顛末
6
鐘六つ。爆発の音に引き寄せられた数体の魔物を倒し、日暮れ前に村へ到着する。すると憤慨した様子の村長に出迎えられた。
「お前!またなにかしたのか!?」
「死霊山猫なら倒しましたよ」
「なに!?マジか!?」
死霊をどうにかできるとは思っていなかった様子の村長。村人達が集まってきて、ゴーレム達が担いでいるものを指差す。デールとエディンの死体を横たえると、先頭にいた宿の主人が代表してハルに問う。
「2人?デール以外に誰か死んでたのか?」
「エディンです」
「エディンだと!?」
酷く狼狽えた様子を見せる村長。ティナが人質にされた事やハイランドウルフに襲われた事を伝える。
「まずはこれを見てください」
宿の主人に向かって羊皮紙の巻物を差し出すと、村長が横取りしようとしてウェッジに阻まれた。怪訝な顔でそれを受け取った宿の主人は、内容を確認していくにつれ、表情を強張らせていく。
「村長…あんたやっぱり盗賊と関わってたんだな?」
「――っ!」
宿の主人が羊皮紙を隣の男へ渡す。その男も内容を確認すると、次の男へ押し付けながら村長に向かって怒鳴る。
「サテュロス盗賊団だって!?盗賊を村で匿ってたのか!?」
「そ…それは…」
「エディンは連絡係か?どこまで関わってる!」
村人達に問い詰められた村長は、両刃の戦斧を掲げると、地面へ叩きつけて膝を着いた。
「クソっ!俺は!…あぁ、奴らと取引していた!」
その言葉を聞いてより激しく詰問する村人達。宿の主人が手を挙げて制すると、ハルに向き直る。
「エディンの事はわかった。村長の事も…この件は預からせてくれ。村の皆で話し合いたい」
「わかりました」
夜。ゴーレム達の汚れを洗い流して部屋へ戻る。土や泥で汚れた衣類をマジックバッグへ収納し、スキルによる除去を行えば、ほつれや破けた部分を残して綺麗になる。そして新たに使えるようになった再構成により、新品同様に作り直された。
今まで識別できなかったティナの服も、マナ結晶からなるマナグラスファイバーを含んだ化学繊維で出来ていると分かり、スキルによる手直しが可能に。またマナグラスファイバー製の物は、衣類やマーブルファイバー合金鋼含め、マナによって強化されるようだった。
(ゴーレムクリエイトがスキルアップしてる。今のうちに出来る事を確認しておくか)
スリングバッグを脇のベッドへ置いた際、背を向けて着替えていたティナを見る。その透き通るような綺麗な肌に、傷は見られなかった。
「ティナ。もう一度確認させて」
着替え終えたティナの両肩を掴み、しっかりと向かい合う。彼女は少し不服そうな顔をして、そっぽを向く。高地狼の家族と別れた後も確認はしていたが、スキルアップした今でも特に違いはなかった。
しかしリュックサックの中に入れていたマーブルファイバー合金鋼の板は歪んでおり、ハルの予想よりも自動人形の身体は頑強なのだと理解した。
(こんなに柔らかいのに…あっ)
ハルがその手を揉んでいると、ティナはふいに引っ込めてしまう。明らかに嫌な顔をされたので、咳払いしてから視線を逸らした。
ハル自身はゴーレムとの知覚共有を得ていたが、眼球を取り出して宙吊りにしたような酷さで、すぐにも吐き気に襲われた。しかし全方位視覚に死角はなく、その有用性は確かなものだった。
(今日一日で何回頭上や背後から襲われたか。ティナを守るはずが、逆に守られてしまった。これを使いこなせるようにならないと)
ゴーレムコアには兵装の解放があり、自動修復と強化装甲の選択肢ができた。しかしハルからマナの供給を得て機能している以上、兵装の使用は負担が増す事になる。
(マナ集積装置だったアトラスありきのマーダーゴーレムか。俺が賄える量じゃ無理な訳だ。マナ結晶のもう一つの使い道。一時的にブーストして兵装を機能させれば、ゴーレム達のボティの消費を抑えられるようになるけど、魔石がもう残り少ない)
その後、スキルについて一通り考察、検証して活かし方を考えた。
(スキルについてはこんなところか。後は戦利品だが…)
デールの私物はエディンの私物と共に渡してしまっていた。要らぬ疑いを避ける為だ。
後に残った物は、魔物化の不安が残る野ざらしの死骸を、クレイゴーレム達の残骸を使って埋葬している時に見つけた黒曜石だけ。それを矢じりに形成し、帰路の途中で見つけたしなりのある木材と、鳥の巣から拝借した羽根を合わせて黒曜石の矢を量産した。
最後にデールの弓を参考に自作した弓を引き絞る。
(やっぱり弓はそう簡単にはいかな――いって!)
