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盗賊


北の森は東の丘陵地よりも針葉樹の密度が高く、薄暗い森の中の空気は冷たい。足元を見れば凸凹していて歩きづらい上、高低差から迂回を迫られる場面もあった。


(だいぶ歩いたけど、まだ魔物とは遭遇していない。エディンは小川跡で見たと言っていたが…)


先を行くビッグスが立ち止まり、身を屈める。生物を捕捉したらそうするように命じてあるからだ。その肩越しに覗けば木の陰に隠れるようにして、こちらを窺っているテンがいた。


「こんな危ない場所でもいるんだな…」


ティナは気になるのか身を乗りだして見ている。捕まえてみるか悩んでいると、テンはあっという間にいなくなってしまった。


「まぁテンはノミやダニの巣窟らしいから、関わるのはよそう」


ハルにはテンに触れた夜を、眠れずに過ごした記憶があった。一息して立ち上がろうとしたが、ティナに止められる。目の前のビッグスも身を屈めたままだった。


目を凝らして見れば、少し先の窪地を巨大なムカデが移動していた。小さな赤い目は魔物である事を示し、見ている間にも木の陰から飛び出した小動物に噛みついて、のたうちまわっている。こちらに気付いた様子はなく、やり過ごそうと待ち続けた。


(デカ…ん?生き物の気配がなくなった?あれがいるからか?)


大ムカデが小動物を噛み砕く音だけがする中、急に後ろのウェッジが立ち上がって赤槍を振るう。するとハルの目の前に両断された蜘蛛が落ちてきた。


「うわ!蜘蛛の巣か!?」


針葉樹の上からは、糸にぶら下がった小型の蜘蛛が降りてきていた。ハルの声に反応したムカデも、見た目以上の速さで滑るように接近してくる。


「ビッグスはムカデをやれ!ウェッジは蜘蛛だ!」


咄嗟に手の中のマナ結晶を握るが堪える。手持ちの

数は限られているからだ。代わりに鳴響骨を降りてきた蜘蛛へ全力で振るう。


「くっ!当たらない!」


ギリギリで身を翻して逃れる蜘蛛。振り子のように返ってくるそれを、隣のティナが鉈を振るって落とし、突き刺した。


「あ、ありがとう」


その後も流れるような動作で一匹を叩き落とす。するとその蜘蛛は、受けた傷はたいしたものではないのに、激しく暴れてから動かなくなった。その様子から、ギザギザ刃の鉈には、痛みを増幅させる効果があるようだった。


(あのハイランドウルフの死因は鉈の効果なのか?その効果を鳴響骨は音にして拡散させた?)


二匹纏めて貫いたウェッジ。そのままにもう一匹へ振り下ろして叩き斬ると、返し刃でさらに斬り捨てる。そのリーチの長さに蜘蛛は糸を吐くまもなく片付けられていく。


正面の大ムカデはビッグスの赤鉄槌の振り下ろしを受けて、頭が丸々潰れたようだ。火花が散り周囲の草を焦がす。ハルが近づこうとすると、ビッグスが再び赤鉄槌を振りかざした。


直後に頭を失った大ムカデがビッグスの下半身に巻き付き、尾だと思っていた方が赤鉄槌を持つ腕に噛みついた。動きを封じられたビッグスは、飛び掛かられた勢いで後ろへ倒れてしまう。


「――おらぁ!!」


ハルが全力で投げつけた赤い欠片は、大ムカデの背に当たると弾けた。ボンという音と共に甲殻が飛び散り、僅かに繋がっていた身体を、ビッグスが腕を振り回して引き千切る。そして腕に噛みついたままの頭を何度も地面へ叩きつけて潰した。


「よし!よくや――いって!」


ティナに突き飛ばされて転ぶハル。振り返れば蜘蛛糸に囚われたティナが宙吊りになっていた。

ウェッジが振るう赤槍は、纏わりついた蜘蛛の死体が邪魔して、蜘蛛糸を断ち切れない。ハルは迷わず赤槍を捨てさせ、ティナへ飛びつかせた。


するとその重量に耐えかねたのか、蜘蛛糸は切れて一際大きな蜘蛛が降ってくる。地面へ投げ出されるとそのままに、ハルの足に噛みつこうと太い牙を打ち鳴らした。


「このっ!」


鳴響骨に噛みつかせると甲高い音が響き渡り、大蜘蛛は身体を震わせて離れていく それを横合いから現れたビッグスが赤鉄槌を振り下ろして叩き潰す。


「ティナ!大丈夫!?」


蜘蛛糸に絡め取られたティナを、剥ぎ取りナイフで救出する。特に怪我はなかったようで、他の魔物が集まる前に移動した。




鐘三つ。村を出て丁度鐘一つの場所で、森の切れ目に小さな砂利が目立つ小川の跡地に着いた。


周囲に魔物や山猫の姿はなく、争った形跡もない。岩の陰に人の足を見つけて近寄るが、一目見て聞いていた話と違うとわかった。


(様子がおかしい。死霊山猫に襲われたにしては、死体が荒らされてない)


