがナイフで掻き混ぜる。

冷却していくと双葉の白茎を一つまみ追加した。


暫くすると赤紫色の液体が薄桃色へ変わり、良い匂いがしてきた。


「飲んでみてもいい?」

「いいよ」


一口飲んでみると、ほんのり甘くて美味しかった。紫カボチャの身は口の中で簡単に解れ、全身の力が抜けて疲れが引いていく。ハルは身体の芯から温まるスープに感動していた。


「うまい!うまいよこれ!」


にっこり微笑んだティナに容器を渡すが、それをじっと見たまま動かない。


「ん?どうしたの?」

「なんでもない」


暫く見つめ合った後、ティナはゆっくりと口を付けた。

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