指が外れて弦が顔に当たる。赤い跡のついた顔をティナに笑われた。
ゴマミルクパンをティナに与えて先に寝かせる。後片付けをしていると、ドアがノックされた。廊下には宿の主人がいて、床で寝ているティナを見て不思議そうにしている。
「ベッドを使わないのか?」
「えーと…」
「あぁ初日はすまなかった。客なんて滅多に来ないもんだからな。ただ藁は昨日のうちに天日干ししたし、虫除けの葉を入れてるから大丈夫だろう?」
「え?そうなんですか?」
リネン製のベッドシーツを捲って見れば、例の黄色い大葉が刻まれて入っていた。初日に見た時よりも膨らみがあり、多少は良くなっているようだ。
「ありがとうございます。今夜はベッドで寝てみます」
「あぁ。で、村の皆で話し合った結果だが…」
ティナが寝ているので、場所を食堂に移して話を聞く。
村人から信頼の厚い宿の主人が村長代理に選ばれ、代表して村長ニックから話を聞き出したところ、盗賊団との繋がりは、ゴブリン退治の依頼で来ていた時からあったという。
「当時は村長が失踪していてな。盗賊団に拐われたという噂もあったが、こうなってくるとその時から目をつけられていたのかもしれん」
たいした報酬も用意できない中、依頼の範疇を越えて貢献してくれたニックを、新たな村長に迎え入れた村の人々。小村では割とよくある話らしく、村の名前も村長の名前だったり、村に貢献した者の名前がそのまま使われる事はあるようだ。しかし数十人程度の村など、いつ魔物の群れによって壊滅するかわからない為、ほとんどの人は土地や産物なんかの特徴を踏まえた呼び方をしていた。
「要求された事は仕事を終えた団員を匿う事だけだったらしい。代わりに盗賊団の標的にならなかったり、幾らかの金銭の受け渡しがあったようだ」
ニックは村の為を思い、村長の話と盗賊団の話、両方を受けていた。元々盗掘者疑いのある者が度々訪れていた上、冒険者時代の知人だと言われれば、ほとんどの村人は気にしなかったという。
「毎年冬場を乗り越える為の備蓄費を出していたから、利己的な考えだった訳じゃなさそうだが…」
三年前から連絡がなくなり、しばらくは安心していたらしい。だが去年の夏季に町で罪を犯したエディンが、刑罰の奉仕活動で送られてきて、羊皮紙の契約書を見せられたそうだ。
「奉仕活動?」
「知らないのか?ここ七都市連合領内では基本的に刑罰は奉仕活動で、死刑はない。重罪には特別な刑罰があるらしいが…詳しくは知らん」
ハルは初めて自分がいる場所の名前を聞いた。
七都市連合は大陸の西側に位置し、七つの自治都市からなる、国というよりは共通の目的のために共存、共栄する組織らしい。今いる麓の村は連合領内の北側にある、学園都市管轄地域になる。
「そんな事も知らないって、帝国からきたのか?」
「えぇまぁ…」
「…まぁいい。話を戻すが、エディンの目的は街道沿いの村で予定されていた仕事の下見だったようだ。だがいくら待っても連絡はなく、村長は説得して真っ当に生きる事を約束させたらしい」
しかしそう直ぐに変われるとは思えず、冒険者時代からの仲間であるデールに見張らせていたようだ。
「あの様子からしておそらく嘘ではないだろう。エディンと共謀してお前さんを殺そうとした訳ではないようだ」
「そうですか…」
どこまで信じたものか分からず、ハルは頭を悩ませる。盗賊団との取引は許される事ではないが、村人の中には擁護する者もいて、町の役人が来るまでは村で奉仕活動をさせる事にしたそうだ。
「人手も減ったからな…特に狩猟経験者は若いのと年寄りの2人だけだ」
「逃げたりはしないと?」
「うーむ…絶対とは言えん。だがこの村に対する思いに悪意はないようだし、村の皆もなんだかんだ文句言いながらも信頼しているからな」
ハルにはわからなかったが、お互い納得しているならこれ以上口出しする事でもないだろうと引き下がった。
「それと言いにくい事なんだが…役人ってのは痛くもない腹を探ってくる奴らだ。お前さんにはだいぶ特殊な事情があるようだし、役人が来る前に村を離れた方がいいかもしれん。それに…村人の中にはあまり良い印象を持っていない者もいてな…」
「あぁ、なるほど…」
ハルが村に来てからというもの、普段見掛けない魔物に怯え、村の仲間を二人も失い、村長まで盗賊団との関係が発覚したのだ。それはゴブリン退治や肉を入れてくれたからといって良い状況ではない。
「今日明日という訳ではない。準備が出来たらでいいんだ」