うつ伏せに倒れていたデールをビッグスにひっくり返させる。すると喉を切り裂かれて大量の血が流れた跡が残っていた。


(喉を喰われた?…いや違う!鋭利な刃物で切られてる)


ウェッジが持って来た弓の弦も、綺麗に切られている。目を見開き、苦悶の表情を浮かべたままのデール。その左脇の下にも傷があり、出血量からして心臓に達しているようだった。


「ハル」

「おっと、動かないで。この刃はそこらの物よりよく切れるんだ」

「――っ!?」


ティナの声に振り返ると、彼女の喉にナイフを当てたエディンがいた。


黒い外套を纏ったエディンは、金の柄に不思議な模様が刃に浮かぶ短剣を手にしている。ティナの左腕を背中に回して拘束しているようだ。


「エディン!?なんのつもりだ!」

「なんのって、人質だよ。見てわからない?」

「どうして!?」

「取引しよう。お前が持ってるそれ、マジックバッグだろ?」


視線と顎で示してきたのは、ハルが肩から斜め掛けしているスリングバッグだ。


「最初会った時から怪しかったんだ。ろくに荷物もないくせに、あれこれ持ち歩いててさ」


マジックバッグの出し入れについては細心の注意を払っていたが、どこかで見られたようだ。


「お前は罠師じゃなかったのか?」

「それは副業さ。本業は盗賊。あの村に2年も潜ってたのに、頭から連絡が来なくてね。もう諦めてそれ貰って飛ぼうと思ったわけ」


村人が噂していた盗賊団の話を思い出す。


「なぜデールを殺した?」

「ここへ誘き出す為さ。本当はゴブリンかハイランドウルフにやられてくれた方が楽だったんだけど」


エディンは魔石を配置して、ゴブリンをおびき寄せたという。ハイランドウルフも何らかの方法であの場所に誘導したようだ。


「死霊は?」

「知らないよ。デールが見たって言ってただけ。それより気付いてるかい?初めて会った時と立場が逆転してるって。ほんと質問の多い奴だな、お前は」

「くっ…」


笑うエディンにハルは飛び掛かりそうになるのを堪える。


「このバッグを渡せばティナを解放するんだな?」

「あぁ、お前には借りがあるからな。毎日味気ない飯に嫌気がさしていたんだ。以前の俺なら生かしてはおかなかったけど、それを売り払った後は真面目に生きようと思ってね。追ってこなければ殺さないでやるよ」


その言葉を信じた訳ではないが、ビッグスもウェッジも距離があり、ティナを救う手段がない今、言われた通りにスリングバッグを肩から下ろした。


「ティナを解放しろ」

「先に投げてよこせ」


ハルがスリングバッグを放ると、エディンはティナを突き飛ばして拾う。直後にウェッジが一歩踏み出したが、エディンが何かを吹き鳴らし、森からハイランドウルフが飛び出してきた。


「ハハハッ!そうくると思った」


高地狼はティナを標的にしており、そのリュックサックには何かが巻き付けてある。その隣で小さな笛を手にしたエディンが笑う。


「そいつの子供の毛皮さ!それでも見て剥ぎ取り方でも学べよ!」

「くそ!ビッグス!ウェッジ!ティナを守れ!」


ティナへ飛び掛かろうとした高地狼に、ウェッジが赤槍を投げて進路を塞ぐ。ビッグスが投げた石は軽々避けられてしまうが、エディンの元まで転がっていき、油断していた彼を脅かした。


「おっと!危ない危ない。俺の用は済んだから、勝手にやってろ」

「逃がすか!」

「なん――ぐああぁ!」


スリングバッグを手に逃げようとしたエディンが悲鳴をあげる。バッグからは繊維状の光が零れ落ち、足元で砂利を多く含んだクレイゴーレムが形成されていく。それに両足を飲み込まれたエディンから、骨が砕ける音がした。


「脚がぁ!」


尻もちをついて逃れるエディン。落とした小さな笛に手を伸ばしているのを見て、ハルはクレイゴーレムに拾わせる。


「なんだその笛?」

「返せ!」


クレイゴーレムが投げたそれをキャッチしたハル。魔力を秘めた笛を吹くと、ウェッジと対峙していた高地狼が耳を動かし、倒れていたエディンへ向き直ると飛び掛かる。


「や、やめ――」


高地狼はハルが止める間もなくエディンの頭を噛み砕き、一頻り振り回して暴れた後、再びティナを睨みつけた。


「ティナ!逃げろ!」


しかしティナはリュックサックから毛皮を外して地面に置き、高地狼と目を合わせる。ゆっくりと間合いを詰める高地狼に、ハルはゴーレムの包囲を狭めるが、ティナに手で制された。


手が届く距離まで迫るとティナは高地狼の首を撫でた。全身の毛を逆立てていた高地狼は、毛皮の匂いを嗅いだ後、牙を剥いてハルを威嚇したのち、それを咥えて走り去った。


「なんとかなった?…この笛、ハイランドウルフを操れる訳じゃなさそうだ…自業自得だ、エディン」


エディンからスリングバッグを取り返す。死体を探り、金の柄の短剣に横笛を吹く半人半羊の姿が刺繍された黒い外套、羊皮紙の巻物を見つける。羊皮紙には盗賊団頭からの指示と、村長が交わした密約について書かれていた。