「わかりました」
「すまないな…」
部屋へ戻り、スヤスヤと眠っているティナの隣に座る。その横顔を見ながらここ数日の出来事を思い返した。
(上手くいかないものだな…けど元から大きな町へ行く予定だったんだ。明日には出発しよう。準備は出来ているとは言えないが、これ以上長居したくない)
ティナのサラサラな髪を撫で、横になった。
翌朝、宿の主人に今日中に出立する事を伝えると、朝食後に猪肉とチーズのサンドを受け取った。
「死霊退治の礼にもならんが…」
「いえ、ありがとうございます」
「エディンの持ち物だが、犯罪の証拠になる物は渡せない。だが事件性の薄い物は奴の家に残してある。使えそうな物があれば持ってくといい」
金の柄の短剣と盗賊団の外套、羊皮紙の巻物は返ってこなかったが、デールの弓は店で弦を張ってくれているようで、行きがけに受け取っていくように言われた。
「そういえばお前さん、名前は何て言うんだ?」
「え…ハルです。名前聞かれたの、ここに来て初めてかも」
「ハハハッ!よそ者はいついなくなるかわからんからな。皆、関心がないんだ…俺の名はラッセルだ」
「じゃあ村の名前も?」
「いや、今もニック村だよ。彼が冒険者仲間を説得してゴブリン退治を成し遂げていなかったら、その年の冬には、村はなくなっていただろうからな」
この辺りの村は森から出てくる魔物により、廃村になる事は珍しくないらしい。その為、救世主的活躍をしたニックの名前は、本人がいなくなろうとも村が存続する限り、変わらないだろうとラッセルは言った。
ゴーレム達を連れて、目立たないよう村の外れを東へ向かう。その途中にはデールとエディンの墓と思しき石積の墓標があり、二人の死を悲しむ村人達の姿があった。
村人はハルに気付くと、冷たい視線を向けてくる。目を合わせれば視線を逸らされ、背を向けられた。
(ラッセルはしばらく離れていれば、村の反応も変わると言っていたが、どうだかな…)
村の東、少し離れた場所に建つエディンの家には、生活感がほとんどなかった。
「あまり気乗りしないが…旅に使えそうな物を探してみよう」
ティナと手分けして物色する。入口横の棚にあった麻袋を二つと、部屋中央のテーブル上から罠猟に使っていたらしい小振りのナイフと縄、ベッド脇の机に吊るされた革の肩掛け鞄を取る。中には羽根ペンとインク壺、質の悪い紙数枚に薬瓶らしき物が三つ、内一つは緑の液体が入っていた。
「何の薬だろう?にしても夜逃げ前って感じだな」
「ハル。こっち」
ティナが指差したベッドの下には擦れた跡があった。二人で押してみると、小さな隠し戸から小袋を二つと魔石数個を見つける。袋の中には金貨を含む貨幣が分けて入っていた。
「やった!これだけあれば町まで行ける!」
しかしどんな手段で稼いだ金かわからず、自分の物にしていいものか悩むが、ティナの喜びようからそのままマジックバッグへしまった。
その後、デールの弓を受け取りに店へ向かう。
よく晴れた空に対して村の様子は沈んでおり、すれ違う村人に活気はない。
(気にしても仕方ない。俺に出来る事は村を離れる事だけだ)
そう自分に言い聞かせながら店に入ると、椅子に腰掛けた店主が弓を眺めていた。弦は張られていたが、店主は麻布に油を垂らし弓を磨き始める。
「奴とは時々酒を一緒に飲んでたんだ。口数の多い男じゃなかったが、この弓について話してる時は饒舌だった」
店に置いてある狩猟用の長弓に比べて短く、短弓というには長い特注品の弓は、銅級冒険者として生きたデールの答えだと店主は言う。
「村長がこの弓を狙っててな。獲物が取れない日はよく口論している姿を見た。デール曰く、村長はアイアンランクじゃなくて一つ下のカッパーランクらしい」
ゴブリン退治の為に急遽編成された冒険者パーティーが、鉄級相当だと冒険者ギルドに判断されただけだという。村に残ったニックとデールの他、当時有望株だった若手四人は、今は町に数人しかいない鉄級冒険者になっているらしい。
「エディンの奴が参加してた盗賊団も、彼らが加わった討伐隊によって、今年の夏の終わりに潰されたらしい。連絡が来る訳ないよな?」
「世事に詳しいんですね」
「仕事柄行商と話したり、街道沿いの村に行く事もあるからな」
前は用が済むと話を切り上げていた店主が今は話をしたいようで、ハルは付き合う事にした。
「町はどんなところなんですか?」
「鳴る湖っていう連合領五湖に数えられる、大きな湖のほとりにある町だ。学園都市があるせいで七都市に選ばれず、国境に隣接してるため複雑な事情を抱えている。北は飛竜山脈、南は南部山脈に挟まれ、湖を隔てて北東に双子国と東に帝国がある」
鳴る湖の町までは、街道沿いの村を通過する乗り合い馬車に乗るのが一般的で、道中には二つの村と深い森、広い川を渡るとだけ以前聞いていた。
「へぇ、そこに行けば冒険者ギルドがあるのですか?」
「あぁ。あの町の近くにはぐれ者のドワーフ達が掘り荒らした地下道があってな、一部迷宮化していてギルドが管理してるらしい。お前が何処から来たかは知らんが…身分証も失くしてるならギルドに冒険者登録しておいた方がいい」
迷宮と聞いてまた暗い気持ちになるが、魔石を入手する為にも向かわなくてはならない。
(身分証か…その日暮らしで考えてなかったな)
「よし…出来たぞ。これはだいぶ癖のある弓だ。扱うには相当な腕が必要だぞ。大事にな」
「はい。ありがとうございます」
「他はいいか?」
「あ、ちょっとこれを見てもらえないですか?」
エディンの家で見つけた薬瓶を渡す。店主は光に当てたり振ったりした後、蓋を開けて匂いを嗅ぐ。
「ふーむ…たぶん6等級の傷に効く薬だな」
「6等?」
薬には様々な物があるようで、店主も詳しくは知らないという。ただし一番下の六等級から一等級まであり、庶民が手にするようなものは傷口に塗るタイプの軟膏と、丸めて乾燥させた日持ちする丸薬、即効性がある水薬があるようだ。
「日がだいぶ経ってる。それ以上色が暗くなったり、異臭がしたら飲まない方がいい」
「わかりました。後少し買い物させてください」
ベッドシーツに使われる大判の麻布数枚と二メートル程の樫の製材棒を二本、ハルの着替えを買い足す。その際、貨幣の価値やそれに含まれる希少金属について教わった。
(鉄貨がダマスカス、銀貨が魔法銀、金貨がミスリル…エディンの短剣や盗掘者から入手した鉄鉱石、あれらはダマスカスというのか)
鉄鉱石はスキルによる精錬が出来ない為、ダマスカス鉱を利用できる状態にするには、町で鍛冶師を探す必要がある。ミスリルについては元の記憶にも覚えがあるようだったが、ファンタジーがどうのと疼いて要領を得なかった。
「まぁなんだ…お前も不運続きみたいだが、そのうち良い事もあるさ。元気でな」
「…ありがとうございます」
ハルは名乗るべきか悩んだが、再び訪れる事があるかもわからない為、結局やめた。
(確かに俺はよそ者だな…旅を続けるなら慣れるしかない)
店を出た後、村で飼っている鳥や山羊を見たが、記憶にある生き物より荒々しく大きかった。
(過酷な世界だからだろうか?にしても痩せてるな)
あばらの浮いた動物達を憐れむ。すると飼育場の奥、開けた場所で数人の村人が集まっていた。
その中にはニックもいて、若い村人と並んで弓の手解きを受けている。腰の曲がった老人は狩猟に行く格好をしていたが、弓を引けるとはとても思えなかった。
「お前か…」
「今から狩りに行くんですか?」
「もう行ってきたんだ。けど全然見つからなくて…やっと見つけたシシドリも村長が外してーー」
「ケッ!こんな弓じゃ当たらねぇよ」
村長が持っていた弓は店にある物と同じ狩猟用の長弓だ。素人目にもあまり良い物ではないが、自作した弓を顔に当てたハルに言えた事でもなかった。
(まぁ一日二日で狩って来れるなら、以前から自分で狩りに行ってるよな)
悪態をつく村長に杖を振り上げて叱る老人。若い村人がお手本だとばかりに射るが、標的にしていた藁の的を掠めて転がった。
「これを使ってください」
「それは…デールの弓か」
麻布で包まれたデールの弓と、十数本の矢が入った矢筒を木の柵に立て掛ける。老人が手に取り満足そうに頷いていたが、村長は顔を背けた。
「いいや、それはお前んだ。持ってけよ」
「僕は弓を引いた事もないですよ。それにゴーレム達がいますから」
「いいのか?売れば金貨数枚はするはずだぞ?」
「そうなんですか!?ハハハ…けどまぁいいですよ。町へ行く分はあるんで」
臨時収入があった事は伏せるが、魔石を数個見せた。
「…ちょっと待ってろ」
村長は悩んだ末に頭を掻きながら離れていく。しばらくして戻って来た村長は小さな袋を放って寄こした。
「昔手に入れたもんだ。その弓と同等かはわからねぇが、それなりになるはずだ」
袋の中には淡い光を湛えた緑色の魔石と銀色の光沢が綺麗な楕円形の粒が二つ入っていた。
(見た事ない魔石だ。こっちのは銀貨に似てるけど?)