(――あの村長、やってんなぁ。どうするか…)


その後、二人の死体を回収して立ち上がる。砂利を多く含んだクレイゴーレムは、以前のものよりも魔力を多く消費するようで、待たせている間に崩れてしまった。




小川跡を上流に向かう。道中、間接的とはいえ人を殺めてしまった罪悪感に手が震えるハル。エディンが猪肉を分けたのは良心などではなく、デールのプライドを刺激して、狩りに出掛けさせる為だったのだろうと予想した。


(思い返してみれば怪しい点は幾つもあったのに…ティナを危険な目に合わせてしまった)


自責の念に苛まれていると、ビッグスが立ち止まる。前方の開けた場所には、高地狼の死体が点々と転がっていた。


「なんだ?なにがあっ――」


後ろから受けた強い衝撃に言葉が途切れ、地面へ投げ出されるハル。口から流れた血を袖で拭って振り返れば、キツく目を閉じたティナが覆い被さるようにして倒れていた。


「ティナ!?」


最後尾を追従していたウェッジも、すぐ隣まで吹き飛ばさており、骨と皮だけになった巨大な山猫に伸し掛かられている。その巨体は黒い靄を纏い、眼窩の赤い光がハルを見下ろす。ビッグスが赤鉄槌を振り抜くが、それよりも早く跳躍して逃れた。


呼びかけても反応がないティナを抱え、ハルはマナ結晶を二つ投げてクレイゴーレムを作り出す。少し目を離しただけで死霊山猫は姿を消し、次の瞬間にはビッグスの背後から鉤爪による一撃を振るう。以前は白筋の傷で済んでいたものが、今はビッグスのボディを深く削って薙ぎ倒した。


(前より段違いに強くなってる!なによりも速い!)


二体のクレイゴーレムが左右から掴み掛かるが、死霊山猫はビッグスを踏み台にして飛び上がり、身体を捻った勢いで片方の頭を潰す。しかし魔力が尽きるまで活動するクレイゴーレムは、死霊山猫の前脚を掴み地面へ投げつけた。


僅かに動きを止めた死霊山猫だったが、すぐにも起き上がると、クレイゴーレムの身体を連続して削り取る。側面へ回り込みさらに追撃を受けたクレイゴーレムは、土塊の身体がボロボロと崩れ始めてしまった。


「今だ!やれ!」


ハルの合図で片膝着いたウェッジが投擲槍を投げる。崩れゆくクレイゴーレムに退路を遮られた死霊山猫は、傍らに落ちた投擲槍が爆発して吹き飛ぶ。


左前脚を失っても立ち上がる死霊山猫。その背後から両手を組んだクレイゴーレムが叩き潰そうとするが、それを避けて後ろ足で蹴りつけると、ハルに向かって一気に詰めてきた。


ハルは意識のないティナを抱き寄せ、赤い欠片を投げる。しかし大きく跳躍した死霊山猫の下で、地面が爆ぜるだけだった。


(くそっ!速すぎる!)


そこへ突然飛び込んできた高地狼が、死霊山猫の首に噛みつき、もみ合いながら転がる。以前川沿いで襲ってきた高地狼のリーダーだ。その白い毛並みは赤く染まっていて、その様子から深手を負っているのが見て取れた。


(助けてくれたのか?いや今はそれよりも奴を倒さなきゃ!)


ビッグスに投擲槍を構えさせ、ウェッジが赤槍を手にする。最後のクレイゴーレムが再び死霊山猫へ倒れ込み、動きを封じようとしたが死霊山猫は高地狼のリーダーを跳ね除けると、砂利を一掻きして礫を振り撒く。高地狼のリーダーを庇う形で倒れたクレイゴーレムがそれを浴びて、土塊に還ってしまう。


「これでも喰らえ!」


ハルが投げた赤い欠片を、ウェッジが跳躍した死霊山猫の目前で突いて爆発させる。激しい炎が噴き上がり、火だるまになって落ちた死霊山猫へ、トドメの投擲槍が着弾して、その身を爆散させた。


「やった…やったぞ!」


黒い靄を放つ肉片が炎に焼かれて消えていく。しかしハルの不安は拭い去られず、ビッグスに埋めさせた。


するとクレイゴーレムの下敷きになっていたリーダーが抜け出してきて、ハルに向かって牙を剥いて唸る。


「やめろ。お前とは戦いたくない」


言葉の通じないリーダーは、血を流しながら一歩、また一歩と近づいてくる。そこへ二匹の子供を連れた別の高地狼が現れた。傍らには気を失っていたティナが寄り添い、その背中を撫でると送り出す。赤槍を構えていたウェッジを引き下がらせて道を開けると、二頭は傷を舐め合い、僅かの間ハルを見つめた後、森の奥地へ走り去った。

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