日の光に照らされた粒はキラキラと輝き、ごく僅かな魔力を感じる。
「それはミスリル銀じゃのう」
「ミスリル銀?」
「金貨に含まれてるやつだ」
錬金術または銀貨に含まれている魔法銀と、金貨のミスリルからなるミスリル銀は魔法適性が高く軽くて丈夫。高品質な魔導具や魔法の武具に使われるらしい。
「一流の冒険者ってのはミスリル銀の装備を手にしてるものなんだよ。俺は…そこまでじゃなかったって事だ」
再び的を外した若い村人からデールの弓を取り上げると、村長は的のど真ん中に当ててみせた。本人も驚いた様子で、ハルに向き直るとニヤリと笑う。
「町で困った事があったら俺の名前を出してみろ。もしかしたらまだ覚えてる奴がいるかもな」
「あっ僕はーー」
「ハルだろ?そっちのがティナ」
少し目を見開くハル。今朝方、宿の主人にしか名乗っていなかったはずだが、もう聞いていたようだ。
「狭い村だ。世間話だけが娯楽のな。冒険者にとって情報は金と同価値だと言ってもいい。実際町に行けば情報のやり取りで生計を立ててる奴もいるくらいだ。どんな些細な話でも注意を向けておくんだぞ」
背を向けた村長が話は終わりだと片手を挙げる。
「お世話になりました。ニック村長」
村を出る際、見送る者はいなかった。
店で買った樫の木の製材棒を杖代わりに、岩肌が露出した険しい道のりを進む。何処にでもいるゴブリンを倒して見晴らしの良い場所へ出ると、麻布を敷いてティナと一緒に座った。
正面に広がった平野の左手に、街道沿いの村が見えた。そこへ至る道は高低差の為に蛇行していて、見た目ほど近くはない。奥には南部山脈よりも一際背の高い冠雪の山があり、雪解けの水が川となって常緑広葉樹林の間を流れている。西側にも森があり、この辺りが山と森で囲まれた場所だとわかった。
「少し早いけど、お昼にしよう」
宿の主人が用意してくれたサンドイッチを取り出したが、やはりティナは受け取らない。代わりにゴマミルクパンを渡した。
「うまっ」
猪肉の油が染みたパンは柔らかく、癖のあるチーズと絶妙に合い、今まで食べた中で一番美味しかった。
(パンの材料が残り少ない。ティナが食べれるものを探さないと。たぶん食べなくても問題ないだろうけど、1人で食べるより2人で食べたいよな)
食後はマナ結晶をビッグスに使い、自動修復機能をブーストする。背中に負った死霊山猫の傷は朝になっても塞がっていなかった為だ。
白いボティに幾筋もの光が流れ、損傷した箇所を光の帯が覆っていく。間もなく最初に見た時よりも綺麗なボティをしたビッグスが立ち上がった。
(ウェッジはまた今度だな。後はこれを加工してっと)
大判の麻布を外套に再構成してビッグスとウェッジに羽織らせる。白いボティは遠目からも目立つ為だ。
「こんなところか…」
相変わらず植物観察をしているティナは、無警戒に崖へ近づき、ヒヤヒヤしたハルが寄り添う。下方から吹き上がる心地良い風を受けながら、その雄大な景色を目を細めて眺めた。
その時、川の水を飲みに出て来ていた大きな雄鹿が、飛び立った鳥の群れを見上げる。その先では遠目にも大きな鳥が旋回しており、下の街道を全速力の馬車が通り過ぎていくのを見た。